2010年 06月 02日 ( 2 )

プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂

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<あらすじ>
 その昔、ペルシャ帝国が栄えていた時代のことである。 王の一族が街を通り抜け城に行く最中、彼らの乗る馬に飛び出してしまった友人を,恐れを知らない少年が救い出し,王の部下たちに追われるも見事にその隙間を通り抜け,勇気ある行動に出た。 それを見たペルシャを治めるシャラマン王は三人目の息子,王子として少年を受け入れた。 15年の月日が過ぎ、戦士として立派に成長し,王子となったダスタンが二人の兄と共に戦の道中にいた。 
 聖なる場所と呼ばれる敵国アラムートで勇ましい活躍をみせたダスタン。 アラムートの王女タミーナを連れ、また不思議な短剣を手にしてペルシャへと帰還。 安心も束の間、勝利の祝いの最中,ダスタンは父親殺しの濡れ衣を着せられてしまう。  タミーナとなんとか逃げおおせたダスタン。 その手中にはしっかりと“あの”短剣が握られていた。 それはただの短剣ではなく,その中に入った砂の力と剣が連動し,触れたものが時を遡ることのできる魔法の力を持っていた。 それは“時間の砂”。 この短剣をめぐり,物語は大きく動き…そして真実へとダスタンたちを導いていく。

