じわじわと…

気持ちを前向きに持ちたいけれど、

どうしても中々適わない。


ほうれん草に始まった野菜への放射線被害。

毎日、ニュースを見るたびに

その種類は増えていき、

私たちが食べられる野菜が少なくなりつつある。


それどころか、

『水道水』にまでその脅威が広がるとなると

ますます,パニック状態となり,

東京から飲料水ならびに、お茶など『飲み物』じたいが

なくなる可能性が出てきた。


電気の使用率を見ても

今日付けで『88%』という切羽詰った状況になっている。


今こそ、節電が必要であり、

これは義務と言っていい。


買いだめしたところで

ライフラインがストップしてしまったとき、

わずかに生きながらえるぐらいだろう。


飲む水分も

とりあえず、よっぽど 飲みたくならない限りは

控えた方が節約になるだろうし、

ストックも,少しはもつことだろう。


ご先祖様が

私たちに今の贅沢な暮らしに関して

怒っているのかもしれない。

…って言葉もあながち嘘ではないかもしれない。


「電気を使いすぎ」

「食べ物を無駄にしすぎてる」


とかね。

簡単に食料が手に入るがために

その価値観もにぶってきている。

だから、簡単に食べ物を捨てたりもする。


好き嫌いとかも贅沢だって

言っている気がする。


戦後貧しかった“あの”時代に戻ろうとしているのかもしれない。

「歴史は繰り返される」

と、言うように。


当時の日本人と今の私たちとでは

全然違う。

先進国になるために

その時代を生き抜いてきた人の努力があって

今の私たちがある。


もしかしたら

今の生活をリセットして

一からやり直せってことなのかもしれない。

皆が皆、つつましやかな生活に帰り、

切り抜けて生きなさいって

神様が私たちに試練をあたえているのだろう。


こうした危機にさらされたとき、

普段どんなに人がよく見えても

本性が出てくるから

恐ろしいものだ。


自分だけはいい…なんて身勝手な考えは捨てて、

自分に出来ることをして

生きぬくことが私たちに課せられた

一番の使命だ。

あのコマーシャルで語られるように…。

一人一人の力は小さくても

大勢のその力が重なれば、大きな力となる。


原発が復旧されるまでは

今までと同じ生活をしようとは考えてはならない。

少しでも電気を使う量を減らしたり、

買いだめ以外の節約術を考えたりするべきなのだ。


メディアが脅すかのように

怖がらせるように

色々な報道しているけれど

あまり惑わされすぎても自分をダメにするだけだ。


不安を完全にかき消すことは

難しい。

だけど、考えすぎてはダメ。

神経がおかしくなったり、

不安に考えれば考えるほど

喉は渇いてく。


確かに事態は深刻だ。


だけど、毎日毎日 不安だなんだって

言うのは 自ら状況を悪くしているような気がするから

私はなるべき自分から 地震に関することとか、

言ったところでどうにもならないことは

言わないようにしている。


だって、なるようにしかならないでしょ?


だから、「なんとかなる」って ひたすら信じるようにしている。

それで結果が悪かったとしても

それまでだったと考えるほかない。

でも、この根拠のないように思える言葉が

プラスになることだってあると思う。
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by jd69sparrow | 2011-03-23 17:53 | 独り言。