私は貝になりたい

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<イントロダクション>
 人間の人生はその時代に影響される。 だから人が時代に翻弄されてしまうことも少なくない。 しかし、時代とは人々が築き上げていくもの。 つまり、間接的に人が人を,しかも、不幸になるべきではない人,不幸にしてしまうということだ。 その発端の一つは戦争(また、厳しいしきたりなどに練られていたこと)。 それは戦時中から、戦後,その名残が消えるまでに及ぶ。 戦争によって幸せを奪われ、この映画のように“時代に翻弄されたひ”人は少なくなかっただろうし、主人公のような罪なき人々が罰せられるのも実際,多かったのではないだろうか。

<あらすじ>
 昭和十九年。 広く大きな海の見える町,土佐に清水豊松は家族三人つつましくも平和な日々を送っていた。 妻である房江と共に理容室を切り盛りし、一人息子の健一に元気をもらうというのが豊松の日課である。 そんなある日、豊松の元に“赤紙”が届く。 戦争への召集令状… 兵に入隊した豊松に待っていたのはあまりにも厳しい訓練と非道とも言えるような絶対的命令であった。 それからまもなくして、日本は戦争に敗れ、戦争は終結した。 豊松も無事愛する家族のもとへ帰ることができた。 これから明るい未来に向かって再び歩み始めようとしたその矢先、思いもよらぬことが舞い込む。
 それは豊松を戦犯の容疑で逮捕するするというものだ。 裁判にかけられた豊松に下された判決は崖から突き落とされたかの如く,惨く悲惨であった。
 
<感想>
 戦争は起こした両者に責任がある。 日本は戦争に負けたが、決して罪がないわけではない。 他の国を占領したり、捕虜に対しての扱いはひどいものがある。 確かに敵国で攻撃してきた、相手国の人間であっても、弱い立場であることに変わりはなく、それを兵のためにと言って見世物にするのは犯罪である。
 豊松はそういうことに巻き込まれ、逆らえば 死が待ち受けているという状況下で刀を振り上げるが罪に問われるまでに至ってはいない。 たとえ、命令どおり実行していたにしても状況が状況なだけに100%の犯罪とはいえないし、“罰せられる”べきではないだろう。
 召集令状が届けられた人は戦争に巻き込まれたのだから、被害者である。 “バンザイ”といって、また,“お国のため”ということで送り出されても,愛する人たちと引き離される上に,生きて帰れるかわからないのだから、皆が皆前向きな気持ちで戦地に向かったのではないと思う。
 豊松のような格下の兵士たちにとって、上からの命令は絶対的なものであり、それに逆らうことなど出来ない。 異国ではどうだったのだろうか。 これは日本だけに限られたことなのだろうか。 豊松は必死で思いを伝えようにも裁判はほとんどアメリカ人によるもので、通訳でさえ限りなく片言である。 しかし、異文化・言葉という壁が彼らの前に立ちはだかる。 アメリカ側が言うことにも一理あるが、日本から発信することは何一つ伝わっていない,あるいは伝えられていないようである。 通訳が伝えてくることにはおかしなことが多く、豊松の言葉を理解しようとし、また,豊松の言葉が間違いなく裁判員たちに間違いなく伝えられているかどうかも怪しい。
 これは両国の考え方の違いかもしれない。 確かに上官が豊松に下した命令は良いとは言えない。 けれど、真実は裁判の結果とは全く違う。 裁判ではこの事件を表面しか見ようとせず、中身までは見ようとしてはいない。 がんとして捕虜たちが豊松たち日本人に殺されたという考えを譲ろうとはしない。 それは、自国を守ろうとしている、もしくは結果が物語っているという偏見かもしれない。 なぜ、真実が埋もれてしまうのか。
 その一つして上官たちの多くが、罪から少しでも逃れようとしたことが言えるだろう。 つまり、豊松は捕虜の命を奪っておらず、そもそも“その”命令をされた時点で捕虜は力尽きていた、と上官たちが証言していれば豊松の運命は変わっていたかもしれない。 上官である自分だけが苦しい罪に罰せられ、本当に罪のない部下達が助かるのを嫌う変なプライドがあったということも考えられるのではないだろうか。

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by jd69sparrow | 2009-01-20 21:24 | 映画タイトル わ行