<感想>
 良き監督とプロデューサー…作り手たちが揃って初めて魅力あるエンタテインメントが出来るのだなぁとつくづく実感した。 良き船長の腕でクルーたちは力を存分に発揮するとも言える(…って偉そうなことを言える立場ではないが)。 とは言え、一つの作品が面白いと言われるかどうかは,運まかせと言えばそう。 「あの~のスタッフが!」と謳われても結局はそこなのである。 しかし、最近ではその作品が良し悪しは そう簡単に判断できるものではない。 というのも、楽しみ方が一つではないからだ。 ストーリーが一番重要になってくるけれど、それが受けがよくなくても 違う視点で、ある一点を見て,その作品を魅力的だと思うこともある。 完成度の云々は置いておいて、ここが凄い!ということろがあればイイ。 恐らく作り手からすれば「伝えたいことが伝わればいい」と考えるかもしれない。
 けど、そのジンクスはなくエンタテインメントを楽しめたのがこの『プリンス・オブ・ペルシャ~時間の砂~』なのである。
 今回話の舞台になるのがペルシャ。 現在のイラン。 城下町は映画『アラジン』の世界の如く美しく、城下町の奥にある宮殿がとても映える。 パンフの中のコメントにあるように主人公もアラジンのようなキャラクターみたいだし.雰囲気としても『アラジン』の世界に通じるものがある。 アラビアンな音楽がいっそう盛り上げる。
 作り手が言うように、今まで(または、しばらくの間)取り扱われなかったトピックを映画にするという点が映画が面白い理由の一つと言える。 期待していた以上に楽しませてくれる。
 アラビアンな世界ともすると砂漠は切っても切れない因果関係として登場する。 砂漠が画面に映っていなくても (サブタイトル関係なく)砂のイメージは消えることはない。 砂漠は人から水分を奪うけれど、それでも美しい。 海や山がそうであるように、砂漠も…砂漠の砂も良き面と恐ろしい面の二面性を持っている。 “時間の砂”が短剣を持った砂の残像をゆるやかに残しながら時間を巻き戻してくところが砂の美しさを物語っている。 砂はただ美しいだけでなく、数々のスタイリッシュなアクションをより良いものへと演出するという重要な役割も担っている。
 しかし、なんと言ってもアクションは迫力満点。 やはり壁を伝ってのスタントはとても印象深い。これはフランスの“パルクール”なるアクション・テクニックだそう。 『アラジン』のゲームを実際に体現しているかのようなスタントが目白押し。 建物から建物へと飛び移ったり、ダイブするかのように高いところから飛び降りるアクションがあったり…スピード感のある映像の中にそういったアクションをわずかの時間のストップモーションのように美しく描くところが見る者の目をひきつける。 随所に散りばめられた前後と異なるこの,特殊な時間の流れを作るという演出は、素晴らしいと同時に絵になるくらい綺麗。 ポストカードの,あるいはパンフレットで紹介される名場面としてふさわしいところがモリたくさんだ。
 こんなアクション満載な映画ともなると、特に主人公の肉体美を「どうだ!」ってくらいに見せる場面があるがこの作品についてはそういうものがないのがいい。 ここではウリではなく、背景なのだ。 『パイレーツ~』シリーズでもそう(ヒーローがガリガリだったら違和感があるけど)。  今回の作品も映画を見た後にこんなに凄かったのか!と気づかされたくらいだ。
 アクションの見所はやっぱりアクロバットなアクションである。 時に頭を使いながら剣をふりかざし、体を張ったアクションだったり…するのはダスタンだけでななく、王女もそのような活躍場面があるそい、何より小悪党の商人が信頼する,部下であり 剣を投げる名人でもある右腕的な戦士の見せ場があるということに注目していただきたい。  最初は主人公の敵としてダスタンの目の前に現れ、(主人公に)命を救われたことでその恩を返すべく戦うというのが意外だった。 小悪党の商人の仲間でありながら 実は悪い人間ではないという事実に心温まる。 さらに、主人公が体験していてもおかしくない。1対1の緊迫感あふれるバトルシークエンスが主人公意外,しかもメインキャラクター意外の人物にこういった見せ場がある事が驚きと同時に嬉しいところ。
 ここがピックアップされるのは、大切な場面をつなぐパイプだったからだろう。 しかも、彼は最後の最後までその腕は衰えることなく,自分己やるべきことをまっとうするのだから凄くカッコいい。 しかし、見事敵を撃破!とほっとする気持ちもあるが… 主役級の名場面でもある。
 数々のアクションもさることながら、個人的に注目したいのが“衣装”である。 例えば兵士のスタイル。 いくつかあるけれど、その中でも軍隊の甲冑スタイルはロシアやモンゴル、アジアのような印象を受けた。 衣装は舞台となる時代のイメージで作られると思う。 文化はその国に歴史上、関わりのある他の国の影響もあるはず。特に戦争によって支配されれば、支配した側の文化が支配された方に取り入れられる方法で。 そうすると、出来事・事件の歩について興味がわく。
 この映画の中で、一番(衣装的にも)目をひきつけるのが主人公の衣装である。 作品鑑賞中から、「もしや」と思っていた。 主人公と言えど、ここまでエキゾチックでカッコいいスタイルは、ジャック・スパロウのファッションでその実力を見せ付けた“その人”しかいない。
 今まで肉体派のイメージがなかった.どちらかというと繊細な作品のイメージの強い(個人的な印象だが)役者にその個性を失わせる事無く,演出された数々の衣装がとてもファッショナブルだ。 あるときは、ウォーリヤー(戦士)、あるときはラテン系ガンマンを彷彿させるファッション、またあるときは「SW エピソード1」にあるオビワンたちの最初の登場場面でのスタイルを連想させるものだったり…。 中でも光っていた…というか、メインスタイルと言えるのが、赤いストールのようなアイテムが取り入れられたスタイル。 赤いストール?はジャック船長のバンダナを連想させられた。 よく見ると、ダスタンの髪にジャック船長の赤いバンダナとセットになってる飾りを思わせるようなアイテムがあったりもしたのが,良かった。
 今風のスタイルが取り入れられているけれど、時代設定の中で違和感を感じないし,“衣装”っぽくなくて、オシャレなファッションとしか言いようがない。
 アクションで、ヒーローの“冒険活劇”で、代わる代わるファッションを楽しめるのは実に珍しい。 そして、その衣装はキャラクターの個性がよく出ている。 こんなにカッコいいスタイルで様々なアクションがあるのだから素晴らしい。
 ダスタンは元々、貧民街で暮らすストリートチルドレンで、当時から仲間思い。 仲間の危機を救うためならば、命を捨てる覚悟で守るという人間の良さが,そんなバックグラウンドがあってか 大人になってもその時の面影を残していて、二人の兄弟たっちとは素質が違う。  王子らしくないけれど、その精神は王にふさわしいものがある。 それは兄弟達の心を動かすほど。 
 ダスタンを敵として追う兄弟達だけど、実は二人の王子ともに優しい心を持っていて、ダスタンは彼らと血はつながってないけれど、三人みんなが血をわけた兄弟そのものだ。
 王室に迎えられても 権力におぼれることもなく、力を自分ために利用することもしない。 潔白を晴らそうとするのは唯一、自分のためとも言えることだけど、それは欲望ではなく、人に平等に与えられた権利である。
 現代、世界・国をまとめるトップにあって欲しい精神だ。 “国をまとめる追うはまわりの助言を聞き、良き国づくりをするべき”という感じの,シャラマン王からタス王子(ペルシャの王の長男)にかけた言葉は、とても心に響く。
 色んな作品などから意図的なのか、そうでないのかインスピレーションを受けているよう…と解説にある。 様々な要素が入っていると考えると、よく考えられた作品なんだなぁと思う。 そして、解説で述べられた内容で初めて知る事ばかりだ。  毛利元就の“三本の矢”、『ライオンキング』が『ハムレット』の中のエピソードからインスピレーションを受けていて,それは『プリンス~』でお同じものがあるということ。 それは、物語を動かすキーポイントだったりする。
 ペルシャにはペルシャの言葉があっただろうけど、作り手が英語圏なら,その作品も英語になる。 作り手の狙い通り、アメリカ英語ではなく、イギリス英語がこの作品に使われるのは。元々の言語(ペルシャ)が英語でなくても イギリス英語はリアリティがある。 主人公だけがアメリカ出身だったりするのはアメリカ映画だからだろうか。
 リアリティに満ちた人間模様が描かれるところを見ると、フィクションだけどノンフィクションに感じさせる物語という評価は大いに納得できる。 “時間の砂”はとても魅力的だけど、作品全体から見ると 鍵ではあるけれど、そこが物語を見るための焦点でとは違うと思う。
 不思議な力を持った宝は、人を惑わせ,狂わせる。 ダスタンはその魔力におぼれる事こそないが、どうしても時を巻き戻して,無実を証明したかった。 けれど、様々な事実を知り、いつの間にか 時間の砂を使うことよりも、邪悪なたくらみかを阻止し、民を守ることだけを考えるようになっていったのがとても逞しくて、カッコいい。 結果としては、“時間の砂”の力に助けられる事になるのだが、本当にやるべき事や果たすべき責任、そして大切なものを知る…ダスタンの成長物語に感動だ。
 エンタテインメント性が高く、映画という世界につかりたい!…という時にオススメだ。  
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by jd69sparrow | 2010-06-02 00:26 | 映画タイトル は行

