トランスポーター

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 腕利きの運び屋には自ら課した三つのルールがあった。一度契約を結んだことに従い,変更はしない(契約重視)、依頼人が運び屋の正体を知ることや依頼人が依頼する物を送る受け取り人といった“名前は不要”、そして運び屋は依頼人が依頼したものを決して開けてはならない、という三つのルールである。 これは依頼人および依頼受ける運び屋にも適用される,絶対のルールなのだ。 これをやぶったものはただではすまない... 依頼されたものは黙って確実に届ける用心深い、そして戦える運び屋の物語。
 主人公の名はフランク、彼は寡黙でプロの運び屋、スピードとちょっと荒めのドライビング・テクニックで依頼品を届け、依頼人との契約にも自分にも厳しい男である。 元々軍人であった彼は依頼人に攻撃されようと動じない冷静な仕事人なのだ。 ある日、新たに依頼を受けたフランクはその思いがけぬ依頼品により自ら作ったルールをやぶってしまう。 “依頼品”はなんとライという女性だった、自分がルールをやぶってしまったことを悔やみながらも、彼女を突き放したりはせず追われ追われつの状況に陥り、さらに追跡者たちが企む計画の阻止をする戦いが始まった。
 舞台はフランス、ここで主人公を鏡で映したかのような(フランクの)車が駆け巡る。 ただ依頼品を目的地まで運ぶだけの運び屋かと思いきや戦えるという“動”と“静”とを持ち,仕事をこなし,あるいはプライベートな面、つまり彼自身の面が“静”ならば 仕事にやっかいなもの,障害が生じたときのその障害への鉄拳が素晴らしくかっこいい。 この“動”と“静”とのギャップがおもしろい、それはこの作品じたいに比例するもので常に“静”で進行するこの物語は時として“動”へと変わるのだ。 どんな不足な事態にも冷静で、自分を乱すことなどありえないはずのフランクはライと会ったことで混乱しとまどうけれど今まで“静”だけで孤独にも思えた生活に“動”という光が射しこみ一変する。 それは彼を緩和するものであるように思う。 
 几帳面で固いはずの彼が静かに,ゆっくりと着実に変わっていく様子がうかがえる。 そんなフランクとライに数々の災難がふりかってい、追跡者に命を幾度となく狙われるわけだ。 スタイリッシュなアクションが質のよさというかこの作品の上品さを表しているようである。 無情のないように思えた人の中に人間らしさを見たとき、その人物の魅力を見る者は見ることになる(つまりは主人公をさす)。 一度聞き出し記したものはあとに決して残さず,そうすることで依頼を受けたらその場で抹消し、その内容はカタチに残す代わりに彼の頭の中に残されるというのもかっこいいならば、やはり車をとばし大勢の敵をものともしないアクションはとてもかっこいいとしかいいようがない。 そして主人公が仕事の時に着る,いわば正装である漆黒のスーツというスタイルが彼を表すと同時に“無口で腕利きの運び屋”という仕事のかっこよさをひきたたさせている。
 あと一つ忘れてはならないのがフランクの元によく訪れ,姿を現す刑事、彼は長い年月働き続け,自分の力の衰えを言うけれど、実際はフランクが腕利きの運び屋であるように彼もまた腕利きな刑事であると思う。 それは何度もフランクのところへと足を運ぶその時その時にそれが伺える部分が多々見受けられる。 一見、主人公の立場からして厄介でしかないようであるが、実はそうではない。 彼の立ち位置というのは決して弱いものでもないのだ。 実のところフランクの正体と真実を知りたい彼だけれど、彼を訪れる刑事は何気ない話をし、何も気づいていないようにも見えるけれど、全てではないもののフランクが隠しているものをある程度見通しているように見えるのだ。 それは古畑任三郎を連想させた。 個人的な意見ではあるが、古畑任三郎の捜査スタイルと直接のつながりがあるかどうかさておき、何か近いものを感じさせたのである。 こういった主人公とヒロインだけではなく脇役にも魅力を感じる。 そして脇をかためる人物たちの重要性を改めて実感。 主人公など中心としてうつるものだけでなく、隅々まで見る必要があると知り、そしてそうすることがその作品へのさらなる魅力やおもしろさに気づくことを可能にするとのだと思う。
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by jd69sparrow | 2006-10-17 01:03 | 映画タイトル た行