劇団四季『美女と野獣』

2010年9月8日(水) 18時開演。

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<あらすじ>
 王子様は夜、城へやって来た醜い老婆の訪問を拒んだ。 「見た目で決め付けてはいけない」。 その忠告を聞き入れない王子様は老婆の本当の姿を見て、後悔するも時既に遅く,醜い野獣の姿に変えられてしまう。王子様が元の姿に戻れる条件は一つ。 本当の愛を知り、愛される事。 
 ベルは町で変わり者扱いされ、その父親も同じであった。 発明家であるベルの父・モーリスは、自分の発明品を持ち、そのお披露目の場へと向かうが、森で道に迷ってしまう。 なんとか行き着いた先にあったのは不気味な城であった。 城の主はなんと醜い姿をしたビーストだった。 ベルはモーリスを救うべく、城へやってくる。 父親を救うために彼女は自分が代わりに永遠の身代わりになる事に。 ベルに結婚を迫るガストンの影が忍び寄る中、ベルとビーストは始めは失敗が続くも、徐々に心を通わせていく… 呪いをとくための期限が訪れつつある状況下、果たして王子と城の住人達にかけられた呪いは解けるのか…。

<感想>
 アリスがうさぎの穴に落ちるように、始まりの音楽は私達を物語の中へと引き寄せていく。 やはり、ミュージカルの始まりは音楽から始まり、その音楽は作品への期待をぐっとあげさせる。 音楽だけでこの作品は物語の中へと私達を引き込む力を持っている。
 舞台ならではの臨場感があふれ出す中、元になったディズニー版の良さを残しつつ,映画にはない要素がふんだんに盛り込まれている。 実際の人とアニメ…という根本的な違いはさておきである。 何が違うか。 まず、キャラクターの印象が変わる。 ガストンも,ビーストもかなり愛着の湧くキャラクターとして描かれているのだ。 ガストンもビーストも元のものから想像できないくらいのユーモアが組み込まれている。 
 どうしても、ディズニー版と劇団四季のバージョンと比較したくなる。 結論から言うと、それぞれの良さがある。  どちらがいいと言われるとかなり悩む…個人的には。 きっと、自分ならこう答える「選べない」と。 それくらいの素晴らしさをミュージカル版は持っています。 ビーストにおいては良い意味で甲乙つけがたい。 アニメで考えると、野獣の声と人間の声とをうまく演じ分けれる事が出来るのは“あの人”しかいないと思うのだが、舞台版は全体的にバランスよいし、新鮮味がある。 
 一番楽しみだったのは、最後の最後にあるビーストの呪いが解ける“瞬間”である。 アニメでは細々と描かれるその場面。 この魔法の場面は実写ではどう表現されるのかということだ。 舞台ならではの早業で持って一瞬である。 期待を裏切らない場面である。 ディズニー版ではこの場面でキュンとするのだが、今回の場合、映画にもある衣装をみにまとうところ。 それは、青い貴族衣装でもあるのだが、それよりも白いシャツにズボンの格好である。 そう。 ディズニー版でビーストの呪いがとける場面と同じ衣装です。 だから その格好でビーストが外へ出た瞬間にキュンとしました。  
 舞台となると、原作で悪いイメージしかないキャラクターも愛らしく映す。 ガストンは、強欲なだけのイメージがあったのだが、舞台版はやはり憎めないキャラです。 設定上、悪役ですが そこを抜けばなんとイイ性格をしていること! 『美女と野獣』には見所がたくさんあるけれど お気に入りの場面の一つが ビールジョッキを使ってのパフォーマンス・シーンだ。 チームワークが重要視され、誰か一人でも位置がずれたりなどミスをしたら,大変なこの場面。 見事に息があい,ラインダンスを繰り広げるさまは,とても美しい。 さらにさらに、クライマックス場面。 緊迫する場面ではあるものの,やはりここもチームでの息の合ったダンスが繰り広げられる。 悪とそれに影響された人々の城へ入る場面だ。  ガストンのポジティブさがチームを動かしているように思えた。
 やはり、映画にないオリジナル場面というのは 凄く素敵で 前述したガストンのパフォーマンスももちろんだが、ビーストの『愛せぬならば』の場面もとてもロマンティックで印象的。 映画よりもたくさんビーストの歌声が聴けることにまず嬉しかった。 ここで凄いのは歌だけではない。 他の場面にも見受けられるのだが、動くセットが凄い。 セットはリバーシブルみたいな感じで裏表,場面に応じて活用できるというなんとも素晴らしい演出だろう。 特にビーストのソロでは,場内から一瞬にして星空をバックにしたバルコニーへと変わり,そしてビーストの美声まで聞けると言う…。 
 映画を見るたびにベルとの愛が深まり、呪いが解ける瞬間までの件を見るといつも,胸がキュンとする。 今回の舞台版では ビーストの第二幕の衣装を見ただけでキュンとしてしまった。 “だんだん紳士らしく”という設定というのもあり、衣装が変わっていく。 ブルーのダンス衣装も相当いいのだが、シャツとズボンというシンプルなこの衣装をセクシーに着こなしているというところにきっと ときめく女子も多いはずだ。 しかもそれを生身の人間が演じているのだからなおさらである。
 この物語の魅力を大きく分けると二つある。 一つは、ベルとビーストの愛がしだいに深まっていくこと。 さらに、もう一つはビーストが優しい心をだんだんと取り戻していく課程である。 だからベルの「本当の野獣はあなた(ガストン)よ」という場面にはぐっとくる。 見かけは野獣でも心は不器用だけど温かくて優しい紳士なんだというビーストは、とても魅力的。 ただ…ビーストは“ビースト”という名前しかなく、本来の名前は謎のまま終わるので、そこが気になる。 なので映画を見るたび勝手に私はこんな名前じゃないかって想像するのだ。
 まるで子供のようだったビーストは最後はベルを包み込むような大人の紳士になっていて、それがとても魅力的だと思う。 私には心の優しい紳士・王子様にしか見えなかった。 やはりそういう変化していく様子を見るというのは とても楽しいし,惹かれる。

 何度でも見たい、実写映画版を今,改めて作ってほしい。 今の技術を使えばきっと、あの変身場面も鮮やかに表現できるのではないか。 また、ディズニーランド(あるいはシーの方がいいかもしれない)のイベントで『美女と野獣』をイベントにしてほしい。 アメリカのディズニーリゾートは過去にショーが開催されたようである(動画サイト情報)。 色々な名作がイベントになったらどんなに嬉しいことか。 パレードで一、登場人物として見るだけではとても物足りない。 ならば、イベントにしてほしいと願うのである。 それが無理なら『美女と野獣』をアトラクションにしてほしい。

 舞台ならではの早着替え、セットの回転、演出、歌とダンスのパフォーマンスのライブ感!! やはりもし叶うものならば、月一か、二,三ヶ月に一度くらいの割合で見ないと、だ。 
 話は変わるけれど、やっぱり映画も舞台もビーストが王子に戻ってからの時間が短いことがとても惜しい。まるで王子に戻る最後のときが“魔法”のようである。 映画ではほんの二言、三言でセリフは終わってしまい,舞台以上に一瞬である。 舞台はカーテンコールがあることが本当に嬉しく思う。 近く見れたらより一層いいだろうなぁと思う。 これは一人でも,遠出してでも見に行く価値は十二分にあると思います。
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by jd69sparrow | 2010-09-10 00:29 | 独り言。