矛先。

心のゆがみはどうして起こるのだろう。

自らの罪を裁かれるとき。

笑みを浮かべ、

反省の色を浮かべない人がいる。

人間らしさを失ってしまったように思える。


人間らしい感情が

何かによって

失われてしまった人。

ある意味で可哀相だなと思う。


ストレスを発散するのに

そんな方法しか思いつかないなんて。


もっともっと

いい方法があるはずなのに。


決め付けるのはなんだけれど

そういった人たちの

多くは“悩み”を人に打ち明けない。

打ち明けられないのか?


ストレスやイライラを

感じたときの最善策は

人に相談することに限る。


誰だっていい。

親族や友達じゃなくたっていい。

おまわりさんとか駅員さんとか…

悩みが出来てもし,

相談できる相手が見つからないのならば

作ればいい。

顔見知りを一からつくることから。


人を傷つけたり、命を奪ったりすることじたいが

あってはならないことだけれど、

抵抗する力を持たない,

まだ無力の赤ん坊や子供に

怒りや嫉妬の矛先を向けてはならない。

困り慌てふためく顔を見ることが

ストレス発散だなんて馬鹿げてる。

悪魔にとりつかれてしまったのだろうか。


だけど、

どんな犯罪を犯そうが

その後のその人の心の持ち方しだいで

まわりの目は変わるはず。


どうか、人と話して欲しい。

コミュニーケーションの場に出て欲しい。

人は一人,孤独という独房に入り、

社会から閉ざされた空間に

いると頭がおかしくなってしまう。


だから、そういう犯罪を犯し、

反省しないような

非情な人格に陥ってしまうのではないか。


家族でも社会でも

誰かと話すことが平和へと

つながるのではないだろうか。
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by jd69sparrow | 2010-08-10 10:08 | 独り言。