「心配」

心配という言葉に疑問を持つ事がある。

「心を配る」と書いて「心配」。

良い意味でもとらえられるけれど その逆にもとれる。

もちろん悪意のある言葉でないのは確かだが

いささか それが鬱陶しく感じなくもないのが事実ではないか。


個人的には 命に関わること以外で

使う場合、悪く言えば「疑い」の意味が込められているのではないかと思う。


例えば。

誰かに頼みごとをする場合。

頼んだとはいえ、その誰かが 頼りなく見えたりしたら

頼む側としては 

「大丈夫かな? 念には念を押して」と言って必要以上に

釘を刺したりする。


それが度重なったりすると

その頼まれた相手は 頼んできた側に対して

「自分を信じてくれていないのか」という更なる疑問が生まれたりもする。


私自身も身に覚えのある事だが

疑ってしまったと思い,いつも後悔するのである。

…単なる言い訳にすぎないが。


心配も度が過ぎると人に不快感をあたえるのだ。


「心配してやっているのに」と言われる事がある。

確かに気持を裏切ってしまったようで

その心配に答えないのは後ろめたいし、

心配されるという事は とてもありがたいことなのだが

「心配」という行為じたいに 「偉い」という見方はないはずだ。

優位も何もない。

恩着せがましく聞こえてしまうこともあるだろう。


そういった意味で 人は人を信頼するべきだと思う。

また、自分自身を信じなくては。
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by jd69sparrow | 2013-01-02 00:46 | 独り言。