クローズZERO

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 男たちは己の力を試すため、強くなるために強いものに立ち向かっていく。何度パンチを受けてもその目から炎が消えることはないのだ。ボロボロになっても真っ直ぐ前を見ている。 それは男の意地やプライドからくるものなのだろうか。 確かなのは、頂点に立つことに一心で,熱き魂を持っていることである。 青春時代を目一杯生き,男として、人として成長していく。 実際、主人公がそれを体現している。この映画のもう一つの良さと言えるのが、仲間同士の絆の強さ。そこに集うは突っ張った不良たち、だけど仲間を思う気持ちがあり,互いに信頼しあい,仲間意識が強い“人間”だ。 だから彼らが互いに向き合い,大切な仲間として見ているところに熱いものを感じさせられるのだ。
 作り手たちの言葉にもあったと思うが、「何のために人は強くなろうと思うのか」ということが最大のキーワードであり,そういう物語である。
 内容。鈴蘭高校、それはその場所のトップに立とうという志を持つ男たちが集う,不良たち(crowsクローズ)の学校である。 トップに立つ者はいまだにいない。 しかし、“百獣の王”と呼ばれる男,芹沢多摩雄がいた。派閥争いの絶えない鈴蘭で頂点に最も近い男である。 そこに滝谷源治が転入し、その争いに拍車がかかる。
 物語は二大勢力による争いを軸として動く。鈴蘭にやってきた源治には目的は一つしかない。鈴蘭の男たち同様,その頂点を目指し,さらに自らの父親を越えることだ。
「男たちが強いものに挑む」理由として付け加えたいのが、自身の力を証明するためであるということ。それを成し遂げることに対する強き思いを原動力に人は強くなっていく、それが源治。“仲間”を知らない源治が仲間というものを学んでいく話でもある。同時に、鈴蘭高校という“場所・姿”が映し出されている。
 大切なものを守るため,志や思いを貫くため、相手が誰であろうと立ちはだかる者と戦う。 拳を握り締め、全力で相手に挑む。 拳やけりの重みが低く,鈍い音で伝わってくる。戦国や江戸のサムライたちが命を惜しまず,各々の軍がぶつかりあったように、大将がいて,大将を信じる兵がいて二つの勢力がぶつかりあう。そして戦っている様子、それを遠くで見ている者たちの会話、それらはまるで戦を語るようである。
 臆病な者などいない。二つの勢力の戦い、その大将たちは互いに敵対しつつも、心のどこかで理解しあっていて,後にわかりあえるときがくるように思えた。 

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by jd69sparrow | 2007-11-05 22:41 | 映画タイトル か行