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p.s. アイラヴ・ユー

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<イントロダクション>
 大切な人を,愛する人を失った主人公が絶望と悲しみの底から,抜け出し未来へと歩むための道を切り開くまでの,愛という温もりあふれた物語である。 “ある日突然,最愛の人がこの世を去ってしまったら…?” 主人公ホリーの気持ちは大いに共感を得られるだろう。 そして亡くなった夫から自分宛に手紙が届いたら…? 
 
<あらすじ>
 ホリーとジェリーは将来を誓った仲である。 口論して相手にどんなに怒りをぶつけても互いを愛している。 それは二人の愛の深さの裏返し。 しかし、幸せの時間は長くは続かなかった。 ジェリーの急死。 ホリーはあまりにも大きなショックから立ち直れず,引きこもる。 そんな時だった、死んでしまったジェリーからメッセージが届いたのは。 ホリーが三十歳を迎えた日からジェリーからの手紙が送られてくる。 十通もの手紙。 それはホリーを前向きに生きてもらいたいというジェリーの願いと愛しているが故の贈り物。 ジェリーからの手紙が道しるべとなり,ホリーは前へ少しずつ歩き始める。

<感想>
 どんなに言い争っても、二人は互いにかけがえのない存在。 ひどい事を言ってしまっても,その背景を理解して、受け止めてくれるジェリー。 自分がしたことを自覚し、ジェリーの優しさに身をゆだねるホリー。 激しい口論の後に見せる二人の行動が二人の愛の深さを物語っている。 それは、その一場面だけでなく、作品全体に広がっている。
 ホリーへ届く,ジェリーからの手紙。 それはホリーのまわりで彼女を支えてくれる人々がいて,成立する。 そして、もう一つかかせないのが、ジェリーがホリーやその家族たちを理解していること。 
 手紙につづられている内容は未来(手紙が書かれた時から見て)を確実に、驚くほど見通しされている。 まるで、手紙を読むホリーの側にジェリーがいるかのように。
 十通の手紙、いつか手が意味が途絶えるとわかっていても、ジェリーとまだ,つながっているという喜びがホリーにはあったのだろう。
 ジェリーの手紙はホリーの側で(ジェリーが)生前のように話しかけているかのよう。 ジェリーの,ホリーのための計画はとても素敵で刺激的なもの。 自分に死が訪れようとしているとき、その後のことをちゃんと考えている、そして最高の贈り物を用意するなんてすごい。 その愛情に感動である。
 自分がこの世を去り、残された相手が他の誰かと結ばれることは辛いだろう(とは言っても、いつまでも一人で生きていくのは難しい)。 ホリーの事を本当に愛しているからこそ,薦めるのだと言えるだろう。
 まわりから支えられ、亡くなった夫からも愛されて、また,ジェリーという存在がいたこと、ホリーは大切な人を失っても,幸せの中にいた(プログラムにも書いてあるが)。
 (ジェリーは)“自分の人生”とまで言える人に出会い、その人を愛し,愛されながら天国へと旅立つのだから、ジェリー自身の言葉にもあるように幸せだっただろうし、天国でも幸せだろう。
 “僕は君の人生の一部に過ぎない”という言葉に、ぐっとくる。 この言葉にはいろんな意味が込められていると思う。 一つは自分(ホリー)のために、前向きに生きて欲しいという願い、二つ目は辛いときにだけ、思い出して欲しい(ジェリーを)という思い、そしてもう一つはなんらかのカタチでいい、“存在”,自分のことを少しでも残して欲しいという気持ちがあったのではないかと思う。 
 手紙はいつまでも残るもの、そこには空いてへの想いが詰まっていて,書き手自身の手で書かれている、だからこそ,大切でホリーのために用意されたジェリーの計画は最高の贈り物なのである。 心温まる物語だ。

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by jd69sparrow | 2009-01-16 12:21 | 映画タイトル は行

