ナル二ア国物語~第三章・アスラン王と魔法の島~

2011年2月28日(月)

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<概要>
 ぺベンシー兄弟姉妹は、戦争による疎開で暮らすことになった,古い屋敷で不思議な衣装箪笥を見つけた。そこは、なんと魔法の国への入り口だった。 ナル二ア国という名の…。 彼らはナル二アでは王や女王。 ナル二アでの戦いと冒険を経て成長をしていくという内容。 最初の旅から一年後にも新たな冒険があり、そしてそのさらに、一年後にも新たな冒険が待っている。 ナル二アという不思議な世界の始まりからその最期までを描いたファンタジーだ。

<あらすじ>
 二度の目の旅路,カスピアン王子が新たな王となった日から、一年が過ぎた。 エドマンドとルーシーのぺベンシー兄弟姉妹の末っ子二人は,いとこのユースチスの家に預けられていた。 ユースチスの家に飾られた,海を描いた絵画。 これがナルニアへの新たなる冒険の入り口となる。 意地悪で頭でっかちなユースチスとエドマンドが喧嘩する最中、絵画は動き出し、部屋には大量の海水がなだれ込む。 気が付くと三人は大海原のど真ん中におり、彼らを助けてくれたのは王となったカスピアンたちだった。 
 ナルニアでは異変が起こっていた。 ナルニアの地のうち一つの島は、街がすっかり変わり果てており,住民たちが次々と売買され、地上から姿を消していた。 彼らを救うには,先代の王に仕えた,“7卿”たちを探し出し、彼らの持つ剣を七本“アスランのテーブル”におさめることだった。
 エドマンドたちは、誘惑の待つ,島々へと旅立ち、数々の試練へ立ち向かうのである。

