ハズレ景品への熱意。

プラスティックの箱にたくさん入った,

くじ引きを引く。

よく小さい頃やったなぁ。

あの中に手を突っ込んで

ごそごそと下のほうに埋まっているかもしれない

当たり籤を狙うっていうのだけで

楽しい。

今でもお御籤でその楽しさをかみ締めている。


小さなボール紙のような籤を

ミシン目にそって

あるいは薄い布のような紙を剥がして

何番が書かれてるか

開くウキウキ感はたまらない。


欲しいゲームソフトの景品は

いつも当たらず、

たいてい棒を振ると紙がビローンって

伸びるオモチャや

吹き戻しだっけかな???

…をハズレでもらう。


時代が変わっても

その景品は変わらない。

それがいい。


そもそも、ハズレにも景品があることだけでも

喜ばなきゃなんだけど

幼い自分はけっこう落ち込む。

子供によっては泣きじゃくる。


でもそのくせ、ハズレでもらった景品で遊ぶのが

けっこう楽しかったりして、

しまいには満足して帰るのだ。

不思議だなぁ。

ハズレでも何かもらえるって

今になって考えると凄い心遣いだと思う。


そんなハズレ景品を

熱意を持って作る人たちがいる。

お祭りが終わってしばらくすると

オモチャ箱とかにしまってしまい,忘れ去られてしまうこともある

オモチャだけど、

こんなにも手間隙かけて作られているのだと思うと

ハズレってなっているけど

ハズレじゃないんだなって思う。

むしろ当たりと言ってもいいくらい。


一人の子供の人生を変えた

吹き戻し。

なんだか心が温まる。

病気でそれで遊べなかったある少年は

そのオモチャのおかげで

ストローでジュースを飲めるようになるまで

その障害というか、病が治ったという。

そんなふうに人に役立てるならば!っと

職人さんは数十年も

その伝統のオモチャを作り続けている。


世の子供たちよ、

縁日のくじ引きでハズレが当たっても

がっかりするなかれ。

そこには職人さんの情熱がこもっている,

立派な「当たり」なのだ。
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by jd69sparrow | 2010-08-13 00:17 | 独り言。