ハンコック

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<イントロダクション>
 嫌われ者の超人から、人々から必要とされるスーパーヒーローへ。 人々から“クズ野郎”と言われているところからスタートするところが、これまでのヒーローモノとは大きく違う点である。また、主人公であるハンコックは顔を隠すことなく,ヒーロースーツも始めから着ているわけではなく,基本的に“素のまま”だ。 彼には正体を隠す必要もなく,隠さないでいることに彼の本心と自らが望む存在意義があるのだろう。
 孤独で行動がいつも度が過ぎてしまうハンコックが本物のヒーローへと成長していく物語が『ハンコック』である。

<あらすじ>
 ハンコックはとてもグウたらで、荒削りな超人。 人々を犯罪から救うという意欲は良いが、彼がその慈善を行った後には損害という大きな爪あとが残される。 本人はそれがやり過ぎだということに気づかないゆえに、人々を助けているのに感謝されるどころか迷惑がられることに不満を持つ。
 ある日、踏み切りにはさまれ,身動きのとれないという危機にさらされたPRマンのレイ・エンブリーを救う。レイは命の恩人への恩返しとして、ハンコックの今までのイメージをリセットさせ、彼(ハンコック)が良き守護者になることを提案することでハンコックを孤独から解き放つことを試みる。

<感想>
 ハンコックはエンブリー一家との出会いと同時に運命的な再会を果たすことになるのだが、ハンコック自身はそれと気づかない。 再会の相手とは、レイの奥さんであるメアリーだ。 メアリーもまた,ハンコックと同じ力を持っていて,ハンコックとは逆にその力を隠している。 つまり、超人は二人存在することになる。 メアリーはハンコックに対して好意的ではない。 しかし、面白いことに、二人とも自分にとってタブーな言葉があって、それを相手に言われると見境なく,暴走してしまうし、その時のキレ方も同じなのだ。
 二人には不思議なつながりがあり、後半のクライマックスが物語るように、一心同体なところがある。 そういう“つながり”があって、暴走の仕方が共通していると言えるかもしれない。
 ウィル・スミスとシャリーズ・セロンの二人がこの映画のために来日した際,とあるテレビ番組に出演した時のこと。 いつものようにノリよくふざけるウィルにバシッと一撃するシャリーズ、このやりとりが映画の中にもそのまま延長戦として映されている感じだ。
 この世に起こること、人間の行動には必ず理由がある。 ハンコックのはちゃめちゃぶり、人を避ける傾向にも理由がある。 それはハンコック自身よりも,レイによって語られている。 レイが語るハンコックの真実はハンコックの涙が決定づけているいと言えるだろう。
 人から認めてもらえず、また愛という温かさに触れることのない孤独な人生がハンコックを嫌われ者にしている。 認められたい一心での,彼なりの自己表現ともとれるし、自分の今の現状に対して,自己嫌悪ないしは ヤケになっているようにも見えないこともない。 超人の力を除けば、現実的かもしれないし、人間的。
 他人と協調することを知らないハンコック。 破壊的ヒーロー。 それでもダイナミックかつパワフルなアクションとその能力は魅了される。 確かに、ハンコックの人助けは行き過ぎている。 だが、その破壊力やパワーの使い方はよく知られているヒーローの“それ”とは全く異なっており,行き過ぎていもカッコイイと思える。 心新たにパワーの使い方も改めて、犯罪に立ち向かうハンコックもまた,カッコイイ。 例えば、飛んでくる弾丸を埃でも振り払うように手ではじくところ。 
 最後にはハンコックもメアリーもおさまるところにおさまり,希望の見える締めくくり。 とても平和的だ。

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by jd69sparrow | 2009-01-03 19:35 | 映画タイトル は行

