2007年 03月 10日 ( 1 )

ウルトラヴァイオレット

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 「理解を超えた世界」、それがこの話の舞台だ。 近未来を描いている。 その世界というのは非現実世界のことをそのまま指すようにも思えるけれど100%そうであるとはいえない。 なぜならば未来というのは誰にも想像できないからだ。 ある程度の未来の“予測”はついてもその先にあるもの,また起こることが完全に見えているというわけではないだろうし、予測に反することは常につきものである。 だから近未来・遠い未来などいろいろと映画では描かれているがそれが現実にこれから起こらないとは言い切れないのである。 今,信じがたいことが未来となるのだから。 100年や200年,そのまた昔に生きた人々は箱型の機会から映像を見ることなど想像し得なかったに違いないのである。 「理解を越えた世界」と書いて「未来」を読むと言ってもよいだろう。 多方面で技術がどんどん発達し,進化し続けている。 この映画で表されてるように21世紀が終わる頃には何から何までもとは言えずとしても,もしかしたら映画で“予言”された未来は現実になるかもしれないのだ。
 21世紀末、アメリカで開発されたウィルスは予期せぬ方向へと走り出した。 ウィルスは“ファージ”という強力なパワーを持った人間を作り出された。 ウィルスに感染された人間は重いリスクを負うがその力を得て超人間になるのである。 しかし、そんなとてつもない力を持っていたはずのファージは人間の力により絶滅の危機にさらされつつあった。 生き残ったファージたちは人間からの扱いの酷さに憎しみを抱き戦いを挑む。 ヴァイオレットもその一人である。 銃と剣を持ち彼女は目の前に立ちふさがる者たちに立ち向かう。 ファージは人間が持つ,彼らの身を滅ぼしかねない“兵器”を求め、人間たちとその兵器を巡り争う。 その兵器を奪い,同胞たちのもとへ持ち帰ることがヴァイオレットの任務だった、しかその兵器の兵器の正体とは思わぬものだった。 兵器の正体を知ってしまった、彼女はそれを命に代えても守ることを心のどこかで誓った。 ヴァイオレットの中に,封印したはずの(彼女の)感情そのものが甦る。
 第一印象として思い浮かべたのは少し前に公開された「イーオンフラックス」である。 近未来で,抜群の運動神経を持ったヒロインが一人敵地に踏み込み,そして戦う。 最初その世界観が重なって見えたけれど二つ(「ウルトラヴァイオレット」と「イーオンフラックス」)には大きな違いがある。 それは主人公の戦士としてのタイプだ。 「イーオン~」の場合は柔軟性の高い武術家、そして「ヴァイオレット」の場合はサイバー戦士というふうである。
 映画の拝見がパソコン上で描かれたイラストという感じで、ぼやっとしたようなあるいはスプレー状のもので色づけられたようにも見える。 CGとイラストとの世界との見事な融合だ。 また、人とその背景との調和も進歩してきているのだなとつくづく思う。 人工的に作り出された背景と(CGなどの技術なしの)リアルの人との間では人が色濃くて背景が薄く,人が浮いているように見えることもあった。しかし近年では「スター・ウォーズ」や「マトリックス」を始めとする
CGの世界に人が見事に溶け込んでいるものがどんどん作られている。 この「ウルトラヴァイオレット」もまた然り。 人も含めて自然なアートそのものと言ってもよいのではないだろうか。
 印象に残ったのはアクションはもちろんであるが、ヴァイオレットの人間らしい部分の描写である。 そこには憎しみの感情でただひたすら戦うために生きるといった感じの側面とは打って変わって,彼女の母親的な姿がうかがえて、そんなところに作品としての魅力を感じたのだ。
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by jd69sparrow | 2007-03-10 01:51 | 映画タイトル あ行