タイヨウのうた

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 太陽の光を浴びることができない少女がいた。 カオリという少女は太陽の光を浴びることなどあろうものなら命の危険にさらされてしまうという長きに渡りかかえてきた,また戦い続けてきた。 そうして病と闘ってきたカオリは日が沈み,夜明け前までの時間しか外に出ることができない、ゆえに何の問題もなく生きている人々とは昼夜逆転した生活を送りざるをえない。 しかしそんな彼女にも一つ夢中になるものがあった。 それは“音楽”。 ギターを一本持ち毎晩のようにいつもの時間にいつもの場所でストリートライブするのがカオリの楽しみであった。 光のない世界で生きてきたカオリにも恋の相手がいた。 しかしその相手とはちゃんと会ったこともなく名前さえも知らなかった。 丘の上にある家の窓からいつも同じ場所にやってくるその相手をただ遠くから見つめるだけということしかできない。
 まわりとの接点を持つことができずに生きてきたカオリにとっての光がカオリが恋をする相手,コウジだった。 彼のバカみたいに仲間と騒いだり明るい笑顔がカオリを支える力そのものと言ってもよかった。 やがて二人は出会い、カオリはギターを弾き,歌を歌い、コウジは希望をあたえるために,また力となれるために精一杯のことをしようと考え行動にうつした。 そして二人は途中壁にぶつかりながらも恋に落ちていく。
 カオリの歌う歌はまるで太陽のように輝いている。 夜の暗さを彼女の歌が明るく照らす。 一曲一曲カオリの作る曲には“思い”がこめられている。 太陽の光のない世界でしか生きられずとも自分はここにいて,ここで生きているということを証明し,歌で呼びかけることで主張しているかのようにカオリは歌い続けた。 そこにカオリの生きる力の強さがある、そう思えた。 彼女の歌う曲が夜の闇を照らし,人々にも光を与えるようにカオリ自身もまたまわりで彼女を支える人々の太陽と言ってもよいだろう。 そんな彼女は病と戦い,命がけずられようとも“生”への思いを捨てたりあきらめたりせずに彼女の時間を一生懸命生き,その証を残していった。 形として、人々の心の中に生き続けるものとして。 人の強さにはいろいろとあるけれどカオリの強さとは歌であると思う。
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by jd69sparrow | 2007-04-09 01:12 | 映画タイトル た行