ハンサム★スーツ

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<イントロダクション>
 笑顔には自分だけでなく、人を幸せにさせる力がある。 逆に幸せであれば自然と笑顔になる。 どんなに不幸に思える己の人生も何かに打ち込んだり,努力さえしていればそれをちゃんと見ていてくれる人がいて、認めてくれる人が必ずいる。 そんなポジティブなメッセージがたくさん詰まった映画は人に元気を与えてくれる。 そんなこの映画は人(見る人)を幸せにするアシストをしているように思える。 
 “人は見た目ではない”という言葉があっても、見た目を気にしてしまうの現実である。 だけど、人として一番大事なのは中身であるということを改めて教えてくれるのがこの『ハンサム★スーツ』なのである。

<ストーリー>
 大木琢郎は亡き母のお店を継ぎ、大衆食堂を切り盛りしている。 料理の腕は確かで、人柄の良さから常連客から人気があった。 そんな琢郎には一つ悩みがあった。 それは彼がブサイクであること。 ブサイクであるがゆえに異性とは縁がない。 それでも母親の味を守るため,毎日来てくれるお客さんのために琢郎は働いた。
 そんなある日、アルバイトの募集を見てやってきたのが星野寛子だった。 琢郎は寛子に一目ぼれしてしまう。 まわりにおされるがままに思い切って告白を試みるが、あっさり振られてしまう。 琢郎は自分の見た目が良くないからだと思い込む。
 落ち込む琢郎…すると突然彼の目の前に黒いスーツでびしっと決めた謎の男が現れる。 男は琢郎に「人生を変えるスーツを着ませんか」と誘う。 寛子にも振られ、女の人には煙たい顔で見られたり…という今の惨めな自分に嫌気がさし、琢郎は男に紹介された紳士服店へと足を運ぶ。
 紳士服の店長・白木から“ハンサムスーツ”を薦められた琢郎。 それは着ぐるみのようなスーツだった。 しかし!ハンサムスーツを着ると…なんと見違えるほど…というよりも全くの別人でしかも本来の自分とはかけ離れたハンサムになっていた!!
 ハンサムスーツを着てからの人々の自分への目は一変し、モデルとしてスカウトされてしまうほど。 ハンサムであるときの琢郎の名は光山杏仁といった。 一方、琢郎としての日々は相変わらず、惨めに思えた。 そして寛子の変わりに本江がお店のアルバイトでやってくる。 仕事もでき,性格も良いけれど美人とは程遠かった。 だけど、琢郎は杏仁として輝くようなな日々が約束されていても,本江の優しさに惹かれていった。

<感想>
 一番印象に残り,心に響いたセリフがある。 それは“一緒にいて笑顔になれる人といるのが幸せ”という言葉である。 異性に対していろいろと条件をつけたくなりがちだけど、何が一番大切で自分が幸せになれるかと言ったら、その言葉のとおりだと思う。 そういうことを言われたとしたら最高に幸せではないだろうか。 しつこいようだが、“笑顔”こそ最大のテーマ。 物語に作用する重要な要素だけれど、これは観る側にもあてられたものである。 温かい場面もあれば、笑いの場面もある。 その笑いの場面が笑うことが出来るし、温かな場面で笑顔になる。
 おもしろいところはたくさんある。 まず一つ、あげたいのが見た目は杏仁だけど中身は琢郎であること。 琢郎やるとまわりが引いてしまうことも杏仁がやるとおもしろい。 スクリーンに映る“ハンサム”は完璧と言ってもいいほどに“琢郎”である。
 現代的な話の中にもレトロな雰囲気があって、例えば琢郎の店“こころ食堂”は古きよき日本が凝縮していかのようだ。 だから、琢郎と本江のやりとりもとても温かさを感じる。 新と旧とが同時に存在するのがいい。
 『ハンサム★スーツ』におもしろいサプライズがたくさんある。 思いもよらない展開が多いため,先読みするのは容易ではないかもしれない。 そしてそのサプライズにはいくつかの種類に分類される。 驚き、笑い、温かさ…etc
 ハンサムな自分として、人から脚光をあびたり,ちやほやされたりするという幸せとブサイクだけど母親と自分の味を楽しみに毎日こころ食堂に足を運んできてくれるお客さんがいて,自分を一人の人間としてまっすぐ見てくれる人がいる,また人の幸せを間近で見れる幸せとどちらが琢郎にとって幸せなのか…琢郎は究極の選択をせまられる。 どちらを選ぶかどうかとその答えが出る前に自分に置き換えてみたとして,答えは決まっていると言っても過言ではない。 琢郎の最後の決断というのはぐっと来るものがあるし、最高に,本当の意味で輝いた瞬間と言えるだろう。 本心から幸せだと思えることが(琢郎が)わかった瞬間である。 琢郎の中で本江の優しさが大きく、またどんなに環境が変わっても宅郎自身の優しさは変わらないことにとても感動した。
 漫画的にも見える“絵”の見せ方がとても良く,物語を盛り上げているし、物語というかどの人がどんな言葉を言うかとか、どのように登場人物を動かすかも映画をおもしろくできるかどうかの重要なポイントだということが良くわかる。 琢郎が気を抜いてしまった時、また,その事で引き起こしてしまったことに対しての切り替えしが本当におもしろい。
 夢を持つようになりたい自分があっても,そういう思いは自分の中だけにして、一つでも人から認められているものあれば、それに打ち込むことに意味がある。 なぜなら、それが必ず誰かの目にちゃんと映るからである。
 たくさん笑って、最後には心温まる最高な映画である。

