アフタースクール

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<イントロダクション>
 探偵が出てきて,探偵に依頼する依頼人がいて,協力者、ターゲットがいる。 探偵が出てくる以上、“謎”が存在するわけであるが、その謎の種明かしがされるのは後半…ここまでだとごく普通の構成。 物語を見せながら見る側も、答えを予測・推測していく。 その答えがわかりかけた,そのとき“トリック”にかかっていることに気づくのである。 もちろん、よっぽど注意深く見るとか,何度か見ていく中でわかるかもしれないし、各場面に謎を解くヒントが隠されていることだおる。 素直にそのままとはいかない。 後半,随所に説明(種明かし)が入ることで,やっと“物語”が見えてくる。 「あぁ、なるほど。 そうだったのか」となることがおもしろいのだ。 オープニングからエンディングを予測するのは相当の難問で、どうしたらこのような結末を考えられただろうか。

<あらすじ>
 木村は美紀と共に夫婦生活を歩んでいた。 ある日、木村が仕事へ出かけるとすぐに,美紀が産気づいた。 木村の親友・神野は木村に代わり,美紀の出産に付き添うことに。
 一方、お金がらみで悩む北沢はある人物から,人探しの依頼を受ける。 内容は失踪した木村の行方を追うことだった。 手がかりを追う北沢は、木村と親しく,また 母校(中学)の教師をする,神野だった。 北沢は神野を巻き込み,木村の捜索を始めるが…。

<コメント>
 映画を見終わる頃、振り返ってみると不思議な点があちらこちらにあったことに気づく。 そういった点の数々を自然にみえるようにする…。それがすごい。 人というのは状況から見えた事で自己判断する。 説明なくても何たるかを飲み込む。 それは“空気が読める”というふうに良い方にも働くけど,“思い込み”なことも少なからずあると思う。 いつも自分が読んだとおりとは限らない。 
 少し話は違うが、見た目だけでその人を判断してしまうことや、一つの例を見て 全体がそうであると考えてしまうこともある。 だから、いかに自分の頭の中だけで物事を処理してしまっているのかがわかる。 この作品もしかりで、“見たまんま”ではない。
 主人公は神野のようで北沢であると言っても間違えではないのではないだろうか。 一人の女性が主軸として展開する,この作品…北沢も観客(こちら)も何も知らないところから始まり,信じて疑わなかったことが覆され、裏切られる。 北沢が受けたものと似た何かが伝わってくる。 つまり、彼が思ったこであろうことが、観る側にもあるということ。 北沢という男は他人へ不信感を持ち,ひねくれているふしがあるが、彼のような人間像は、私達からして,赤の他人とは言い切れない。
 北沢が心の奥で抱くものの延長、それがエスカレートし,自己を失った者が(法を破るような)過ちを犯しているのではないだろうか。 そうでないにしても、何かに不満を覚えることも,それを誰か・何かのせいにしてしまい、自分が見えていないことは少なくないだろう。  
 簡単には解けない謎、物事のつながりなどひねりにひねられて,無理なく工夫がされたシナリオ、ユーモアだっぷりで,(ちゃんと伝えるべき)メッセージも明確にされている。 また、ストレートに伝えている。 「なるほど」の連続…物語が充実この上ない。
 北沢の依頼人、ならびにギャングを悪だとして、神野たちを善とする。 こう一言に表しても、ふたを開けると(幾重にも布が重なり,)いろんな糸が絡み合い,トリックが重なりあっている(特に“善”側)。
 この映画を表すものとして,パズルはぴったりだろう。 物語を見ているとき、全てのつじつまを合わせようものなら、細かな点を思い返す必要があり,それがパズルのピースをはめこんでいくことに等しい。
 とにもかくにも すっきりした,また おもしろい締めくくりだと思う。

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by jd69sparrow | 2008-07-09 00:50 | 映画タイトル あ行