WICKED ウィキッド

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<イントロダクション>
 劇場へ一歩、足を踏み入れた瞬間 心が踊るような気持ちになるのというのはどんなに素敵ななことか。 もとはブロードウェイ、つまりは外国から来たものだから海外の作り手達のこだわりからくるものだろうけど、それにしても四季へ見に来るたび、作品が始まる前から劇場をあとにした帰り道まで…というか作品を見てしばらく,興奮が冷めることはない。
 “ウィキッド”は名作『オズの魔法使い』の序章であり,サイドストーリー的なものだと言える。 『オズ』の物語を“別の角度”から見た話。 悪者が実は、悪者ではないという,主人公と悪役とが逆転させたように作られていて、悪役とされていた人からの視点で物語を描くという,異色なアイディアが魅力である。
 題名にある“wicked”を調べると、“悪者”という訳がある。 “悪者”という概念について考えさせられる。 ある人、存在が“悪”と呼ばれるには理由があり、そこに至るまでの過程にスポットを当てたのが『ウィキッド』である。

<あらすじ>
 エルファバは生まれつき、肌が緑。 父親にさえ避けられるという辛い重荷を背負った,彼女は妹・ネッサローズとオズの国にあるシズ大学へ入る。 そこには自分とは正反対で、明るく まわりからちやほやされている,グリンダという同級生がいた。 エルファバとグリンダは初めて、会ったその日から、ぶつかりあい、つりあわない。 そんな二人は恐ろしい陰謀の渦に巻き込まれていくが、次第に友情が芽生え 絆を深めていく。 そして、それぞれが己が歩むべき未来へと向かっていく。

<感想>
 人間の社会の真実を語るのにファンタジーという素材を使うと言うのは、とても伝わりやすく、効果的だと思う。 その真実とは信じがたいものであwり、この物語はフィクションだが、ここで起こっていることが現実にもあったというのだから、“wicked”には説得力がある。 強い者が言えば、それがたとえ、偽りだとしても人々は信じてしまう。 もちろん、全ての人とは限らないけど、国を治める人が言った言葉には力があり、多くの人が真実だと思うだろう。 逆に、人々の上に立つ人間を信じられなくなったら、大変なことだ。
 かと言って、嘘を嘘のままにしていいわけではない。 だから、公表されている事実ばかりを見るのではなく、別の視点で見ることも大切なのだと物語は訴えているのかもしれない。 ウィキッド(悪者)と言われている人が本当にそうなのか疑ってみることも必要だと。
 エルファバはオズに対して、裏切ったとされるが、実はその逆。 夢が叶ったかに思えた,次の瞬間、策略の手助けをさせられたのだから。 その時の彼女が受けた衝撃は強かったかもしれないが、エルファバはとてもタフである。 どんなことがあっても、現実から逃げ出さない。 まわりからひどい仕打ちを受けても,へこたれないのはネッサローズとい守るべき,大切な存在があったからだろう。 辛いことがあっても、ひきずったり,振り返らずに自分が信じた道へ一直線。
 グリンダはオズの国民からすれば太陽。 希望の光。 愛されることを求める彼女にとって それは幸せであると同時に 重い責任を背負っていることとなり、「良い魔女」というレッテルの上で生きていかなくてはいけない。 振り返ったり,迷ったりはできないのだから、ある意味で辛い運命を背負っていることになる。
 世の中でウィキッドと言われる人には、本当にそうである人もいれば、ウィキッドにされてしまった人もいる。 また、“ウィキッド”という言葉は案外,身近といえる(パンフレット参照)。 私達の行動の中でよかったと思って、やったことでも見かたを変えれば “ウィキッド”かもしれない。
 『オズの魔法使い』が元になった話だが、オリジナリティが強い。 『オズ』に登場するキャラクターたちが様々な形で出てくるが、一人一人出てくるたびに嬉しくなる。
 『オズ』のキャラクターたちのエピソードが見れるからだろうか。 『オズ』に出てくる悪い魔女の素顔…こういう視点を見ると他の童話もこのような見方で見れたらおもしろいかもしれないし、見てみたくなる。
 一番印象に残ったのはエルファバの歌。 演じ手の声量と声域の広さの素晴らしさあって、クライマックスが盛り上がり、エルファバの思いがダイレクトに伝わってくるし、思いの強さを感じる。 エルファバの歌は太陽である。
 エルファバの魅力は歌だけではない。 と言うか、物語としての魅力と言うべきだろうか。 シズ大学に着たばかりの頃から次第に大人の女性として、美しく成長していくところも、良い意味で忘れがたい。 魔女らしいと言えばそうだし、女性らしいと言っても同じことが言える。
 衣装、歌、演出、そしてストーリー。 この四つが充実していてバランスが良い。 さらにそれぞれが互いに対し,劣ることなく、どれも素晴らしく最高である。
 悪者は人が作り出すもおで、本当に“悪者”と呼ばれる人がそうとは限らない。 正義が輝くためには割るが必要で、その悪がいない時 立場が低いもの,弱い者を悪者に仕立てるというのはその行為自体が“wicked”だ。 これが権力に魅せられた者たちの手で行われたことがあるという現実はあまりに恐ろしい。
 しかし、それをしりながらもエルファバは権力者の策略で悪者とされたことに逆らおうとはせず、そのレッテルの上を歩くことを決める強い人だと思う。 悪者と言われても、彼女にはそれが気にならない,上回る幸せがあって、自分が悪であることで人々が平和に暮らせるならそれでいいと考えたのかもしれない。

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by jd69sparrow | 2009-01-21 22:28 | ドラマ・その他