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by jd69sparrow | 2008-11-07 23:40 | 映画タイトル は行

ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝

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<イントロダクション>
 ミイラと言えば、全身に包帯を巻きつけているイメージを持っていたが,『ハムナプトラ』に出てくるのは違う。 生前のまま,何も施されることなく ミイラ化しており,復活したときは目だけが何千という年月変わらず,生き続けているという感じ。 前二作で登場したイムホテップも今回登場する皇帝も,悪行や野望を抱き、呪いをかけられ 怒りの中,封印される。 だから、復活したときの目も同じ。 
 実際の世の中にもミイラが存在し、古代エジプトの王族に関わる人々のミイラや,西洋の国でも生前の姿をほとんどそのまま状態で維持されているミイラが残されている。 ミイラ化された人が大切に残されているというのは、エジプトだけに限定されているわけではなく,世界各地にミイラ化される目的は違えど,存在するのかもしれない。

 舞台がエジプトから中国へと移り,前作から月日も流れている。 テイストの違う新しい『ハムナプトラ』が誕生。 冒険とスリルが根っから大好きなオコーネル一家の新たなるミイラとの戦いと冒険が今,戻ってくる!

<あらすじ>
 時は“万里の長城”が建てられた,数千年前に遡る。 野望に燃え,行く手を阻む者や自らの配下の力尽きた人々を容赦なく師へ追いやった皇帝がいた。 そして皇帝はさらなる野望を持った。 それは永遠の命,不老不死。 皇帝が望む道は,人の一生では,限界がある。 力を広め続けるためにそれが必要だったのだ。 そのために呼ばれたのが妖術師のツイ・ユアン。 不老不死の手がかりがある場所へと,彼女は皇帝の右腕ミン将軍を護衛に旅立つ。 その旅で二人は互いを思うようになり、それを知った皇帝は二人に残酷な仕打ちをする。 ツイ・ユアンの妖術で不老不死を手に入れたと満足げの皇帝だったが、自らに罰を下ったことを知らなかった。 ツイ・ユアンが皇帝に与えたのは不老不死ではなく“呪い”だった。 皇帝とその軍は陶器のミイラとなる…
 それから数千の時が過ぎ,リックとエヴリンのオコーネル夫妻は冒険のない日々に退屈していた。 一方、二人の息子で大人になったアレックスは大学を密かに辞め,中国で葉kkジュjつに燃えていた。 それを利用した者たちにより、ミイラと化し,長年の眠りについていた皇帝を目覚めさせてしまう。

