パブリック・エネミーズ

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<イントロダクション>
 大恐慌時代。アメリカの人々が貧困に苦しんだ時代であり、貧富の差が激しい世の中でもあった。満足のいく生活が出来ていたのはごく一握りの人間だけで大半の人々が明日の見えない日々を送っていた。多くの人々が混沌の中にあり、苦しんでいたこの時期が銀行強盗にとっては“黄金時代”ということにまず驚かされた。その中の一人であるジョン・デリンジャーは“活躍した人物”とされている。世の中には平和と混沌の二つの時代に分けられるだろう。 それぞれの時代にその真逆の状況の人たちがいるということになる。 苦しい時代でも、この状況をうまく利用・活用できる人たちがいるのだと思う。 しかし、一度は苦しい思いをする日が来るだろう。
 アンチヒーローと謳われたデリンジャーは全てとは言わないにしても,大衆と仲間たちに慕われたカリスマで、唯一の敵は汚れた金を欲しいままにする金持ちたちだ。そんな伝説的な人物の活躍から最期までを追った“真実の物語”、それが『パブリック・エネミーズ』だ。

<あらすじ>
 1930年代、アメリカが苦しんだ時代の只中,人々に希望を与えた犯罪者がいた。ジョン・デリンジャー、世紀の銀行強盗だ。彼は汚れたお金を奪い、一般人からは一銭も奪わない強盗で 仲間思いで大切な人のために危険を顧みない,“社会の敵”と呼ばれても大衆からは愛されていたアンチヒーローである。
 脱獄を繰り返し、そして何度も銀行強盗を成し遂げたデリンジャーはある日、一人の女性に惹かれる。 彼女の名はビリー・フレシェットだ。 デリンジャーはビリーに“イエス”を言わせるまで引き下がらず、彼女を自分のものにした。 これはお互いにとって運命的な出会いだった。 銀行強盗を繰り返す日々。 順調かに見えたが、既に名が広く知られていたデリンジャーを捜査局が放っておくはずがなかった。 シカゴへ新たに送られてきた腕利きの捜査官メルヴィン・パーヴィスがデリンジャー逮捕の計画に加わったのである。追いつ追われつの濃密な物語である。

<感想>
 ジョン・デリンジャーの生き方は波乱に満ちつつも,幸せだったかもしれないし 学ぶべきものがある。 ジョンには暗い過去もあるけれどそれを引きずってはいない。だが、現状につながるものが過去にはある。彼の人生は他人の手によって閉じられることになるけれど、銀行強盗として活躍し、人生の終盤には“運命の人”に出会い、その愛する人のために生きることができたわけだかがら たと激動であっても幸せだったと思う。 後ろを振り返らず、常に自分に自信を持ってわが道を貫き,歩くというのは中々難しいだろう。 だけど、ジョンはやってのけた。 自分に関わってきた人たちに裏切られることはあっても 自身は決して見捨てたりはせず、また愛する人を裏切らないところに人間的な魅力がある。また、一般人には決して手を出したりしないところも。 ジョンの美学は人を魅了する。 それは当時の人々も現代の人々に対しても同じこと。 
 ジョンは1分40秒あれば、仕事をやってのけられると断言し,それは事実だと思う。 これ程まで昔にこんな怪盗がいただなんて… ましてや 当時を知らない人たちにまで愛されるとは 偉人のようだ。しかし、何度か捕まってしまうのは何故だろう。やはり そこは人間だということか。鮮やかかつ速やかにお金を奪い、危険を察知したら,どうあろうと即撤収という潔さがすごい。脱獄手段も然り。 ジョンの頭のキレの良さは銀行強盗にしておくのはもったいない…というのは納得できる。表社会で成功をしていてもおかしくない。 
 捜査官であるメルヴィンはジョンを逮捕に執念を燃やし、彼もまた優秀な頭脳の持ち主で、ジョンとの頭脳対決という駆け引きが見物である。 
 ジョン・デリンジャーはいかなる時もカッコいい。 “仕事”をするきはもちろん、人柄や大切な人への気持ちである。 初対面の人をすぐさま信用のおける人物だと見ぬく力はズバ抜けている。 自分の職業というのはジョンの場合は普通は明かさないけれど、ためらにもなくビリーに打ち明けるということがそれを証明している。 自分の信念に絶対的な自信を持っているところが,すごい。 “ノーをイエスに変える”ことができるのはその自信が確たるものだという裏づけとなる。 決して恵まれた人生ではないけれど、見ず知らずのビリーに自分の人生をごく,わずかな言葉でまとめた上で 最後にビリーへの思いで締めるという…これは“イエス”と言わざるをえないだろう。
 ジョンには慕っていた人物がいて、彼はその人から「欲の強い人間とは組むな」という言葉を受けている。 これを自らのビジョンに取り入れ、実行している。 ジョンの言葉の数々には格言のようなものがある。 欲が弱い人間は相手への配慮を持っていて,協調性が強い。 よって良きパートナーとなるのだと思う。 これはあくまで推測だが、欲の強い人の中には自分のことばかりが大切で 何か道を阻まれたとき感情的かつ衝動的な行動に出てしまう。 チームの足を引っ張る結果となってしまうのだ。 だからジョンはそういう人間とは極力組まないし、いれば切り捨てるのだと考えられる。 
 ジョンの最期ははかないけれど綺麗だ。 甘い言葉に屈してしまった,大切な人の一人の働きにより追い込まれることとなってしまった。 だけど、それはきっとジョンは気づいてたかもしれない。 ジョンの見た映画が彼の気持ちを代弁していたようだ。 そして自分の運命を悟っていたに違いないというのも納得。 だからこそ、あれ程無防備にできたのだろう。 始めからそのつもりだったと言わんばかりに。 その潔さがまたカッコいい。 
 最も大切な人への気持ちは揺らぐ事はなく、最後まで思い続け…そして、守り抜いた。 ジョン・デリンジャーは“社会の敵”とされていたが果たして。 社会とは、大衆を含めた,全ての人たちへ対して向けられるはず。
“敵”と考えたのは、ジョンを良しとしない政府だと思う。 本当の“社会の敵”は他にいると見て思ったのは私だけだろうか。  
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by jd69sparrow | 2009-12-15 22:06 | 映画タイトル は行