2006年 11月 13日 ( 1 )

手紙

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 現実的な映画を初めて見た。 しかもこの作品はノンフィクションではなくフィクションである、社会派作品多けれど心に訴えてくるようなフィクションを見たことがなかったのだ。 「手紙」という話は東野圭吾さんが描いた一つの物語であるわけだが、その物語がとても現実的で非現実的な面が何一つなかったのはこれが作者が私たちに訴えた紛れもない現実の姿だからなのかもしれない。 報道では事件が起こると必要以上に騒ぎ立て、被害者たちに質問やら被害にあったという心情を聞き出そうとする。 報道で取り上げられるのは一つとして被害者たちの心の訴えをより多くの人々に伝えるためであろう。 しかし、加害者の家族に対してはほぼ皆無である。 そこに目をつけたのがこの物語の筆者なのだ。 たいてい人はみな、加害者に対しては怒りの感情をいだいたりとか、軽蔑なまなざししか向けることはなく どちらかというと被害者,あるいは被害者の家族の方へと関心を向ける。 彼らに関心を向けるのは当然のことだし、悪いことではないが(全ての人たちがとは言わないまでも)加害者や加害者の家族に対しては関心を引くことがない。実際、この作品を観ることで気付かされたのだ。 事件を起こし、刑務所に入れられた兄、そしてその弟の物語なのだ、そこでは世間の冷たさがありありと表れていた。
 剛志と直貴の二人兄弟はお互いが唯一の肉親であった、そんな二人は両親もなく二人だけで生きてきた。しかし強い絆で結ばれた仲であった、直貴は高校に通い大学入学も控えていた。 剛志はそんな弟のため、学費を稼ぐべく腰をいためるほど懸命に働くがやがて会社を去らなければならなくなった、しかしそれでも直貴を大学に行かせるための学費欲しさに取り返しのつかない事件を起こしてしまう。 剛志は刑務所へ入れられてしまう。 そこは孤独で辛いものだったが、塀の向こう側にる直貴との手紙が彼にとっての唯一の支えであり、力だった。 彼は弟へ手紙をかかさず書き続けた、残された直貴の背負わせられるレッテルの重さ、自分のしてしまったことがどれほどのことを引き起こしてしまうかを知らずに。
 どこへ行っても直貴はそのレッテルから逃れることはできなかった、彼の目の前から次々と幸せが消えていく。 事件を起こすということがどういうことなのか、何をまねいてしまうのかがここでは描かれている。 手紙を書き、その心を温めてくれる弟からの返事の手紙をいつも心待ちしている兄、そして手紙を書きながらも自分にのしかかる辛い現実に苦悩する弟の複雑さ。 どんなに順調に進んでいってもレッテルをかかえている限りいつかは消えてなくなってしまうのでないかという気持ちで常に胸がいっぱいの直貴の人と関わることへの恐れがじわっと伝わってくる。 明るい光が射し込んだかと思うとふと消えてしまう。そんな繰り返しの続く日々、直貴の中の炎は決して安定することなく、彼の目は希望で輝かずにいる。 常に苦悩をかかえこんでいるようである。 そんな直貴はいつか「差別」ということを覚えた、その結果現実からなんとかして逃れようと必死にもがきつづける。
 塀の内側で肉体労働をしつつ、弟からの手紙に励まされ毎日を送る剛志。 孤独だからこそ外からくる手紙がそんな孤独を忘れさせてくれる。 手紙というのは心を温めてくれる。 だからこそありがたみというものが感じられる。 メールでやりとりする現代、手紙を書くことというのは機会がだんだん減ってきているように思う。 しかし手で書かれたものこそ、励ましとなり力となり心を温めてくれるのだ。 手紙が届くということ、送り主が自分に向けてメッセージを送ってくれる、それはとても幸せなこと。 話すことで伝わることもある、だが手紙だからこそ素直になれるということもまた事実。 誰か大切な人に手紙を送りたくなる、そんな物語。 剛志が手紙を送るということもきっとそうであるように,手紙を書くこと楽しさと相手の“声”を聞けるという二つの幸せがあるに違いない。 
 世間は確かに冷たく、差別もしたりする。 加害者のしてしまったことはその家族までもを被害者にしてしまう、つまり自らがしたことが自分が思うよりも広く被害者にしてしまうのだ。  だけど、そんな世間の冷たさは簡単に消えることもなく,その道を裂けては通れないということがよくわかる。 どんなことがあったにせよ,生きている限り可能性はあるということだと思う。 決してあきらめてはならない。 天から見放されたというわけでもないのだから。なぜなら人々が全て冷たい目を持っているわけではないからである。 「生きていれさえすれば、自分を理解してくれる人だって現れる」、そう作品が,作者が教えてくれたのではないだるか。 どんなことがあろうとも兄弟は兄弟、そして絆も強く結ばれ続ける。 直貴はいろいろな人々と出会い、行き詰った時に支えてもらい,彼の中で変化がおきていく。 その変化が現実として,カタチとして現れた瞬間といのがとても感動で、必死で祈りながら弟を見つめる兄の姿が心に強く焼きついた。
 「逃げるのではなく、そこで生きるのだ」という作品中、直貴にかけられる言葉、そして作り手たちが伝えたかった「人も捨てたもんじゃない」という言葉が物語の中に深く浸透している。 作り手が伝えようとするものはもちろんであるが、物語に登場する人たちの言葉はそのまま観る側に訴えていることでもあると思う。 そして登場人物たちの言葉は筆者の言葉でもあるでがばうだろうか。 筆者たちは登場人物の口を借りて人々にメッセージを送るものとも言っていい。 金八先生の言葉にあることだけれど「人」という字のように人は支えあって生きているというのもメッセージと言えるだろう。
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by jd69sparrow | 2006-11-13 23:49 | 映画タイトル た行