2007年 05月 01日 ( 1 )

硫黄島からの手紙

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 当たり前なことかもしれないが、戦争は国と国とがそれぞれの全土をかけて戦うもの。 戦いに負ければ自分の国の土地を敵国に奪われかねない。 それは“戦い”や“争い”そのものが招く代償であろう。 日本の中で国が分かれていた時代、国が一つ敗れると勝利をおさめた国の武将たちによtってそこは支配されてしまう。 つまり、日本という島国も敵国にその土地を奪われることのないよう国を守り、外部から来る敵,また海を渡り戦いに挑んだのだということが(映画を見て)改めてわかったのである。 まだまだ戦争について知らないことが多いと思うし、今の時代に生きる人々広く伝わってないのだろう。 私たちが未だに知らない戦いがたくさんあるのではないだろうか。 現に,この映画の舞台となる“硫黄島の戦い”は映画になったことで初めて私は知ったのだ。 そういう人も少なくないはずだ。
 1944年、太平洋戦争の最中、一人の軍人が指揮官として(部下となる)兵士たちの硫黄島へやってきた。 栗林中将、実在の人物である。 そこは黒い砂が敷き詰められ、空気も気温の高さも凄まじい上、飲み水も十分にえることのできない場所だった。 兵の規律も厳しく,古い固まった考えを持つ上官も少なくない。 その中に入ってきた栗林は空気を和らげた。 彼は古きにとらわれない新しく,柔軟な考えの持ち主だったのだ。 しかし、それでも安心はできない。 彼をふくめ、兵士たちにはアメリカ軍から“硫黄島”,日本を守る義務があり 戦いが待ち受けていたからだ。 栗林は兵士たちに言った、「最後の一人になろうとも生きて戦え」ということを。
 考えが異なったとしても決して「戦争」を心から望むものなどいない。 それは万国共通にいえることと思う。 その事実が鮮明にに描かれている。 「国のため」と言って命をかけて戦うというのは自らを奮い立たせる言葉。 それは各々の指揮を高めるための自分への誓いであり、恐怖に押し殺されそうな思いや戦いを望まない己を戦わせるための手段や(持つべき)心構えだったのかもしれない。
 アメリカに留学していたことで硫黄島の兵の他の上官のほとんどから あまり好まれなかった栗林中将であるが彼なしで5日間で終わろうとしていた戦いに一ヶ月以上にも渡り、耐えることができただろうか、また 硫黄島を守ることができただろうか。 強力な戦力を持つ敵たちをここまで苦戦させたのは彼の力あってのことだと言っても過言ではないだろう。 “古き”を忘れずして“新しき”をも受け入れられることこそが時代を切り開き、また 生き抜いていく術なのだろう(現在、新た指揮アイディアや技術がますます求められていることからもそれが表れていると思う)。
 男たちはそれぞれ“思い”を抱き、戦場へと旅立つ。 愛する者たちから離れ、厳しく息苦しい環境下でひたすら戦わなくてはならなかった彼らの心情はどれほど孤独(苛酷なもの)であったのだろう。 遠く離れた家族からの便り、そして自分の思いを手紙にゆだねることこそが彼らの支えであったに違いない。 そうして生きて抜いてきた兵士たちの死への覚悟を敗北に散っていったかれらの無念さをもっと私たちは知らなくてはならないと思った。
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by jd69sparrow | 2007-05-01 23:56 | 映画タイトル あ行