2007年 02月 03日 ( 1 )

キングコング

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 「指輪物語」をスクリーンに映し出したピーター・ジャクソンの映画の魔法で「キングコング」が21世紀に甦った。 スケールも高く,映像も迫力満点! 映画の技術が発達しつつある今,この物語を再び描くというのはとても見ごたえがある。 モンスター・パニック的な部分も大きいがこれはキングコングと一人の女性を主点とした切ない物語である。 人は身を守るために武器をとり,また珍しいものを人の目にさらしたがる。 登場人物の一人,カールの言葉に「世界にはまだまだ不思議なものがたくさんある」とあるようにその点においては今のこの世にも言えることであろう。 不思議なものへの探究心ははかりしれない、危険をおかすことになろうともその領域に足を踏み入れずにはいられない。 そんな欲が滅ぼされるべきではない命を滅ぼすことになってしまう。 主人公アンとキングコングの心のつながりが描かれている。
 映画のプロデューサーをするカールは映画命の男であるが、そんな彼の運もつきかけていた。 予算をつぎ込みにつぎ込むがそれは報われることもなく見捨てられたも等しかった。 それでもあきらめのつかないカールは映画をとるために女優を起用することにまず目をむけコメディアンの女優をスカウトし,脚本家も連れ,強引に映画の撮影のため船に乗る。 彼が目指すは“髑髏島”。 生きては帰れない危険度大の幻ともいうべき島へと向かう。 そこで彼は映画をとろうと考えたのだ。 島には多くの危険と大きな恐怖とがあり彼らを待ち受けていた。 主演の女優として選ばれたアンは“キングコング”と出会う。
 未知の世界、人々が去り,数百年前の過去から時が止まったその島で今や外から訪問者を近寄せつけない領域と化していた。 長い年月,人の手のくわわることのなかった大地では虫でさえが脅威そのもので人一人ではたちうちできないという,人が無力でしかない。 そんな危険そのもの世界においてもカールの自らの映画への執念深さは髑髏島の“巨大さ”くらい並々ならぬものである。 人に知られていない世界を追求しようという考えの中には説得力のある部分も見受けられる、しかし彼の野望はふくらみ異常にまで達する。 そして生まれる必要のない悲劇の種をまいてしまう、そう思えた。 
 “キングコング”には感情がある。 孤独であることに耐えられず恐れられるものになってしまったという人間的とも感じられる。 また、自分に立ち向かい向き合ってきた相手にキングコングは自分を孤独をとくものが見えたからこそ人に心を開いたのかもしれない。 人に近い生き物であるということも言えるだろう、人が感じることをキングコングも同じように感じ,理解ができるのだと思う。 アンが感じるものとキングコングの感じるものとがつながった瞬間、アンの自然への価値観が伝わった瞬間に美しさを感じずにはいられなかった。
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by jd69sparrow | 2007-02-03 01:37 | 映画タイトル か行