無名。

なんだかモヤモヤする。

というのも、どんな俳優さんなのか知りたいのに

調べる手段が見つからないからだ。

考えてみたら作品中では、個人の名前が

その人にはなかった。

ある集団の一人に過ぎなかった。

それでも、けっこう印象的だったのに。

エンドロールに出ていただろうけど

その人の名前はとてもじゃないが

あんな小さい文字の羅列が次々と流れていく中から

見つられなかった。


あんな特殊メイクしていたら素顔が

気になるではないか!

よく見たら綺麗な目鼻立ちだし。


重要な役どころに抜擢されない限りは

無名な役者さんは名前がプログラムには紹介されないのだろう。

せめて人物相関図のキャラクター名の下に

名前が書いてあったなら…


先に触れたようにこの人はきっと無名の役者さんなのだろう。

だけど。後々 脚光を浴びるようになり、

時間が経ってから、「あぁ!この映画に出てたんだ!!」って

驚かされるのです。

でも、名前がわからないのが ちょっと探しにくいかもしれない。

そういう結果になったとしてもだ。


それにしても。

ある役者さんについて知る前に、

意外にも自分が過去に見た映画の中に

その人が出演しているというのを

後で知り、過去のパンフからそれを探したりするのは楽しい。

(『バック・トゥー・ザ・フューチャー』にイライジャが出ていたことも

驚いたが)


これも、パンフレットを買って読まなくては中々わからにことだと思う。

また、作り手側の過去作品も同じように驚きの発見があったりする。
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by jd69sparrow | 2010-06-02 00:04 | 独り言。