<感想>  ※ネタバレ注意※
 リックとエヴリンは、ミイラをめぐる冒険から引退をする…。 リックは釣り,エヴリンは小説家という平穏な日々。 リックは引退をして銃だけは離せないし、少年のような精神がある。そんな光景を見ると,大人しくいるより、再び動き出したいとどこかで無意識に願望しているように思う。
 エヴリンは冒険から足を洗ったことを確認するところから、引退したと言うものの,本当は冒険したくてもたまらない夫に断固反対をしているように見える。 好奇心旺盛で、危険な目にあいかねない相手を心配し,彼女が必死で相手をとめようとするという構図はよく見るけどそうではない。 エヴリンはリックと同じくらい冒険が大好きで、彼らの旅が始まるというところで あっさりと
またもやミイラに関わる仕事の依頼にオーケーしてしまうところは、良い意味で裏切られたと同時におもしろい。
 そんな冒険好きの二人の子供であるアレックスは,もちろん二人の血をしっかりと受け継いでいる。 両親と同じように普通に毎日を過ごすのは退屈。 大学へ通い,マジメに学生生活を送るよりも、古代の遺跡や墓地から新しい発見する方が,自分の人生だと考えているのだろう。
 ミイラとの縁?が切れない,オコーネル一家(とエヴリンの兄ジョナサン)。今度は今までとは違う,ミイラに遭遇する。 動きも軽快で武術に長けている。そして、変身能力や自然を武器にし,自らも魔法を使える。 陶器に包まれた顔の下には,もう一つの顔がある。 それは前二作に出てきたイムホテップと同じで生身の体が長い年月を経て,朽ちたもの。 陶器の顔と入れ替えに出てくる。 攻撃を受けた時や怒りが頂点に達した時,“本当の顔”(朽ちた顔)があらわになるという感じである。 つまりは、陶器の顔がアーマー的役割を果たしているようである。 
 リック役のブレイダン・フレイザー、ジョナサン役のジョン・ハナを除く,登場人物たちを演じるのは新しい顔ぶれだ。 さらに舞台も大きく変わり、監督も変わったこともからだいぶテイストは変わったもの、前二作の特徴や良さは活かされている。
 オコーネル一家の誰かがミイラ復活のきっかけをつくってしまうところ、最強のミイラと彼らとの戦いを左右するアイテム(宝)、コメディセンスなどなど。 新しさの中に前作のよさがある。
 今回、ミイラ以下に出てくる強力な存在がある、イエティである。 頼もしい味方として。鋭く目を光らせ,敵を殴り飛ばすというパワーを持っているが,仲間に対しての情があって 可愛らしくもある。 イエティとジョナサンとの場面がちょっとおもしろい。 ジョナサンの行動から彼が(イエティから見て)敵の手下にも見えかねないという,どうなるかわからない絶妙な場面である。
 シリーズ第一作目だっただろうか。 イムホテップとその手下に対抗すべく,リックたちは彼らに立ち向かえる軍隊を復活させるというくだりがあった。 今度は。皇帝に無惨にも切り捨てられ,皇帝への恨みをもって無念の死をとげた,者たちの復讐というのが これまでと一味違うものを生み出した。 “復讐”と言うと、聞こえが悪いが彼らが皇帝から受けた仕打ちや、無念をはらすべく,戦うというのが良い。 だから、彼らが“今,立ち上がる”という始まりの場面は、これから始まる戦いに期待がわいてくる。
 ここで良い意味でお決まり?なのが、味方となる軍勢がまず,リックたちに刃を向けるというところ。 リックたちは英語だから彼らに対して言葉が通じないわけだが、“ツイ・ユアン”の一言で軍勢はまわれ右して、瞬時にリックたちの仲間となるのが不思議でおもしろい。 味方軍の中に今回は先頭に立つ者がいて、それがしかも,物語の鍵を握る人物であるというのがまたイイ。
 その一言ですぐ味方になるのかとか疑問に思わなくもないが、味方軍のリーダーとツイ・ユアンとの関係が“ツイ・ユアン”の一言(それとも気持ち・誠意も伝わったのか)で味方となることに対して観る側を納得させているのだろう。 
 でも、皇帝に立ち向かった反皇帝軍が歓喜の声をあげるというのは、爽快。 そして彼らの最期は美しい。 皇帝のように目だけが生きていて,それ以外の部分は朽ちているという見かけはグロテスクな彼ら(…と言うより,反皇帝軍の将軍)のその様は、不思議な感じもしたが,長い長い年月を経て、やっと(彼らが)報われ,見てるこちらも喜びの声をあげたくなる。 
 一番の見所は親子の絆を一つ,テーマとして描かれていているだけに,最後の戦いの場面、リックとアレックスが皇帝へ立ち向かうところこそ,そのテーマを決定付けているし、見ごたえあり、だ。
 『ハムナプトラ』第三作目である,『呪われた皇帝の秘宝』は、スリリングな冒険、迫力ある映像、そして敵のパワーもが魅力的である。

