待ちこがれて

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 ジェーン・オースティン原作の映画化作品である。 オースティンの映画化作品と言えば他にキーラ・ナイトレイ主演映画「プライドと偏見」(原題「高慢と偏見」)があり、この作品はドラマ化にもされている。 「待ちこがれて」という作品は「説得」(または「説きふせられて」)を映画化したものである。 「プライドと偏見」でもわかるように女性を主人公とし、オースティンの知る時代を貴族という視点で登場人物を置き,描いたもの。 その当時の女性の恋愛観など心の描写を描くものであるのだが、書かれた時代が遠い過去であっても書き手たちは現代につながるものを後世に残す。 時代の風景こそ違うものの登場人物の心の描写などは現代とそう変わるものではないだろう。 また、現代につながるテーマや真理があるからこそこうして文学史に名を刻まれた文豪たちの描く人間模様を受け止められることが出来るのだと思う。 この物語もまた一人の女性を描いたもので思うに恋を待ちこがれた人を描いた作品ということなのだろう。
 主人公アンは二人の妹を持つオールドミスなのだけれど、妹たちとは全く別である。 一度は恋をしたもののそれも叶うことなくもなく、しかしその気持ちを胸に残しつつ日々を送っていた。 そんな彼女と彼女の家族たちは家を手放さなければならなくなった。 そしてそんな最中アンは昔,恋みのらず離れ離れになった相手と再会することになる。 だが肝心の相手はアンではなく別の人を見ていた。 昔恋をしていた相手との再会にアンの心は揺らいだ。 そんな彼女の心の描写・目だって表れることなく動く恋愛模様と彼女とは異なる考えを持つ家族たちとの物語。
 貴族たちどうしの付き合いが多く取り扱われており、アンやアンの家族たちがそういったことに対しどんな価値観を持っているのかが表れている。 現在と過去とでは異なる点も多くあるけれど(この物語の)その時代の恋愛観、そしてここで見られる身分の高い,目上の人々とどう付き合っていくかなど完璧とはいかなくともどこかでつながっているような気がする。
 アンは常に一歩引いている、それは自分を犠牲にしているようでもある。 昔恋してた相手との突然の再会が彼女が心の奥に閉まっていた思いや感情をあふれ出させる。 それは心に波を起こすことであるようでもあるけれど心の中に再び火が灯り,光が差し込みもやが晴れ希望へと導いていくというふうである。
 
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by jd69sparrow | 2006-12-02 23:52 | 映画タイトル ま行