アイ,ロボット

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 ありがちな未来ではなく、極めて現実的な今の世界からそのまま30年後の世界に描かれているのではないかと思う、監督の狙いはまさに的中している。よく未来モノで見かける空飛ぶ車、電車、今とはまるでカタヂの異なる建物などが一切なく,現代ある建物の様式が残されているし車の軽量化というのもこれから十分に考えられる未来の車と思える。 日常生活においてもほとんどが電化製品であり、コンピューターの機能をフルに活用し,今普通に私達の手でやっていることが動作もなく簡単にできてしまうのだ、個人的にこんなにも機械じかけにしてよいものなのか少し疑問だ。というのももし全てを管理する中枢となるコンピューターがフリーズしたり壊れたりしたとき何もできなくなってしまうのではと思ったからだ。 例えば建物に入りたくとも入れなく立ち往生する恐れがあるからだ。セキュリティー面としてはこんなに便利なシステムはないと思うが。
 しかし決して非現実的だと言えないし、日々便利になっていくこのご時世を考えると可能性は高そうだ。そんな「アイ,ロボット」で描かれる未来の中で主人公スぷーナーのような時代遅れな人を見るとほっとする。この映画では昔ではあるが現在の世界の姿なのだから。かと言って時代の先端をいく人々に不満を感じるわけではないが。
 “ロボットが問題ではなく問題があるとしたらそれは人の方なのだとわかる。“人間の理論の限界”なのだそうだ。コンピューターシステムの進化は人間の理論の限界をこえる。 世の中を進化させていくには常にあらゆるケースをいくつもいくつも考え、配慮しなくてはならないということだろうか。
 めったんいシリアスものには出ないウィル・スミスが今回は笑いなしにアクションやミステリーなど多くのジャンルの融合(言うなればSFサスペンスアクション)に挑んでいる。たくましい体とそのバランスの良さなどはもちろんだが,きりっとした目が特にかっこいい。アクションは言うまでもなく。
 この映画で忘れてはならないのがサニーの存在。 映画で主として登場する人と似たカタチ
をなすロボットNS-5の中で唯一自由を持っているのがサニーなのである。ルールに縛られず,人間らしさを兼ね備えている。このサニーの人間的なところ見ると多くの人々がきっと欲しくなるだろう。 人のように心を持ち,話し,考え,学ぶサニーを。
 “人間の理論の限界”とされている内容でわかるのは,問題があるのは人間の方だということを考えるとすると一番恐ろしいのも“人間の理論の限界”をこえるコンピューターではなく便利なシステムを生み出した人なのだ。
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by jd69sparrow | 2006-03-24 19:06 | 映画タイトル あ行