ベンジャミン・バトン~数奇な人生~

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<イントロダクション>
 人はいつまでも若くいることを欲する。 もちろん、そう考える人ばかりではないけれど。 多くの人と違い、人生が逆再生のように進んでいった一人の男の物語という一風変わった話だが、テーマは普遍的なもの。 それは愛と老いについて。 これは人が生涯を通して味わうものである。 後者については全ての生き物に当てはまる。 歳を重ねることへの意識は常に働くもので、歳と感じた時は強い衝撃を受けたりもする。 老いること、死へ向かうことは恐ろしいことではないとここでは言っている。 若さを保とうとする人もいれば、歳をとることを楽しみとしている人もいる。 皺というものは嫌がれる傾向があるけれど、自分が生きた証なのである。 世界に視野を広げた時、幼くして命を落とす人もいれば大人になる前にこの世を去っていく子供たちだっている。 貧しく厳しい環境に生きる人々は寿命が短い。 大げさかもしれないが、そう考えると歳をとって皺が増えると言うことはその分長く生きてこられたと言うことをカタチとして表されているという証で喜ぶべきものと言えるだろう。 が、しかし個人的に言わせてもらえば、そういう考えにはまだ達していない。 
 映画では同じように老いに対して前向きには考えられないという思いも主人公と比較するように描かれている。 老人から若者へと若返る主人公、一見良さそうでもあるが 実はそうではなくて 時の流れは違くても辛いことはたくさんあって 多くの人となんら変わらないということを教えてくれる話。

<あらすじ>
 あるボタン工場を営む男に子供ができる。 母親が命がけで生んだ子供はとても赤ん坊とは思えない,80歳代老人ようだった。 父親は実のわが子をある家の前に捨ててしまう。 赤ん坊は老人施設を切り盛りするクイニーのもとに引き取られる。 医者から衰弱の激しい赤ん坊の命はそう長くはないと告げられるが,その不安とは裏腹に赤ん坊はすくすくと成長していく。 赤ん坊は“ベンジャミン”と名づけられた。 見た目は老人なベンジャミン。 不思議なことに歳を重ねるごとにその体はみるみる若返っていった。
 ベンジャミンは幼くして運命の人と出会う。 デイジーである。 すぐに彼らは打ち解けるが、ベンジャミンが17歳の時、別れがやって来る。 ベンジャミンにとっては壮大な人生のたびの始まりだった。 彼は自身の人生を変える人たちに遭遇しながら,成長していく。 時が経ち、デイジーと再会し,幸せな時を過ごしていたが,避けられない辛い現実にぶつかる…

<感想>
 “人は赤ん坊で生まれ、赤ん坊で死ぬ”。 とても強く心に残る言葉である。 確かな真実である。 だけど、ここで初めて気づかされた事実だ。 現実にそう感じられる光景を見て、それを実感した。 こういう現実があって、デイジーに遺した,ベンジャミンの言葉がよりいっそう強いものとして蘇ってくる。 “僕は子供の遊び相手にしかなれない、君は子供二人も面倒をみるのは無理だろう”という感じのセリフである。 これはベンジャミンがデイジーとの間に子供が出来てから,デイジーに言った言葉。 この言葉にはベンジャミンの色々な思いが詰まっている。 自分が父親らしく,家族とともに歳をとっていけないことの悔やみと幸せを望みながら,それが叶わないこと知った上での悲しみである。 ここに切なさや悲しさを感じずにはいられない。 家族が増えるといのはとても幸せなことなのに,それを素直に喜ぼうにも喜べないなんて。 
 最初に記した言葉がガトー氏が作った逆回りの時計が裏付けていると同時に,時計の運命はベンジャミンの人生にも合わされているのがとても上手くできていると思った。 
 人生は必然より偶然の方が多いかもしれない。 ここでも語られるように「もしも、あの時こうだたら」というのは日常茶飯事あることで、実際私達は「もしもあの時こうしていればなぁ…」とか「こうなってたらなぁ…」なんてことを考える。 それが自分のことでもそうでなくても。 「運命(・現実に起こること)はあらかじめ,決まってる」という言葉も説得力がある。  “たまたまこうしたら、あぁなって,こういう結果が出た”ということも多いはず。 
 ベンジャミンとデイジーの愛や老いという話題だけでなく、日常の普遍的な事実というのもここでは語られているのだ。
 ベンジャミンは子供時代が老人だったために中身は子供と言っても,どこか落ち着いていた。彼が日記に最後の言葉を書いたとき,また デイジーとの別れを決意してしばらくまでが大人で,ベンジャミンがベンジャミンであれた期間だったと思う。 『ジョー・ブラックをよろしく』を思い出させるような容姿になって,再びデイジーの前に姿を現すときはデイジーの記憶を持っていた最後であるが、子供へと戻る始まりにあった状態に見えた。 そして大人から精神的に時計が逆回りしはじめた瞬間だったかもしれない。 これほどまでに美しいベンジャミンには、もう悲しみはないようだった。
 愛する人が変わり果ててゆくのを見るのは辛く,悲しいものだけれど 最終的にベンジャミンとデイジーの場合は違ったと思う。 むしろ二人とも本当に心から幸せを感じながら、最期のときを過ごし,終焉を迎えたのだから。 二人は思いがすれ違うこともあっても互いが運命の人であるのは変わる事のない真実。 “運命は前もってさだめられている”という言葉をが本当だと考えるとすると,二人が幼い頃,初めて会ったその瞬間がそれを物語ってると言える。 デイジーはベンジャミンの中身をそのとき見抜いていた,つまり人を見た目ではなく,内なるもので見るという人だということがベンジャミンを変え,幸せにしたのだろう。
 三時間弱という長編ではあるが、長さなど感じさせぬ,深く、また素敵な感動作だと思う。

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by jd69sparrow | 2009-02-15 00:00 | 映画タイトル は行