コーチ・カーター

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<イントロダクション>
 チームワークが必要とされるスポーツを題材にしたもの,あるいはオーケストラやバンドなど音楽をテーマにしたもので,青春ドラマは多い。 その中では何かに夢中になる子供がいて、コーチはそれをただ応援する。 子供たちを支える両親達は子供たちの将来を考え、勉強を薦める。 両立させることを言う親もいれば、子供が熱中するものに反対する親もいる。 まわりから反対されても夢を追いかけるというパターンだ。 しかし、ここではその逆である。  コーチはバスケット部の指導者であり、部員たちの親のよう。 部員達の親達はバスケットのことだけを(目の前のことだけを)応援し、それ以外の大切なことには干渉しない。
 モチベーションや気持ちの面から、まだ幼く,弱い少年達をバスケットマンとして、人間として成長させることがコーチ・カーターの仕事で『コーチ・カーター』という物語なのだ。

<あらすじ>
 リッチモンド高のバスケ部のOBである,ケン・カーターは息子が通う私立校とリッチモンド高との試合を見てから、リッチモンド高のバスケ部のコーチに就任する。 カーターは彼らを根から叩きなおすべく,やってきた,その理由は弱いチームをただ強くするということ以外にもあった。
 コーチ・カーターの指導はスパルタだが、彼の指導は的確だった。 負け続きのチームに光が見え始めた。勝利の味を知った部員達だったが、次第に本質的な問題が浮かびあがってくる。 それこそがカーターがリッチモンド高バスケ部のコーチを引き受けた理由に大きくつながるものだった。

<感想>
 カーターは一気にチームを立て直そうとはせず、ステップに沿って 少しずつ着実にチームを変えていった。当たり前かもわからないが、これがベストな方法と言える。 いち早く、チームの問題に気づき,その問題を一つ提起しただけで、チームは大きく変わった。 たった一言でこれほど人を動かせるのだからすごい。
 カーターは教師以上に教育の指導者である。 部員達の将来を考えつつ,バスケを熱く指導する。 子供の未来を気遣う親のようである。 学問がまともにできなければ、バスケをお預けだという程だ。
 勉強をし、学ぶという学生・子供の役目を,彼らの親や教師達はあきらめ,唯一子供たちが夢中になれるもの,つまりバスケしか視野に入れていない。 卒業後に待ち受けている現実を知りながらも。 子供が夢中になるものを応援するのも一つの愛だけれど、でもこれが真の愛情と言うべきか。
 部員達の問題が目立ってきた時、カーターは体育館を閉鎖した。 これに親達の誰もが異議を唱える,この場面…一見、親が子を思い,かばうように思えるが、子供を支える者たちまでもが、町の環境の悪さ同様、少し堕落しているように見えた。 カーターの厳しさの裏には愛情がある。 厳しくても、間違ったことは何一つ言っていない。
 子供が未来へ向かうのに、悪い環境を作っているのは(治安のみならず)、親や教師などの教育者自身というのが印象的。 リッチモンド高の子供たちを待っているだろう,明かりのない未来と彼らの置かれている環境を変えようというカーターの気持ちが伝わったからこそ,リッチモンド高は真の意味で強くなり、部員達は大人になったのだと思う。
 彼(カーター)の言葉を受け,部員たちは答えを返してくる。 投げられた球をそのまま返す、または力強く返す。 そしてそれ以上のものが生まれ、想像以上・期待以上のものが返ってきたとき、胸に熱いものを感じた。それは、部員たちのことを本気で考えた確実な教えであり、言葉だったからなのかもしれない。

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by jd69sparrow | 2009-03-06 17:04 | 映画タイトル か行