塔の上のラプンツェル Tangled

2011/3.17/Thu.

d0058606_20572247.jpg
<あらすじ>
 その昔、とある王国が出来た。 その王と妃の間に子供が出来るが,子供が生まれる前に妃が病にかかる。王国のどこかに咲くという「金の花」が唯一助かる手段だった。 衛兵の働きあって、その花を口にした妃の病はたちまち回復し、一人娘も無事誕生する。 プリンセスはラプンツェルと言い、両親とは違う金色の毛をしていた。 「金の花」の不思議な力は、ラプンツェルの中に宿り、その髪の毛は不思議な力を宿している。 ラプンツェルの髪を狙った魔女ゴーテルは,生まれたばかりのラプンツェルを誘拐し、己の若さを保つために城から遙か離れたところに立つ高い塔に彼女を閉じ込めるのだった。
 月日が流れ、ラプンツェルは18歳の誕生日を迎えようとしていた。 彼女の願いは毎年、誕生日の日だけに見える,光を間近で見ることだった。 誕生日祝いとして,母と名乗るゴーテルに頼むも冷たくあしらわれる。 しかし、泥棒フリン・ライダーの登場により、ラプンツェルにチャンスが訪れる。 ラプンツェルはフリンに彼が盗んできたティアラと引き換えに自分を誕生日に見れる“光”がよく見える場所へ連れて行くことを取引し、そこから彼女は人生初の冒険へと旅立つのである。

<感想>※ネタバレ注意!!※
 ディズニー作品50作記念作品。 つまりは、『塔の上のラプンツェル』は『白雪姫』から50作品目ということになる。 一つの節目を迎えたことあってか、ここで様々な進化を遂げ,新たな路線が開拓された。
その一つとして、大きいのはキャラクター設定である。 プリンセス&プリンスのお決まりから脱していると言うことだ。 ただ上品な美男美女だとか、か弱く夢みがちなプリンセス、白馬の王子という遠い昔のお話ではなく、『ラプンツェル』では180度違う。 美男美女という点だけは受け継がれているが。 ラプンツェルはプリンセスだけど、とても活発でポジティブで親近感のわくティーンエージャー。 マシンガンのように話したり、心の葛藤を隠せない面白可愛い一面がある。 相手役となる,プリンスからかけ離れた お尋ね者。これまでのディズニーアニメで言うと、悪役の中のバラエティ班のようで表情の豊かさと緩さが面白いキャラクター。 ディズニー初であろう相手役における「揺るキャラ」。 過去のディズニー作品にもどちらかがプリンセスではないものもあったが、最終的に「お決まり」におさまっていたり,どこかプリンセス・プリンスの香りがした。しかし、そんな香りが残りつつも 近年の作品では 少しずつ変化が起こり、その変化が顕著に現れたのが本作だと言えるだろう。 『プリンセスと魔法のキス』が変化の兆しがあった作品の一例と言えるだろう(緩るキャラだけど、気さくで人脈のある明るい王子の登場)。 しかし、その変化の境界線は90年代に入る頃だと思われる。 『美女と野獣』では、ヒロインに自律心という現代に通じる女性像が描き始められ、『アラジン』の主人公も盗人のような生活を送りつつも,明るく自由なキャラクターに描かれていた。
 ディズニー作品の多くは原作のある作品だ。 だけど、オリジナル風味に原作を発展させるのがディズニーの特徴であり長所である。 ディズニーと言えば、コミカルな描き方やハッピーエンドが必須。 『ラプンツェル』では、それが最後の最後までわからない展開になっている。 きっと何かミラクルが起きるだろうと思っていてもだ。 少々強引に思えなくもないが、結末は期待を裏切らない,幸せなものとなっている。
 ディズニー・アニメーションに登場する脇役の中で欠かせないのが、実のところである。 描かれる時代の多くが、馬を交通手段としていた時代だからと言えるだろう。 現代で言うところの犬くらい身近な動物として描かれているのだ。 現実的に考えても、人間以外の動物たちにも人に近い感情があると言われている。 表情豊かな馬たちが記憶する中で、既に『眠れる森の美女』の時には既に登場している。 その馬がついに登場キャラクターとして、出てくるのは個人的には嬉しい。 あまり多くは知らないけれど、『美女と野獣』のフィリップも数あるディズニー作品の中で好きだ。 今回、3DCGとあってか マックス(馬)の表情は実に豊かで、言葉は話さないけれど “登場人物”と言ってもいいくらいの存在感とキャラクターとなっている。 フリンとは デコボコ・コンビであり、名(迷?)コンビだ。 賢く忠実で、犬に匹敵するだろう嗅覚…そして個性的。 剣まで操ってしまうという,人間顔負けのキャラクターである,マキシマムことマックスも面白くて私は好きだ。
 「手書き感」を活かした,新たな3Dアニメの構築。 作り手のこだわりがここにあり、3Dでありながら手書きのアニメを観ているような感覚で楽しめるという不思議な魅力がある。 そして、この50作記念作品で,キャラクターたちも,作品像も よりコミカルに進化している(※関係ないけど、酔っ払いでキューピッドのお爺さんに注目)
 見所は、アニメーションだけではない。 アジアの伝統が西洋の世界にマッチさせた,スカイランタンの場面は一番の見所と言えるだろう。 この場面は 『ラプンツェル』の世界とヴィジュアルの美しさを象徴し、彩った場面と言える。
 インドアな話からアクティブな話へ。 原作では前者。 しかし、ディズニーの映画としては原作そのままだと物足りないかもしれない。 というより、今の時代 映画にするにあたり,原作が存在する話は、そのまま なぞるように描くだけでは面白くはない。 アドベンチャーなくしては、物語は語れないのだ。 冒険があって、初めて主人公は成長するのだから。 ディズニー版『ラプンツェル』は、フリンという新しいキャラクターが登場し、ラプンツェル、フリン共に二人の冒険を通して、自分の大切なものや居場所、生きる道を見つけるということにテーマがある。
 よく、時代物を描きながら 近未来的にデザインされたキャラクターが登場する日本アニメがある。 『ラプンツェル』でも主人公たちが現代的なキャラクターになっているけれど、それらとは全く違う。 性格とルックスと二つの面で、モダンなラプンツェルとフリン。 ラプンツェルにいたっては、クライマックス以降だが。 一つの作品の中で主人公に対して、二つの絵が描かれるのは珍しいが、魅力的。 髪を切った,ラプンツェルはどこにでもいるようなアクティブでモダンな女の子になっていた。 
 笑ったり、ロマンティックな気分に浸ったり、ちょっとハラハラしたり…。 色々な面白さが『塔の上のラプンツェル』にはある。 これほどまでに面白く,美しい世界がアニメーション化することが可能ならば、過去の作品をCGで復刻したらどんなに面白いことだろう。 
[PR]

by jd69sparrow | 2011-10-28 01:00 | 映画タイトル た行