記憶の壷。

思うに私たちの心の中には

“記憶の壷”なるものがある。


前の記事では

書類保管庫に例えたかもしれない。

それは過去の記録から

自分の直面しているものと

当てはめるというものだ。



しかし、こうも言えるのではないだろうか。

蔵で保管された“記憶の壷”は、

常に生活の中で

新しく作られたり、

蓋を開けて中を覗いたりするもの。


それは、香水のテイスティング?に等しい。


しかし、時にはダミーがある。

ダミー…すなわち,

嫌な記憶の壷だ。


ダミーは本物の壷に化けて,

まぎれこむ。


嫌なことをしまっておくスペースもそこにはある。

だから蓋をあけながら

物事を考えたり

実行したりする中で

誤って明けてしまったりすることもある。


もしくは!

黒くて茶色いアイツのごとく

神出鬼没で

目の前で現れるという感じ。


どこにでもいるし、

油断するとでてくる。

嫌われ者だけに

嫌なこと記憶を思い出すことのたとえに当てはまる。

だから、常に近くにいて

視界に入って邪魔してくる。


嫌なことは中々忘れられない。

ゴキもしぶとい。


蓋さえちゃんと閉めていれば

どんなに嫌なことがあっても、

いかに嫌だと思う相手を目の前にしたとしても

平気でいられる。


ただし、開けてしまったら

閉めるのはかなり難しい。


というのも

嫌なことを思い出すときはこうも例えられるからだ。


他の記憶の壷をあけているときに

不意にカラダがぶつかり

その壷を倒して中身をこぼしてしまうのと同じなのだ。

中に入っていた記憶という水は

どんどんと

床にこぼれる…それは嫌な記憶を

考え始めるのと甦ってくるのと同じ。

そして そうした水をふきとるのもひと苦労なように

簡単に、記憶が甦ったり,考え始めたりすることを

ストップすることは出来ない。


また、記憶の倉庫にも限界がある。

常にいらないものを

捨てたりしながら整理をしいて

記憶は保たれるからだ。

記憶と言っても学問ではなく、

経験の方。


その中でも嫌なことは

即刻捨てる。

そしてその壷を置くスペースは極めて狭く

そこの“怒りの記憶棚”というのは

かなり狭い。

よってたまりすぎると

雪崩が起きる,それが“怒りの限界”であり

雪崩・崩壊こそが

“怒りの爆発”なのだ。


良い記憶の壷のスペースを広め、

なるべくそちらは狭くしたいものである。
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by jd69sparrow | 2010-11-08 05:49 | 独り言。