10,000 B.C.

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日本はもちろん,世界に今ある国々がまだ存在もしなかった、と言うより世界が国によって分けられていない,遥か昔。 人類こそ誕生はしているが人々は皆,外の世界に無知である。 “紀元前一万年”、原始時代。 個人的なイメージでは漫画(アニメ)『はじめ人間』で描かれているような,無限に広がり,草が生い茂る大地で人々は暮らしている。 そして石で作られたハンマーを持っていて お金は石、マンモスの毛皮で出来たテントが言えである…さらに彼らの家の後ろには火山が噴火している…というもの。 確信できる,明確なイメージはない。 『10,000 B.C.』は、原始の時代に新たな解釈と作り手たち,独自の(想像の)世界で彩られたダイナミックかつ,人間ドラマも大きい映画である¥。
 あらすじ。 ヤガル族のデレーは山の頂でマンモスを生きる糧にして暮らしている。 彼の少年時代。 村に青い目をした少女エバレットがやってきた。 エバレットは悪党たちに両親の命を奪われ,身寄りがなく ヤガル族の村へと流れ着いたのだった。
 デレーとエバレットはその時から,次第に互いを思うようになり,大人へと成長していく。 デレーにはカレンというライバルがいる。 デレーは幼いときに村を離れた父親のしえで自分は“裏切り者の子”というレッテルをはられたと思い,カレンを始めとした(エバレットを除いて)村の仲間たちもまた,そういう目で,デレーを見ていた。 だからデレーにはエバレットへの思いがある一方,孤独感も心に抱いていた。 デレーはエバレットへの愛のため,その力と勇気が試される。 
 ヤガルの人々が暮らす世界は、地球という惑星の世界の一部,自分達の場所から外へ出ると目の前には,無限に広がる未知の世界。 外の世界を知らない人々の多くは一つの空間(自分たちのいる)が全てで、中から出ずに一生を過ごす者もいれば、外へと冒険に出る者もいる。 だから外へ出た瞬間,自らのちっぽけさを知る。 それは,かつての日本でも今もその理念は同じで、今後も変わることはないだろう。 母国から出て,海外へと降り立つとき,“この世界にはこんなに素晴らしい場所があるのだ”と感動を覚え,驚く。
 デレーの旅は危険なものだとは言え,少なからず 驚きの連続だったに違いない。 愛のための道のりは険しく,それでも諦めずに,その長旅で愛する人の大切さを持ち続けていられるかが主人公に試練としてのしかかる。 また、信頼のできる仲間たちやデレーたちの行く手を阻む者たちなど彼は人間間でる困難とも闘う。
 そのとき、共に旅をする仲間たちと助け合い,エバレットへの思いが彼を動かしていたのだろうと思うと、パンフレットにも書かれていたが,これは“愛の物語”、“愛のための未知の世界への旅”なのである。
 映像で映し出される雄大な大地…自分たちの住む場所より遥かに文明の栄えた(帝国のような)、また,自らを神とする者が支配する世界…。 つまり、ダイナミックに表現された大地や自分たちが知る世界とは全く違う世界に来たというギャップが(映像を中心に)映画全体で表されている。 
 主人公は死と隣合わせの事態という苦難や悲しみなど様々な経験や刺激を(旅の道中で)受けていき,大切な人を救うという自らの使命を果たすことへ向かう最中、次第に真の勇気と愛、新しい時代を担う力、そして人々をそこへと誘う,先頭に立つ力を養い、成長し その顔立ちも“戦士”の顔へと変わっていくところが見所だ。

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by jd69sparrow | 2008-05-27 23:40 | 映画タイトル か行