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by jd69sparrow | 2008-08-20 18:23 | 映画タイトル は行

べオウルフ

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<あらすじ>
  6世紀のデンマーク。呪われた王国があった。長い年月、魔物に脅かされているのだ。呪いから解放されるには魔物に対抗できる英雄が必要だった。そんな時、異国からやって来たのがベオウルフ率いる部隊だった。ベオウルフは海の魔物を倒した武勇伝の持ち主で王の期待も大きかった。 敵は巨体で人間をいとも簡単に吹き飛ばしてしまうパワーの持ち主。その戦いの後、前王から王位を受け継ぐが、そこにいたるまでには裏があった。その鍵を握るのが、魔物の母親である。彼女は男を惑わす程の美貌に輝き、その魔力も絶大。ベオウルフは国を守ることができるだろうか…

<感想>
 実写に限りなく近いフルCG映像。CGだからこそ,なしえるキャラクターの柔軟性は、実写に近い映像だからこその迫力もある。魔物は数種類登場し、きめ細かい。
 魔物と言うと、人ではない 強力なパワーを持つ存在でもあるけれど、“魔物”は呼び名で一つのくくり。だから、人であっても“魔物”になりうる。 それは内面的なもの。 ある人物がベオウルフを“魔物”と呼ぶが、不自然ではなかった(前後の状況から考えて)。 魔力はどこにでもあるように思う。人が人を惑わせば、それも魔力。宝石など人を魅了する力もまたしかり。金色の魔物は確かに様々な方法で男を誘惑する。 その間にできた子供により、無責任な父親に災厄がもたらされる。人々の命を奪う魔物が悪とされがちだけど、実は100%そう言い切れるものではない。人々の死は、罪を犯した者によってもたらされても同じである。 そうして、王は自分のした罪の重さにようやく気付く。
 王国に呪いとして、魔物が襲ってくるのにも背景がある。それは、他の映画作品などでも語られる,人により滅ぼされた,人ではない生き物たちについて。自分たちと違うものを差別し、災いをもたらすと決め付ける,そして“その存在を”消滅させる。目の前の恐怖をぬぐいさる…。 人の偏ったものの見方が,後で困難として帰ってくる。英雄というものは簡単になれるものではない。前(『100BC』)にも触れたが、(全部に言えることではないが)主人公として登場する戦士は、始めは真の英雄ではない。数々の試練や失敗を経てこそだ。人は栄誉のために話を大きくしたり、事実を多少都合のいい形にしてしまうことがある。 人々から早く認められるために。『ベオウルフ』では、確かに前半での戦いで(主人公に)勇ましさがあるけれど、それ以上に最後の戦いに挑むさまが遥かにかっこよく、英雄の名にふさわしいものがある。
 過ちも犯すけれど、ベオウルフはもとより英雄の器を持っていたと思う。ただ、それが揺らぐことなく光り続けているが問題だったのだ。後半、ベオウルは過去の間違いを正し、罪を償うために命を捨てる覚悟で“過ち”と向き合い、戦う姿は英雄の器が真に輝いていたと言える。時には人と人との争い・戦いの意味を考え、人間らしい優しさを持っている。さらに印象的なのは前半での魔物との戦い。“相手とフェアに戦う”ということ。鎧や武器を持たない相手とフェアになるのにベオウルフは自分の身を守る道具を捨て、己の力だけで戦うという覚悟が心につよく残ったのである(ベオウルフの最期は、戦士としての名誉ある死と言える。)ラストは意味の深い、ちょっと謎の残る 濃い締めくくり。

