ゾディアック

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<あらすじ>
 四十年近くの月日が経っても真相があばかれることなく、謎に包まれた事件“ゾディアック”。サンフランシスコ、クロニクル社。 一通の手紙が届いた。 そこには謎の暗号が書き記されていた。 二人の子どもがたちが銃で撃たれ、一人が命を落とした事件から間もないときだった。送り主は“ゾディアック”と名乗り、要求を彼らに、また,警察に重ねていった。 そしてゾディアックに関わる殺人事件が次々と起こり、それは次第にエスカレートしていく。 クロニクル社に風刺漫画化として勤めるロバート・グレイスミス、彼の同僚のポール、そして刑事トリンスキーの興味をひきつけた。 謎が深まるほど、彼らもそれにのめりこんでいく。 なんとしてでも犯人をつきとめるために。 

<コメント・感想>
 ゾディアックが最初に世間を騒がした事件は夏だけれど、この作品は冬の海を連想させた。 日は出ておらず、雲行きはよくない。 すぐにでも雨が降り始めても、不思議ではないくらいだ。日がある時は明るく透き通った色で輝く海も暗く藍色にそまり、波が立っている。 そんな状況下を小さな船で、あてもなく漂う。 人がいる島を、あるいは通りすがる船をじっと待っていて、島も一向に見つからず、船が通り過ぎても助けを求める声が届かないという虚しさと静けさ。 事件はまさに“それ”で、、“求めるモノ”をあとわずかなところで手が届かない。 そういうイメージである。
 ロバートたちは事件の犯人の容疑者を見つけても物的証拠という壁にぶつかる。 推理、その推理が字際に叶であるかの照合の繰り返しが続き、時間が過ぎていく。
 捜査は難航し、事件を解き明かそうという欲も人々から失われていく。 残酷な事件でも毎日起こる出来事(事件)の中に埋もれ、記憶からも消えていく。 それでも、“答え”を求める人がいる。 そういう人たちがこれにこだわり続けたのはどこにあったのだろうか。 暗号、関連性が見えてきそうで見えてこない,連続殺人事件ということ、あるいは“答えを出す執念”かもしれない。様々な形で、印象付けられた(犯人と)事件であったにも関わらず、それにこだわった人々は、どんどん取り残されていく。
 最後に、映画演出の手法。 (暗転し、)静かに,場面が変わる手法は字幕が出ては消え,次に切り替わっていく様子に似ていて、モノクロ時代の映画や舞台のようである。
 主要人物たちが事件についてのそれぞれの結論を出す(または、そこへ近づく)。 どんな形であれ、この話の結論は自然な流れであり、個人的には納得のいくものだった。

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by jd69sparrow | 2008-01-31 00:27 | 映画タイトル さ行