ザ・ウォーカー The Book of Eli

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<あらすじ・内容>
 荒廃した世界。 それは、核戦争後の地球の姿だ。見渡す限り、生き物の息遣いの感じられない,いわば砂漠のような世界。 そんな絶望の後の世界を歩く,一人の男。 “ウォーカー”という呼び名が付けられたイーライという謎の人物だ。 彼はリュックを背負い,自分の足で課せられた使命を果たすべく旅を続ける。 ただ一つ残された一つの本を運び,彼は西へと向かう。 その道中訪れた街には,わずかな人々が暮らしている。 街にはカーネギーという名の支配者がいた。 彼は武器になる,ある本を探していた。 それがイーライが守る本だった。 カーネギーは誰にも従わずに,恐怖心も抱かない鉄のような男・イーライから本を奪おうと,あの手この手を使い,イーライに勝負を挑む。 
 
<感想>
 何の力が地球から美を奪ったのか。 それは驚くべき真実であった。 今も問題視される,“核”による影響なのだ。 世界で何カ国も所持しており,しかもそれが,だんだんと増えてきているという現実を考えると いつ核戦争が勃発したって不思議ではない。 この戦争により,とうとう地球から“色”が失われてしまう。 地球に穴が空き,そこから強い“光”が放たれ,人々は自ら犯した過ちにより,人類の危機にさらされるのである。 国が“核”を持つようにしているだけであって 核を望まない人々は大勢いるのだという証である。 まだ持っているという段階であって、その威力は計り知れない。 大気圏に穴だなんて、考えるのにたやすい事だろうに、何故か,いくつかの国たちはそれでも作るのをやめない。 こんな恐ろしい現実があるのだから この映画がとても現実的であり、いつか起きるかもしれないと強調されるのも当然のこと。 
 “モノが溢れすぎて、本当に大切なものを見失っていた”、さらに“かつては捨てていたものを、今では奪い合うようになっている”。 過去と現在,過去と未来のあまりにも大きいギャップはとても印象深い。 お金も役割を果たさず,欲しいものは物々交換によって手に入れる。 しかも、そのお金の代わりとなる代価は、他人から奪ったもの。 つまり、世界が貧しくなれば,ものの奪い合いが起きる。 それは現実も物語っている。 夢というものは過去の産物、あるいは化石や絶滅危惧種なのだと思った。 宇宙から見たこの地球の姿は、青いのだろうか? 美しいのだろうか? 海があるのだから青いのだろう…と言いたい所だけれど 映像のようにモノクロになってしまっているのではないかと気がしてならない。
 何が正義で悪なのか、絶望の後の世界では尚更、区別がつかなくなっている。 映画の雰囲気としてカーネギーが悪となっている。 が、しかし、具体的にどちらか何であるかは“人の見方による”というオールドマンの言葉は説得力がある。 何故なら、ヒーローの位置にいるイーライとて自分の目的と信念・信仰のために見て見ぬふりをするからだ。 だから単純にどちらが何であるかなんて簡単には言えないのである。 しかし、そうは言っても見ていると やっぱりカーネギーが悪と言いざるをえない。 『バットマン』シリーズでゴードンに扮したオールドマンとは似ても似つかない…むしろ180度違う怪演ぶりが,なんとも凄いところ。  
 この映画には衝撃的な部分が多い。 当たり前にあったものが、存在しなかったり、簡単には手に入らないために、持っている人間の命を奪ってまで手に入れるしかないのだ。 例えば、“おてふき”なんて,付属されていても捨ててしまうことがあった現在に対して、ここでは貴重なアイテムになっている。 発展途上国と同じように安全な水を探すのも難しいなんて。 蛇口をひねれば,いつでも飲料としても利用の出来た水が… シャンプーもレアなアイテムになっている。 生きるための“糧”がほとんど使い尽くされ、ごく僅か残されたものを巡って、人々は争い,なんとかその日をしのいでいる。
 人類最後の本とされている、イーライの本。 ほとんどのものが焼き尽くされ,当然書物がないに等しい世の中では,字の読めぬものが多く,字の読めるのは,戦争とその影響による地獄を生き抜いた,ほんの一握り。だから。カーネギーのようなその数少ない人の中の一人は,存在を大きく持てる。 文字が読めなくなったどころか、今 誰もが知っている文明器具も、習慣・文化ですら知らずに育ったものが多い。 どんなに光が地を焼き尽くそうとも,祈りを知らないだなんて… 戦争が焼き尽くしたのは、カタチあるものばかりでなく、文化でさえものもそうだということに驚かざるをえない。
 老夫婦の家もそう。 生き残った綺麗な家。 取り残されたかのようだが、生き抜いた家なのだ。彼らの生きる術と真実。それはもう、ブラックである。 心落ち着かせる給水地点ではなかった。 凄い。
 特に衝撃的だったのは、主人公が抱える真実だ。 イーライの手元から、カーネギーに手中へと移る本。 だが、そこに書かれていたのは 読める人間しか読めない“文字”だったという。 絶対的な力を持っていたはずのカーネギーが無力と化した忘れがたい結末。 そこから読み取れるのが、イーライが盲目であるということだった。 振り返ってみれば、大切な本はページに手を置いていたり,何より“匂い”に敏感…つまり視力がないかわりに物事を知るために必要なほかの部分が人より長けるのは当然といえば、当然。 嗅覚や聴覚…そして異変を察知する力、心の声…などなど。 
 イーライの使命は最後の最後まで中々はっきりとは見えてこない。 彼の使命は人々に生きる“希望”という力を与えるために西にあるどこかへ伝えることだ。 本がなくても、彼の頭の中に本があって それがカタチになるというのが凄いとしか言いようがない。 イーライの使命は本を守ることが大切なのではなく、そこに書かれていた教えが大切だったのだ。 大量の紙に綴られた“本の中身”が映ったあの場面は、希望と可能性があった。 街という街がなく、文明の宝が残されている場所なんて,もう残っていないかと思われた,後半の後半までの話。 色を失った世界に色が生まれ始めたのがまさにその場面だ。
 西の世界、カリフォルニアのサンフランシスコあたり。 建物がほとんど消えたかと思いきや,海の向こうには建物がたくさん残っているあの光景に私はとても安堵感を覚えた。 たとえ、その姿がかつての姿に比べて美が薄れていても,まだ希望の可能性は残されていると感じる…それだけ、映画の世界観にのめりこんでいた問いことになる。 しかも、そこでは支配者にすがるしかない惨めな人々はおらず,世界を再建しようと前向きな人たちが行きかっている。 歴史上、一気に文化を進化させ,世界を発展させた“印刷技術”が残されている点、聖書が教える大切なこと、まだ“望み”が残されていて、きっとまた平和は訪れ,かつての世界より良き世界がやってくるだろうという前向きな締めくくりが最高。 そして、世界にそのきっかけを与えるという使命はソラーラという新たなウォーカーによって引き継がれる…というヒロインの誕生も。 その姿はイーライの面影を残したたくましい姿。 
 この映画で大切なことは、本を守ることや所持することにあらず,“人のために尽くせ”ということ。 孤独だったイーライは,ごろつきではない心の綺麗なソラーラとの出会いでそんな忘れていたことを思い出し,戦うという成長を見せている。 そこが物語の主軸というのは後で解説を読んで知ったことだが,掘り下げられるところの多い深みのある話なのだと思った。
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by jd69sparrow | 2010-06-21 22:26 | 映画タイトル さ行