チャーリーとチョコレート工場(2回目)

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 同じような作り、同じような外見の家々が立ち並ぶどこであるかわからない街、街のはずれに建つ小さな家とその家から直線上に位置する大きな大きなチョコレート工場。 この二つの建物がなんとなく対照的に、しかしその両方が浮き彫りにされているかのように建っている。 似たような家々が並んでいてその先には大きな不思議な建物があるという発想は、同じティム・バートン作品の「シザーハンズ」を思い出す。 チョコレート工場と街との比較がそこから反映されているのだろうか。「チャーリーとチョコレート工場」という不思議な魅力を持つ物語をティム・バートンにより描かれる、だからこそ不思議があるけれど、その魅力にのみこまれるという映画という一つの作品ができあがったのかもしれない。新しく追加要素が取り入れられたり、全てをCGにより作り上げるのではなく本物を多く入れ,こだわりこだわった作品といえよう。
 チョコレートを知り尽くし、チョコレートをはじめとするお菓子の発明を日々成し遂げるチョコレート工場を営むウィリー・ウォンカは長い間開けることのなかった門をついに開く、それは幸運な子供たち5人を工場へ招待するためだった。 世界中に輸出されたウォンカの“めちゃうまチョコレート”に入ってる工場への招待状となる“金のチケット”が入っているチョコはたったの五つ。そして世界中から幸運な子供たちが5人選ばれ、工場見学に行く切符を手にするのだ。 次々と世界中でその選ばれた子たちが選ばれ、その最後の一人がチャーリー。 5人の子供たちは家族を一人付き添いに選び、そしてウォンカの案内で工場を見学する。 そんな中で、ウォンカが子供たちを工場へ招待した本当の意味が明かされていく。
 五人の子供たちの一人として選ばれたチャーリーは特別な子供ではないけれど家族を何よりも大事に思う優しい子、残りの四人の子供たちは世の中の悪い子を代表した特徴を持っているように思う。 甘いもの好きの子、欲しいと思ったらがんとして譲らない子、テレビゲーム大好きで理屈っぽい子、何でも勝ち取らないと気がすまない子、と個性は様々。 その個性を語るのはチョコレート工場の従業員ウンパルンパたちというのはおもしろい。 四人の子供たちの親たちが自分の子供の育て方の甘さが導いた結果でそれを思い知らされる。
 “両親たちは子供がやろうということをとめる”けれどそれは子供を心配する,あるいは思うからこそのこと、厳しくしていた両親が厳しくすると同じくらい子供愛しているとわかった瞬間というのはとても感動である。 “両親”という言葉が言えないウォンカのときは子供の頃厳しくされたことが親の愛情の裏返しであることを知らず、彼の時はそこから止まっていたのである。 そして家族からの愛情を知り、それを大事に思うチャーリーという名の少年にその大切さと,彼の知らなかった真実へと導かれ,教わるである、そしてウォンカ自身の物語なのであると私は思う。

<以前の記事> 「チャーリーとチョコレート工場」 2005年9月14日
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by jd69sparrow | 2006-10-15 16:45 | 映画タイトル た行