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by jd69sparrow | 2008-08-15 22:03 | 映画タイトル は行

花より男子 ファイナル

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<イントロダクション>
 牧野つくしはギリギリの貧乏生活を送りながらも,温かい家族に囲まれて幸せな日々を送る,女子高生。 しかし、通うのはお金持ちばかりが行く,英徳学園である。 学園を支えていて,人気者でもある…また彼らにの美貌や内から出る魅力はFlower 4の名にふさわしい。 その反面、リーダー・道明寺司を筆頭に学園内の(彼らが)気に食わない生徒に赤札を貼り,集団的ないじめをあびせたり,制服も着ず,授業にすらまともに出ないという自由奔放な四人組でもある。
 「なるべく目立たず,平凡な学園生活を送り,普通に学校を卒業し 平凡な幸せを手にしたい」と願っているつくしだったが、Flower 4こと,F4に関わることに。 つくしは彼らに対して,あまり良くは思っていなかった。 あるとき、友人が道明寺の怒りに触れたところを救い,その結果 赤札を貼られ、全校生徒からいじめられても必死で耐えていた…
 ある日。 つくしが一番大切にしているものが踏みにじられることが起こった。 その原因は何者でもない道明寺だった。 大事なものを傷つけられたことで、つくしはついに道明寺をノックアウトした。 そして,それは二人の恋の始まりでもあった。 その後も数々のッ苦難をが二人を襲うがそんな中で二人は互いに惹かれあっていく。
 ここまでが前回までの流れである。 今回は前作で互いを思いあうようになった二人の愛が真実かを試される。

<あらすじ>
 つくしと道明寺との結婚が決まり、それは世界中の注目を浴びた。 大富豪との結婚に強いプレッシャーを感じるつくし。 結納の席、つくしは道明寺の母・楓から道明寺家に嫁いだ者に代々受け継がれてきたというティアラを授かる。 それには四つの宝石が埋め込まれ,かなりの値打ちものだと言う…
 結婚式を間近に控えた頃、何者かによって結婚の証である“ティアラ”が奪われてしまう。 ティアラがなければつくしと道明寺との結婚も危うい。 早速、取り返しに行くことに…そんな二人の危機を察した,残ったF4たちは彼らに手を差し伸べる。 世界をまたにかけ,つくしと道明寺二人の試練と困難が次から次へと二人に与えられる。 二人の運命はいかに。

