GAMER

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<あらすじ>
 2034年。 時代はネットによって成り立つ社会と化している。 とても2000年そこそこの現在の比ではない。 バーチャル世界に依存した人たち。 その一方で、その世界に拘束された人たちもいる。 二つのゲームが世に出回っている。 それは『スレイヤーズ』と『ソサエティ』。 前者は囚人が戦士として 殺人を繰り返す,サバイバルゲーム、後者は疑似体験する娯楽。 二つに共通するのは、ゲーマーがプレイする世界が現実世界のものであり,登場する人物が実在の人物であるということだ。 
 無実の罪で死刑囚となったケーブルは、『スレイヤーズ』の一員であり,キャラクターの一人だ。 このゲームでは、30バトルを勝ち抜けば,自由が約束されており、ケーブルはあと残り3試合と迫っていた。 しかし、ナノ細胞を埋め込まれた彼は、プレイヤーによって自由を奪われている。 他人にコントロールされているのである。 意思こそ自由だが、カラダの自由はゲーム中,効かない。 よって、脱獄し,自分の意思で動くことなど困難。 
 ケーブルには家族がいる。 娘は『スレイヤーズ』の創設者に奪われ、妻は『ソサエティ』の住人として働いている。 家族三人の自由を取り戻すため,彼は死闘へ乗り込んでいく。

<感想>
 『スレイヤーズ』と聞くとどうも,日本人としては,漫画を思い出す。 だからこの言葉の意味するところがとても気になる。 この一見して現実離れした設定のゲーム。 果たして本当にこの先の未来を見据えた時、“現実離れ”していると言えるだろうか。 リアル体験の出来るゲームに依存した人たちがあふれているという点は現実的。 この作品にはもう一つのゲームがあり、それが『ソサエティ』というゲーム。 それぞれ一人ずつ、映画の主要人物となる二人を操る,プレイヤーが存在するのだが 二人のプレイヤー共にそれぞれのゲームをするプレイヤー・イメージとして代表格といえるかもしれない。 擬似世界の人間とリンクするというのは、『マトリックス』で既に存在する。 ただし、そこでは自分自身にリンクしているが この『GAMER』という作品では他人とのリンクとなる。 今のネットにしかりだが、簡単に性をも越えられる。 つまり、男が女のふりをするということが例としてあげられるのだ。 だから、ニートのキングとも言えそうな男が女性とリンクして会話している映像など,かなりエゲツというか,気持ち悪い。 しかし、そのプレイヤーがとんでもなく、太っていて脂肪の塊みたいとなっているとか,その人が自分の足では歩けずに操縦できる椅子に座って動くというところを見ると、『ウォーリー』(@ピクサー)を思い出す。 ウォーリーが地球を飛び出して向かった世界では人々が皆,宙に浮かぶ,ベビーカーの椅子だけみたいな乗り物に乗っている。 彼らは皆、その椅子に備わったコンピューターで生活していて,ゲームにあけくれる者もいる。 当然、自分の足では歩かないゆえに,みんな かなりの肥満体型。 
 ゲームは確かに面白いし、現実では中々体験することの出来ないことを実現させてくれる。 しかし、「麻薬と同じ」という定義には恐ろしいけれど納得。 人格さえもかえてしまうあたり,それを裏付けている。 というのも、私自身ゲームに集中してしまうと,そうだからだ。 一度ハマると何時間でもやり続け、誰かが声をかけると「ふざけるな!」という勢いで激昂する。 麻薬も、タバコも、お酒も…そしてゲームも,カタチこそ違えど,結局は人にもたらす作用は同じなのだと思う。 ハマるとダメだとわかっていても自分でブレーキがかけられなくなるのだから。 
 どちらのゲームを見ても魅力的には思えるけれど それは自分にとって良い影響はもたらさない。 そればかりか自身を自分の手で堕落させることになる。 もっと現実を見て、現実を生きろ。 なりたい自分になれないのではなく、なろうとしないだけ。 努力次第で近づくことまでは出来るはずだ。 そんなことがこの作品から読み取れる。
 この近未来の世界はパラレルワールドのようでリアルであるのが恐ろしい。 きっと近い将来、『スレイヤーズ』や『ソサエティ』のようなゲームが誕生するのではないかと思う。 それによって損なわれるものがあるというのに、時代の流れを止めることは出来ない。 難しいというべきか。 ゲーマーが増えるということは、人との直接のふれあいが減るということで、場合によっては人間性が欠けるおそれもある。 だから,ゲームは麻薬という理論が成立するのであり、実際間違ってはいないと思う。 パソコン、つまりコンピューターが支配する世の中が訪れる危険性があるということ。 それは様々な映画によって予言されている。 しかし、囚人どうし,それも死刑囚だからといって 他人により、操られることで動く自由すら奪われ,自分が望まないことも実行させられてしまうのが恐ろしすぎる。 心は拒否しても体が動いてしまうということが。 だから、主人公がこのゲームに入るキッカケとなる場面で,感じる苦痛は凄まじいものだと思うのである。
 偽りだらけ、コンピューターにあらゆる観点で依存してしまっている世の中には断じてするべきではない、そうここで語られているようにも思える。 もう少し濃密かつ,深く掘り下げてストーリー展開が出来たのではないかと思うのだが、ここでテーマとされることはリアル。 
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by jd69sparrow | 2010-12-10 07:03 | 映画タイトル か行