パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド

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 世界の海賊たちは迫り来る海賊滅亡の危機に立ち向かい、巨大な権力を前に生き残りをかけて手を組み戦う。 海賊の辞書に“協調”という文字はない、滅亡から免れるために彼らは“協調”という文字を刻む。 ブラックパール号はカリブ海からアジア、そして“世界の果て”へと帆を向ける。 世界をまたにかけた海賊たちの冒険である。 「呪われた海賊たち」、「デッドマンズ・チェスト」を見ずして「ワールド・エンド」を見るのは難しい。 全ての謎を解き明かすため、また場面の随所随所で登場人物たちが口にすることや行動はそれぞれの話を見ていないとわからないものもあるし、そういった細かなエピソードを知っているとより楽しめるのだ。
 そしてシリーズを通していえることであり、あちらこちらで耳にする情報なのだけれどエンドロール後まで,最後まで席を立たないことをお薦めする。 映画は最後の最後まで見て,初めて「映画を見た」と言えると思うのだ。 “知らぬが仏”という言葉があるが、それは時に損へとつながってしまうのではないだろうか。 知らないままでいることもあるが、後で知って後悔するのはちょっとつらい。 
 伝説の海賊たちが一堂に集い,彼らを滅亡の危機に追いやろうともくろむものたちへ戦をしかけるという大規模なスケール、 カリブの海賊たちだけでなく今度は世界中の海賊たちが続々と登場し あっと驚くような登場人物・出演者たちに注目。 三部作の三作目は謎を全て解き明かし、全三作で一つの作品を完結させる重要な役割を担うところ。 そこにいたるまでのエピソードを振り返ることのできるものであって、もう一度最初から見たくなることだろう。
 ジャック・スパロウは“血の契約”を結んだ相手,デイヴィ・ジョーンズのしもべ,海の巨大な魔物クラーケンに飲み込まれ,その魂は“海の墓場”へと送られる。 その頃、東インド貿易会社の権力を握るベケット卿はディヴィ・ジョーンズの心臓を手中におさめ,デイヴィ・ジョーンズとクレーケンを意のままに操る力を手にし、彼にとって邪魔な存在である海賊たちを滅亡させるべく多くの海賊たちを処刑台へと送っていく。 そんなとき、囚人たちは海賊の歌を口ずさむ。それは世界中の海賊たちが力をあわせ,立ち上がるための合図。
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 世界各地の海をおさめる海賊長たちが結集し、(東インド貿易会社の)権力と戦うためにはジャックが必要だった。 彼こそがその鍵を握るからだ。 そのためにウィルやエリザベスたちはジャックを救いに“世界の果て”に向かう。その案内人はなんと死の淵より蘇ったバルボッサだった。キャプテン・バルボッサを先頭に海賊たちの命をかけた冒険が始めまる。
 ウィルたちの冒険はアジアの海をおさめ,シンガポールを拠点として動くサオ・フェンもとへ訪れるところから始まる。 しかし,話の幕開けは戦いから。 海賊といえば大きな帽子に派手めな長いコート(上着)をはおっているといういでたちが広く知られていると思うが,そのたった一つのイメージから視点が広がる。
 今回は悪役ではなく,味方として登場したバルボッサ、強敵を味方にしたとき強力な仲間となり戦力となる。 “心強いがその裏には何かがある”。 心強い船長、だけど何かを狙っているという謎にみちた感じが良い。 しかも相変わらず悪っぽい感じが出されるだけでなく,今回はおもしろい役どころもあり,とても見ごたえがある。 ジャックと肩をならべる曲のあるキャラクターも外せないし、脇役たちの存在も然り。 映画は「こんなことがあってあんなんことがある」と大きく展開していく、そのステップの間には小さなエピソードなどといった要素が数え知れないほど凝縮されている。 小さな気づきにくいようなものを含め,数多くのエピソードから映画は成り立っているのだろう。 どの映画にも言えることかもしれないが脇役たち一人一人が物語を盛り上げる役割を持っているし、一人も欠けてもいい人物はいない。 それは名前あるものから名のないものにまで及ぶ。 もちろん争いがあるいじょう,善と悪とを分けることもできる。 しかし、“勧善懲悪”という言葉にはくくりつけられないと思うのは気のせいだろうか。 悪っぽくてもどこか魅力に感じるところがある。 デイヴィ・ジョーンズをとってもそうだし、一作目で悪役だったそのとき魅力にあふれていたバルボッサがその良い例である。
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 ジャックなどのシリーズ通しての主要人物たちの魅力。 自由気ままにいき,どんなときもペースを崩さないわが道をいくジャック。 目だって見せることはないが海賊として頭のキレル船長。先の先まで見通し(彼自身の)目的を確実に果たしていく。ゆるいようで頭脳派である。そういった印象派あたえずあくまで“気ままに生きる海賊”と印象付けれるところがおもしろいところで魅力的なところでもある。 ウィルは海賊になることで,また幾多の戦いを経て成長をしていく。 そしてその暁には完全に誇り高き海賊の顔になっていた。 ただ純粋に恋をし、正義を尽くし,ジャックに剣を向けた彼はジャックと同じ海賊となる。 ジャックと対峙したそのときからウィルの運命は大きく動き始めていた。 ウィルがジャックに動かされたようにエリザベスもまた動かされた。 微妙な三角関係をひとつにとってもそうだ。 彼女が二人共に魅力を見出していたのも確かであろう。 エリザベスは身分を捨て,海賊と生きるわけでむしろ海賊といってもいいだろう。 そんな彼らの魅力はあちらこちらで見ることができるのだが個人的に最後の接戦、そしてその行き着くところで強くそれを感じることができた。 最後の戦いは(当たり前な話かもしれないが)まさに海賊の戦いであらゆる角度で敵に向かい戦いをしかけるのだ。 その場面はばらばらでまとまるはずのない海賊たちが一つ(まるで一つの海賊団のよう)となった瞬間であり(海賊の)みんながみんなかっこいい、そして見所なのである。
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 今回見て思ったのは前回異常にサプライズが盛り込まれている、そしてジャックもバルボッサも思うところは共通なところがあり、ジャックはジャック,バルボッサはバルボッサなのだということ。 そのサプライズの一つふくまれる“あの人”が私としてはとりわけ“海賊”に見えた。

<前二作の記事>
「パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち」の感想
「パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト」の感想

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by jd69sparrow | 2007-06-05 02:54 | 映画タイトル は行