森のリトルギャング

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 森の動物たちが冬眠から目覚めると彼らの住んでいる森の半分がなくなっていた! 森の半分は人間たちの住宅地と化していた。 動物たちの住む場所が人の手によって削られていき,野生の動物たちはどんどんと狭い空間へと追いやられてしまう。この映画は愉快な動物たちによる冒険アドベンチャーであると同時に現実を映し出している。 動物たちの住処がこうして追いやられてしまうのは実際に起こっていること。
 “一人家族”と自らを称し、一人ぼっちのアライグマのRJは空腹に耐えかねクマのヴィンセントの食べ物をこっそりと奪おうとする、その結果一週間以内に食べ物をヴィンセントのために集めなくてはならなくなったRJは森へやってきた。そこで彼が出会ったのは森の様々な動物たちが集まってできた温かな家族だった。 食べ物集めに人間の住む住宅地へRJを先頭に“森のリトルギャング”たちはあらゆる作戦を実行する。 RJは仲間たちをヴィンセントの食べ物のために利用していくが温かい仲間たち-森の家族のリーダー,カメのヴァーン、間抜けだけど愛らしいムードメーカーでリスのハミー、スカンクであることをコンプレックスに思う けれどその内には美しさがを持ったステラ、ヤマアラシの仲良し家族,ペニーとルーと三つ子の兄弟、死んだフリが得意なオポッサムの親子オジーとヘザーとどのキャラクターもそれぞれ愛らしさがある-といることで“本当に大切なもの”に気づかされるのだ。
 “森のリトルギャング”支店で作品を見ることができて、森と人間が住む世界の境目である垣根,スティーブは彼らから見ると高すぎる塀で彼らの最大の敵,住民組合会長で短期で神経質なグラディスと害獣駆除員でどこか“日本のオジサン”を思わせ,そしてあらゆるメカで“森のリトルギャング”たちをつかまえようともくろむヴァーミネーターは巨大で、その巨大さが(“森のリトルギャング”)たちの恐るべき敵であることを強調している。
 動物たちだって負けていはいない、RJは機転が利き,その人間世界のものや事情の情報通な彼の頭脳、ヴァーンの冷静さと優しさ、ハミーやステラたち,それぞれの特技を活かした連携プレイがかなわぬはずの人間,とりわけグラディスとヴァーミネーターを一泡ふかせる。 人間に考える頭脳や言葉という他の生き物にはないものがあるように、動物たちにもそれぞれの得意技がある。 様々な得意技を持った動物たちが一丸となって動いたらこんなにも人間に立ち向かっていけるのかと思った。 実際もし異なる動物どうしが家族のように生きていくのは中々見れるものではないけれど、本当に野生の生き物(動物)たちが団結してきたらすごいことだろう。
 今回のドリームワークス・アニメーションは大人しめというか控えめ、小さな“森のギャング”たちが登場するアットホーム敵なドラマであり思わずうるっときてしまうところもある。 RJが本当に大切なものを心から実感する場面がとても感動だ。 子供に向けられた物語であっても,こんな素晴らしい友情や家族愛を描いた(動物たちの)物語はとても落ち着きと安らぎを与えてくれる。
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by jd69sparrow | 2006-08-17 01:27 | 映画タイトル ま行