争いの始まり。

あくまで個人的見解であり、

以前,同じような記事を書いたかもわからないが。


すべてのあらゆる“争い”の引き金は自分と違うものへの“差別”と“偏見”だ。

人は生き物の中で一番臆病な生き物かもしれない。

それゆえに 未知のものに脅威を感じてしまう。

自分たちへ害をなすという“思い込み”により、

目の前から未知なるものを消そうと試みるのである。


必ずしもそうであるとは限らないのに。


理解に努めるより,なかったことにしようという

“逃げ”が先立ってしまう。


立ち向かうのではなく、“逃げ”なのだ。

真に戦うというのは

武器を持ち 相手を倒すことではない。

心をぶつけ合い、

互いを理解することに努力することである。


そういった意味で

過去から現在へ続く戦争などの“争い”において

私たちは 戦うことよりも

逃げることばかりしているのかもしれない。


偏見は相手を傷つける刃となり

また自滅や破滅にもなりかねないと思う。
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by jd69sparrow | 2011-09-29 09:48 | 独り言。