フライ,ダディ,フライ

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 守りたい,あるいは守るべき者のために人は命だって張れる。 愛する娘が恐い目に合い,ボロボロになっても何もできない父親がいる。 彼には娘を思う気持ちがあった、しかし恐怖をつきけられた時、恐れをなし無力になってしまう。 どんな言葉をかけていいのか良い言葉が見つからないし、娘を本気で守ろうとか支えてあげようという気持ちよりも自分にかけられた恐怖感が強かったのである。 だけど娘を愛する気持ちは確かであった。 父親は娘と変わらない年頃の高校生に指南をうけ戦う術を学び,守るべき者を守れる父親となることを決意する、そんな物語である。 
 鈴木一は妻と娘を持つ父親である、彼は娘を何より大事に思っていた。 ある日娘・遥が顔の形が変わるほどの傷を負い入院した。 鈴木はいてもたってもいられず会社を飛び出した。 遥に傷を負わせた張本人が明らかではあるけれどその男子高校生を鈴木は強く責めることはできない理由があった。 それはその男子高校生・石原のバックは強い力で支えられていて、第一に石原自身の強さを目の前にした彼はかなう術がなかったのだ。 自分の立場を大事にするあまり娘に何をほどこすわけでもなく、自らが弱虫であるということを表明しただけだった。 しかし、このままではいけないという気持ちがあった彼は石原が通う学校へと乗り込んだが、乗り込んだ先は石原の通う学校とは全く別の場所であった。 娘に何もしてやれなかったことのの無念をただがむしゃらに晴らそうとしていた鈴木に目をつけた者がいた。 鈴木がたどり着いた高校の生徒,スンシンである。 鈴木はスンシンとその取り巻きたちの力を借り,石原を倒すために“戦い方法”を身に付けることを心に強く誓う。
 スンシンの仲間たちは愉快でふざけているようでもあるが、鈴木を男にしようとする姿勢は本物であった。 鈴木はスンシンの厳しい特訓に,時に弱音をはき文句をこぼしながらも,耐え日々鍛錬を積み重ねていく。 それは熱き青春のようなものもあり、その中に少しほのぼのとした空気も含まれていた。 しかし、ダメな父親から強い父親へと着実に一歩一歩,歩を進めていく姿勢は父親が娘を思う強いものがあった。 最初は力なく頼りないふうにしか見えないけれど、石原と立ち向かう“その日”が近づくにつれたくましく変わっていく。 そして鈴木の目の前にある余念という壁がだんだんと崩れ去っていくのがわかる。
 スンシンと鈴木の二人の姿は師と弟子のようでもあり、息子と父親の姿にも見えた。 実際親と子の絆に似たものが感じられる。 そんな、温かい場面がある。  その一方では小さなサイドストーリー的な話も盛り込まれている。それは物語の本筋に大々的に動きをあたえているものではないけれど、鈴木の成長の過程がわかると思う。 
 
 
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by jd69sparrow | 2006-12-01 23:51 | 映画タイトル は行