2009年 09月 14日 ( 1 )

ウルヴァリン X-MEN ZERO

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<イントロダクション>
 “アメコミの映画化の先駆け”と聞いて驚きの後に、納得できた。 シリーズ第一作が公開されたのは2000年と、十年近く前。 それ以降 数々のアメコミのヒーローが脚光を浴びてきた。 そしてそのスピンオフが主人公にスポットライト当てているという意外というの指摘にも頷ける。 ウルヴァリン。 確かに彼の活躍はひときわ目立つため、主人公と考えられるのだが 実際、これまでの三部作は主役争い的でもあった(これも解説にあったが)。 『X-MEN』は一作目から…というか最初からヒーローたちには力があるというのが他にはない『X-MEN』ならではの特徴と言えるだろう。 それゆえに,それ以前の過程は謎のことが多い。 
 そもそも“ウルヴァリン”という名がどのような由来からくるものか、ということが明かされる。 それはとてもロマンティックなものである。 アクションのみならず、他のあらゆる面で楽しめることだろう。
 『ウルヴァリン』はミュータントと呼ばれる特殊能力を持つ人々からなるプロフェッサーXにより集められたX-MENという名の組織の先頭を立つ,ウルヴァリン誕生の秘話を、能力覚醒からX-MENへの加入に至るまでを過程を語る物語だ。

<あらすじ>
 18世紀半ば。 ある呪われた運命を背負う一人のミュータントが誕生(覚醒)する。 彼の名はジェイムズ・ローガン、後のウルヴァリンである。 少年時代、悲劇により真実を知ったローガンは幼心にはあまりに衝撃的な事実から逃れるべく、兄のビクターと共に150年間 ずっと戦地で過ごす。 そんな彼らの元へ謎の男,ストライカーが現れる。 彼は二人に言う、「本当の意味で国のために働かないか」と。 兄弟はストライカーが統率するチームに加わり、任務をこなすが その行為に疑問を感じたローガンはチームを脱退。 しばしの平穏な月日が流れる。 しかし、平和な彼の日々もそう長くは続かなかった。 愛する人を奪われたローガンは その元凶であるビクターを倒し,敵討ちを決意する。 そして、ビクターを倒すための力を授けるというストライカーの申し出を引き受けるのだった。 それはストライカーの陰謀の余興に過ぎなかった、さらにその直後にまたや,愛する人たちをストライカーたちにより奪われた。 復讐心に火のついたローガンはウルヴァリンと名乗り,彼らへその復讐を果たすべく戦う…。

<感想>

※ネタバレにご注意を!※

 冒頭からいきなりの衝撃を受ける。 この衝撃的かつ悲劇的な出来事がその後の彼の運命を表しているかのようだ。 というよりも“始まり”だったのだろう。 少年時代から始まるわけだが、意外なのがローガンが覚醒前は病弱であったということだ。 戦争・戦いは人を変える。 ローガンは持ち前のパワーと拳から出る長い爪を武器に強く成長する。 ミュータントである彼は兄と同様、化け物と恐れられるけれど人間らしい優しさは、持ち続け,それはいかなることが起ころうとも変わることがない。 その温かさがビクターと大きく異なり、長所でもある。 少々乱暴ではあるものの、心は人間そのものなのだ。
 ストライカーは自分が考える正義こそが、正しいと思い込み,彼の行く手を阻む者は排除するという考えの持ち主だ。 一つの考えに捕らわれている。 これを作り手は“聖戦”と表現しており、それはまさにその通りと言える。 とてもリアルに感じるのは、現実に相違することが存在するからだ。 “正しいことってなんだろう?そもそも正しいとされることはみな,正しいものなのかなど,一個人や一部の人々が理解し得るだろか?”というのは現実的な問題であり、それを掘り下げるときりがない。 
 現実的に考えると、その思想はマスメディアにより目に見えるものもあれば、あちらこちらで隠れているような気がする。 そう考えるととても恐ろしい人間の側面であると思う。
 この人物により人間兵器を生み出すことを考えれたわけだが、今は非現実的だが 遠い未来に現実になりうる気がしてならない。 映画の中で起こるそういう出来事は未来を予知しているように感じる。 その人の命はその人のものなのに、他人によりロボットのように操作されるのはとても悲しい。 デッドプールという存在がそれにあたるのだが、その初登場の場面で正体が明かされた際はなんとも皮肉だ。 生身の体のはずなのに機械に等しい。 けれど人には人を完全に支配しきれない。
 物語の最後、結末でローガンは『X-MEN』シリーズのウルヴァリンとして完成する。 その前までのローガンの消された記憶が意図的に作られたものかもしれないという指摘があるけれども 個人的には本物であると信じたい。 一番人間らしかった,また人のぬくもりの中にいた頃のローガン。 それがまがい物だとしたらあまりにも悲しすぎるし、そうでなくても 温かい記憶が失われて,再び孤高へ帰ってしまうわけだから悲劇である。 多くのミュータントが人間としての平穏な暮らしを望んでいるだろう。 それを阻むものがいて、これが人種問題という社会問題にリンクする点はリアリティがある。 ローガンの人生はミュータントしての目覚めのとき,少年時代からその波乱に満ちた人生が始まっている。 愛する者たちの命が奪われ、幾度となく悲しみを味わう、けれど悲しみにおぼれることなく前に進むという心の強さがウルヴァリンの強みで,その後も持ち続けるパーソナリティなのである。
 ストライカーの策略のもと、手にした鋼の爪。 これまでにない力を手にしたウルヴァリンは最強だ。 力をてにしたばかりの彼は少年のようで、コメディチック(コント?)な場面が垣間見れるのが,様々な味に満ちた作品のスパイスの一つなのだと思う。 ウルヴァリンの力が覚醒した瞬間,人の力では簡単に倒れないとわかったあの,怒りがこみあげていて,液体状の能力を持つターミネーターに弾丸を撃ち込むことのごとく,相手の攻撃を跳ね返す場面はウルヴァリンが悪役のようにも見えて,カッコいい。
 さらにパワーアップしたウルヴァリンの力が証明される場面がある。 ガンピットの登場場面だ。 以前の自らの骨の爪とは違う,切れ味が発せられ、その他にも爪を応用した一撃を食らわす場面もまた然り。
 ガンピットもその初登場場面から印象深く、力をいろいろな媒体を使いチャージし,多様な方法でその力を発揮するところがウルヴァリンに負けず劣らずである。 しかも、かなりの美味しい場面を持っていっており,まるでウィル・ターナーのようだ。
 今回もまた前半からミュータントの様々な能力が見れる。 そのどれもがやはり,主役級ばかりで サイクロップスの力を見るときはシリーズは既に見たはずなのに、先取りした気分にさせられた。 おそらく、この「X-MEN ZERO」から見た方にはそうなりうるだろう。
 アクション、ヒューマンドラマ、(微妙に)コメディ、そして社会問題と様々な要素がある『ウルヴァリン』。 「X-MEN」シリーズとは違う味(例えば、老夫婦との場面)を出しながらも、面白さや完成度がシリーズに劣らない従来のスピンオフを超える作品だ。 だから視覚的だけでなく,内容的にも楽しめるし,もう一度シリーズ通して見たくなるような要素がふんだんに施された最高傑作だと私は思う。 

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by jd69sparrow | 2009-09-14 23:19 | 映画タイトル あ行