真夏の夜の夢

 ウィリアム・シェイクスピアの作品といえば四大悲劇「リア王」、「ハムレット」、「マクベス」、「オセロー」や,愛の悲劇を描いた「ロミオとジュリエット」など悲劇を描く作家という印象が強く残っていた。しかしシェイクスピアが書いた本の中にはそうして悲劇だけではなく,ファンタジーをモチーフにした喜劇があることを知り,興味を持てた。 日本語に訳された文章を読んでみてもその中にはボキャブラリーが多く、それらが美しい表現となって登場人物の口から語られていてその言葉一つ一つは声に出して言うのは恥ずかしいものだけれど文として,言葉として読むととても綺麗でロマンティックだと思う。
 そうしたシェイクスピアの美しい文の連なりがおとぎ話で読むことができるということで「真夏の夜の夢」を選びました。また、悲劇ではなく喜劇であるということも大きな理由だ。主人公が最後死んでしまうという展開の物語も文章として,物語として綺麗で見終わった後や読み終わったとき悲しさで終わりそれが物語の感想・印象として残りその物語について考えさせられるが、最後笑って締めくくられる物語は物語の描き方や文章表現といったところで美しさを感じるだけでなく美しさに加えて素敵であるという感覚のまま心に残すことができる。物語が進みその物語を知る、その印象というのは大きさがそれぞれあるにしても物語の始まりと終わりとでは少なからず変化するのではないだろうか。しかし物語の素敵な世界観への思いだけは変わらず持つことができ,物語のおもしろさをかみしめてきた思いのまま最後の結末を見ることができる。
 この作品の魅力は妖精の世界と人間世界とが相互に描かれているところである。人間の世界で起こる不思議な出来事が起きている。けれどそれが妖精たちによるものであることはわからず全てが夢の出来事であると人々が考えていて妖精たちが第三者のように見ているというところである。ライサンダー、ハーミア、ディミートリアス、ヘレンの四人の間で好みが分かれ,人物相関ではそれぞれがいろいろな方向に違った気持ちで向いていていく。
妖精たちはその人と人との気持ちの動きを簡単動かす,ただそれだけで人物たちは前までの記憶を残したまま改心したかのように相手への考え方が変わってしまうというところ、魔法をかけられるとその前までの記憶がまさに“夢”であったかのように,魔法をかけられた者は考える。そしてそれを見る魔法をかけられていない側はそんな彼らに惑わされついには小さな言葉による争いが始まり,魔法をかけられたライサンダーとディーミトリアスの二人もまた争いを始めるのに解かれた瞬間,みながみな夢だとすぐ信じる。 その様子がとてもおもしろい。
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by jd69sparrow | 2007-01-10 23:58 |