リバティーン

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 「初めに断っておく 諸君は私を好きになるまい...どうか好きにならないでくれ...」 実在したイギリスの王チャールズ二世に仕えたロチェスター伯爵はこうはじめに語るのだ。 これを聞いたとき何か予感がしていた、明確なではなかったが強く残るものを。 そしてこの言葉の指すものがどんなであるかを考えた。待ち受けていたものはジョニー・デップ主演作だけに一筋縄でいくものではなく、刺激だった。“暗い話”の一言では決してくくってはならない、確かにそう見終わった瞬間感じていた。
 これはロチェスター伯爵ことジョン・ウィルモットの人生の記録。破天荒で問題児であった彼は己の気の赴くままに生き人々に強烈な忘れられないインパクトを与え続けていたのがわかる、これは観る者とて同じことだ。 彼の行動の背景には当時の貴族あるいは民が求めていたものがありありと表れている。 人としては善人ではなかったかもしれない、だがそのキャラクターは憎めない。そんな彼の喜怒哀楽をデップは使い分け、それをもってして伯爵という役をこなしている。 ただかっこいだけではすぐに薄れてしまうが,(よい意味で)そうはいかないのがデップその人なのだ、若くして名優の地位を築き上げたのだから。
 「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジャック船長で見せた彼の個性の強さを初めて実感した、今回の「リバティーン」でも引けをとらないその強さが,それに美しさが感じられた。
 チャールズ二世を演じたジョン・マルコヴィッチの声は少し低く、だけど響きは心地よいもの。 また改めてこういった時代モノと彼のとの調和のよさを知った。
 自然光を多く活用したという映像はモノクロ映画にそっと色を加えた色合いが17世紀をよりよく風情あるもの現実性を増させている。
 はちゃめちゃなロチェスター伯爵はあまりにも波乱にみちた道を歩み短い生涯に幕を閉じる。どんなに悪ふざけをsてもそんな彼に惹かれる者は少なくなかったようで、根元は言動とは違う善きものがあり 全てがクロに染まっていたわけではないのだと思う。 彼の最期がせまる手前からそれを迎えたとき、完全にとはいかないかもしれないがその命を意味あるものとしまっとうしたのだろいう、私の目にはそう映った。 彼は善人と呼ばれること拒み,言うなれば悪人と呼ばれることの方をむしろ好んだ。 天才はいつか折れてしまうことがある、それは彼らが選ぶ生き方を一つ間違えた、それともある一線をこえてしまった結果なのか。
 ジョニー・デップの役者としての面に惹かれる者,あるいは興味を持つものは一度は観るべきだ。
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by jd69sparrow | 2006-04-13 12:04 | 映画タイトル ら行