北の零年

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 明治4年、西暦1870年。 淡路の稲田家の人々は明治政府により強制的に北の大地へと送られることとなった。 現在の北海道である。 武士が存在していた時代、しかし時代は変わりつつあり、西洋文化が日本へ伝来し始め 日本も同じ色に染まり始めていたのだ。
 主君のために北海道へわたってきた小松原や間宮たちを含む546人が名もない北の地を開拓するべくやってきた。 主君から逃れようのないつらい現実・事実を知らされ、実質見捨てられても彼らは「夢」だけは捨てず,生き抜くのであった。
 「夢はあきらめてしまえばただの夢に過ぎない、しかしあきらめずに信じればいつかそれは真になる」という小松原の言葉が心に響く。 妻であるシノは一人娘のタエと共に彼らの国を救うべく旅立った夫の,父親をひたすら信じ,待ち続けるのである。
 春夏秋冬、だんだん時が過ぎていく、とりわけ冬は過酷なものである。 いつまでも小松原を信じる母親と娘の姿は感動的なものであり、待ち続ける二人はどんどんたくましい女性へと変わっていくのである。 彼らにとってアシリカという人物も大きかったようだ。 渡航してきた淡路の人々、西洋から渡って来た人々、アイヌの人たちがお互い異なった地の育ちであっても壁はなく、そこにいる人たちはみな一つとなって生き続けるのである。 一つとなって夢を信じ続け、それを現実のものにするためいに汗水流す人々もまた感動的だった。 人はみな、刀を置き、くわを手にした。
 大自然の中で「生」を貫き通すということは自然そのものと力強くつながっている。
 吉永小百合(シノ)、豊川悦司(アシリカ)、渡辺謙(小松原)、石原さとみ(タエ)、柳葉敏郎(間宮)などなど、多彩な役者陣である。 吉永さんはとても時代ドラマという型にあっていてその演技は時折映画の外で見せる姿そのままの自然体だし、タエの子供時代を演じた子役の女の子もその演技がじんとくるものであった。
 二人の親子の運命と彼らが目指す先には何が見えてくるのか、二人に待ち受けている衝撃的な真実とはなんなのか。 そこが見所だ。 
 渡辺謙さんんの役どころは「ラストサムライ」の勝元とは相反しているように思えた。 自分の弱さに勝てず、時代の流れに流されるままになってしまった男(小松原)と最後まで武士道という己の信念を曲げることなく強く生きた男(勝元)である。
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by jd69sparrow | 2006-07-15 23:52 | 映画タイトル か行