奇跡のシンフォニー

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<イントロダクション>
 この映画の作り手たちが言うように、これはおとぎ話だけど ここでの奇跡を現実に起こることを信じたくなる…そんな気持ちにさせる素敵な映画である。 しかも、その奇跡は音楽によって導かれるのだから,“音楽は神からの贈り物”という言葉の美しさが身にしみる。
 一度は失った希望を取り戻す、また 希望の光を信じ 追い求めるというのがこの作品における主軸と言っていいだろう。 離れ離れになった家族が音楽を通じて引き寄せられ,一つになっていく。

<あらすじ>
 11年間、エヴァンは一人ぼっちの生活を送っていた。 孤独にさいなまれても,施設の他の子供たちにいじめられても,彼は決してくじけることはなかった。 エヴァンには両親から授かりし,宝物である “音楽”があること,また まだ見ぬ両親との再会を強く信じ、望む心がある。 そして彼は決心する、自ら両親を探すことを。
 (一方、)11年前,ハーモニカの音色に導かれ,ルイスとライラはワシントン門が眺められる絶景,満月の夜空の下で運命的な出会いを果たす。 二人には自然の中に音楽を聴く,才能があって,音楽に長けているという共通点があった。 さらに音楽を愛する価値観も通じるものがあり,二人はお互いに恋に落ちる。 しかし、すぐに二人の仲は引き裂かれてしまう…そして、ライラの中に一つの命が宿っていて,新たな命の生を受け入れると決心するが…

<感想>
 人は自分とは違う何かを中々認められないところがある。 とは言っても、人が皆,そうであるとは100%言い切れないが。 これについては、物語の世界でも現実でも,よく取り上げられるテーマである。 現実にこういうことがあるからこそ,映画などでも取り上げれるのだろう。
 エヴァンにとって自然の音は音楽で、それは彼自身にとって特別なもので、才能だ。 彼の育った場所ではそれが認められず,変人あつかいをされる。 いじめっ子たちは表面でしか見ていないから,エヴァンの奥に光るものが何たるかを知らない。 知らないがゆえにただ変わり者としか見ることができないし、見ようとは思わない。 施設という閉ざされた空間がそうさせているというのも一部あるだろう。 しかし、差別をしていた“人(モノ)”が,実は賞賛すべき,素敵な存在だということを(カタチとして)目にしたとき,どう(何を)思うのだろうか。 変わり者ではなく,ある才能に長けた人物だと知ったとしたら…
 変わっているといって頭ごなしに変人と言ってあしらうのではなく,まずその人を知ろうという理解が必要だ。 どうしても,特別目に付くところでその人の全てを判断しがちなのである。 とは言っても、(差別をしてしまう人ばかりではないけど)ちゃんと人を見ようというのは難しいことなのかもしれない。
 自然の中に感じるのは両親から受けつぎし,エヴァンの力。 大自然の真ん中にたたずみ,耳で また,肌で音楽を感じているエヴァンの姿・映像が美しい。 エヴァンは
N.Y.という都会に来てからも,まわりの音に耳をすませる。 すると、人工的な音でさえも(音楽の)音色そのもので、いろんな音であふれる街中にいると,オーケストラ(合奏)を聴いているように感じるのだった。 この“音楽”を聴ける者とそうでない者がいるとある。二つに分けられているようだが,後者は聞こうという意識がないかもしれないし、前者は無意識に…というか自然と聞こえてくるのかもしれない。 それでも耳をすませば,音楽が(自分にも)聞こえてくるかもしれないと思わせて(信じさせて)くれる。 この物語はいろんな面で信じることを教えてくれ,信じたい気持ちにさせてくれる。
 物語の締めくくり、エヴァンたちが辿りつく“場所”は、とっても綺麗。 カタチとして「こうなりました」として見せるのではなく,最高の奇跡が今,この瞬間に起こったのだなと観る側の心の中で、物語が幕を閉じるものなのだと思った。 その先,この後を知りたいと思う、だけどはっきりと説明されずとも,わかるような気がする。 実際、そういうものであって、作り手たちが観る側に託したのだろう。 こんな素敵な奇跡が人生に一度あったらと思う。

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by jd69sparrow | 2008-07-16 18:53 | 映画タイトル か行