<感想>
 今回の冒険の主人公はユースチスと言えるだろう。 彼はルーシーたちへもナルニアの人々へも常に敵対心を抱き,理屈っぽい,ひねくれ者。 一見して、ナルニアの世界にはそぐわないように思える。 しかし、ユースチスは常に観る者を物語に惹きつける。 ある意味でナルニアへ影響(良い意味で)をもたらす、新たなる嵐。 観ていて飽きないキャラクターであり、役割を体現している。 ルーシーたちにとっての「最後の試練」を乗り越えるという話の前提があるがあるものの,やはりユースチスの成長の物語と言う方がしっくりくるだろう。
ファンタジーなどの物語では、「嫌なやつが最後に幸せを掴む」というお決まりがあるそうだが、個人的には新鮮に思えた。
 第三章を迎える『ナルニア国』シリーズが前二作と違うのは、解説にも掲載されている通り,シリーズの中では珍しい海上の場面が重視されているところはもちろんだが,戦争など争いよりも、試練に満ちた冒険色が濃くなっているからだと言えよう。 ある目的のための必要な戦いのみであり、争いごとはない。 あくまで三人の主人公たちの成長の記録。 そこがこの作品の見所の一つと言えるだろう。
 話は戻るが、三人の主人公のうち一人であるユースチス。 まるでどこかの大人のようにも思えるユースチスの成長がドラゴンになることで描かれると言うのはとても面白い。 ファンタジー映画全体を通しても、滅多にない,主人公のドラゴンへの変身と言えるだろう。 ドラゴンになることで自分を失ったと考えたのか、ここで初めてユースチスは子供らしさと弱みを見せることになる。 その相手がリーピチープというのは意外だった。ここでも、「最悪な出会いを果たした相手とは、最高のパートナーになる」という法則がある。 小さなネズミの騎士とドラゴンという異色な組み合わせは 一見不釣合いのようで自然に見えた。 また、ドラゴンの中身は実は怖がりな子供で、その背中にまたがるリーピチープは、そのカラダよりも何十倍も勇敢で誇り高き戦士というのもまた面白い。 
 ユースチスのドラゴン。 魅力は一つではない。 人としての成長する姿が観れること、物語が進むにつれて,それまで考えられなかったくらいの活躍を見せていくこと、そしてドラゴンとしての魅力だ。  ドラゴンとしての部分としては、彼がドラゴンになった日の一こまがまず一つ目と言える。 先にも述べたように、初めて子供らしさをみせるのがこの時で、“ドラゴンの涙”(ユースチス)がなんとも美しく見えた。 この作品の場合は、中身が人間の子供だからと言えば、そこまでなのだが やはり 人間以外の生き物が見せる涙というのはとても魅力的かつ美しいと思うのだ。 感情を持つのは人間だけではないのだと、それを観るたびに実感するのである。 ユースチスの最初の成長手段がドラゴンになることであるのは贅沢だけれど、羨ましくもあると思うのは私だけだろうか。
 ナルニアに着たばかりのユースチスは、孤独な存在。 ナルニアじたいを否定するため、カスピアンやエドマンドたち,旅の仲間に特に協力するわけでもなく、単独になりがち。 そんなユースチスがドラゴンになり、リーピチープの言葉一つで悲しみが希望に気持ちが変わり、旅の一行たちのための暖(ドラゴンの吹く炎)に始まり、最後の戦いにおいては 大海蛇と互角の戦いを見せると言う凄まじい成長振りを見せている。 立派なドラゴンの戦士と言える。 数々の成長の中で面白いと思ったのは,舵がとれず立ち往生になりかねなくなった,朝びらき丸(カスピアンたちが乗る船)を尾とドラゴンのパワーを使って,舵がわりになるという活躍である。
 ドラゴンになって初めての登場の瞬間、エドマンドを連れて,大地に自らの炎を使い、文字を描いて自分が何者かを知らせる件など、最初から最後まで注目せずにはいられないユースチス。 その最も印象的であり、心に残るのが最後のシーンにある。 今まで相手との間に作っていた壁も取り払い、トゲも抜け落ちた彼は ナルニアに必要な逸材と成長していた。 そして子供らしさと優しさを取り戻したのだ。 そんな彼が最後にエドマンドたちに対して言う「嫌なやつでごめんね」という一言が忘れられない。 その時に見せる笑顔から見れるあどけなさが なんとも可愛らしいからだ。 
 あと残る四つのナルニアの歴史の中で、二度に渡り、登場する新たな主人公のこれからの戦いに大いに期待がかかる。 最終巻『さいごの戦い』ではどんな成長を見せてくれるのだろうか。 
 アスランがユースチスにかける「ナルニアにはまだ、君が必要だ」という言葉は、「君にはまだ、ナルニアでの冒険が必要だ(ユースチスにはまだ乗り越えるべき壁がある)」ともとれる。 それはつまり、次の主人公はユースチスであり,エドマンドらぺベンシー兄弟姉妹からユースチスへの「世代交代」を意味することになる。 シリーズを通して、主人公が何回か変わるというのは 他では中々見受けられない光景だ。 しかし、この全七作にわたる「ナルニアの歴史物語」であり、またこの物語が子供から大人への成長の一部分を描く冒険だと言うこと考えると当然なのかもわからない。 
 この『ナルニア国物語』を見て思うこと。 まず、児童文学とあってか、話の内容…特に固有名詞がとてもシンプルで子供にとてもわかりやすく,覚えやすいという特徴がある。 次に、人が人生において乗り越える数々の試練をファンタジーの世界で描くのはとても素晴らしいと思う。 子供が大人になることを受け入れ、成長する課程は誰もが共感しうることばかりだ。 また、児童文学が原作でありながら子供から大人まで楽しめるというのが凄い。 その理由の一つと言えるのが、ナルニアへの入り口だ。 私たちが暮らす身近な,様々な場所がナルニアへ通じていると思わせてくれるからである。 
 最後にアスランが子供たちへ「人間の世界では、(自分には)別の名があり,存在している」というふうな言葉が残る。 解説を読むと「キリスト」という答えもあるが 個人的にはそれとは別に答えがあるような気がする。 
今回の第三作目は唯一の海上の物語であるということで、とても新鮮に思えたし,これまでとは違う面白さや魅力があると思った。
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by jd69sparrow | 2011-10-13 00:00 | 映画タイトル な行