<感想>
 つくしと道明寺のそれぞれの思いが一つになってから4年という月日が流れた。 人間性としての変化はパート1からだいぶある。 だけど二人の関係性…というか、やりとりの様子は変わらない。 相変わらず,日本語が少々おかしい道明寺、そんな道明寺につっこんだりするなど,雑草魂の強さを健在のつくし。 道明寺に見せる笑顔からは、道明寺を思っていることをうかがわせ,見ていてこちらも気持ちがほんのり温かくなる。
 価値観の違いすぎる二人、さらに道明寺財閥に関わることで数々のプレッシャーが押しよせてくること、今まで自分がいた場所とは全然違う環境の下に行くことを,いざ目の前にして、道明寺への思いはあるものの,不安を募らせるつくしの気持ちにとても共感できる。 そんなつくしとは正反対に、不安を一切抱かず、前に突き進む道明寺はすごい。 でも何か大事なことを忘れている、そう感じさせた。 特に(個人的には)つくしについて。 その“大事なこと”こそが、今回の映画での鍵で二人を大きく動かすもの、また,ある方向へと導いてくれ,つくしと道明寺が経験することになる困難や旅はそれを探し(目指し),行き着くための話だと言っていいだろう。 でもそれを、二人だけは知らない…というか,気付かない。 気付かないとところで無意識の中で動いている。
 そんなドラマティックな物語を楽しめる同時に,ドラマから続くお約束を楽しむものである。 つくしと道明寺が中心の話と言えど、F4メンバーの結束力の強さ再確認でき.花沢類、美作あきら、西門総二郎の魅力など,一言では作品の魅力を語ることはできない。 見るところがたくさんあるのだ。 だkら一度にこちそうを一気にほうばるがごとしだ。 だから二度見たって決して損はしない。迫力あるアクションシーンもあるし、あF4やつくし…みんなが輝いている。 つくしとの愛という“夢”をかなえるために必死になる姿も感動的だし、ぐっとくるし、(怒鳴りあうことなく)つくしと道明寺が互いに対して素直になった時(笑顔になった時)もフィクションだとは言え,心から祝福したいという思いや嬉しさ・喜びなど素敵だなと思う(それを見て,誰もが恋をしたくなるだろう)。
 しかし、個人的に印象に残ったというか、好きな場面は美作が登場する…見せ場の場面である。 インパクトが強いからだ。 さらにもう一つあげるなら(これが一番の理由)、私が映画に対してアクションという刺激やかっこよさを求めていて,それが好きだからだ。 ハリウッド映画なみの凄みがあって(道明寺のアクションもすごいが)、特に大胆と思えた。 ラストの(美作の)場面も然りである。
 思わず、「おぉっ」と声をもらしそうになるくらい驚かされる(インパクトの大きさに)。
 “今回が完結編でつくしとF4の物語それぞれに終止符が打たれるわけだけど、まだまだその先が気になったりもする。 でも、その反面,素晴らしい,すっきりした締めくくりだとも思う。
 類、美作、西門の三人,それぞれの物語もなんとなく見たいけれど、『花より男子』としてここで終わるのもいいかもしれないと思う(その方がいいとさえも思う)。
 この映画の物語がオリジナルで、それでいて方向性が変わったりだとか、ドラマからの良さがそのまま受け継がれ,ドラマから映画へと進むことのギャップがないのが最高。 映画と分離されていないことがいいのだ。
 そして、ドラマに登場した,あらゆる人物たちが勢ぞろいであるのがいいなぁと思う。 パート1から主要人物を含め,みんなが良い意味で変わって,かつてはつくしに敵意を向けていた人たちもそういう過去を感じさせない笑顔でスクリーンに映るのが(“二人”を祝福するのが)なんとも素敵、というか物語の目的ドラマティックなストーリー展開を動かすものじたいがいい。 つくしと道明寺はかけがえのない,温かい人々の中にいるという感じ。 物語に向かっている所、意図が見えてきたとき、(何度も言うが)素敵この上ないとしか言いようがない。

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by jd69sparrow | 2008-07-20 00:00 | 映画タイトル は行

ハイスクールミュージカル2

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<イントロダクション>
 「学生時代に楽しみにしていたものは?」と聞かれたら,必ずその一つにあげるだろう、“夏休み”と。 特に中学や高校では一番の長期の休暇だし、何よりのイベントが多い。 だから、終わり(授業の)を告げるチャイムは夏休みの始まりを伝えるの合図(音)なのだ。 だから、その瞬間が待ち遠しくて仕方がなくて、チャイムが一気に解き放たれ,自由という解放感をえるのである。 この楽しいひと時の始まりのとき、何かいい事が起こる、そう予感させるのだ。 待ち焦がれたものがやって来る!

<あらすじ>
 夏休みが始まる。 トロイたちを待っていたのは楽しみだけではなく,進路に対する決断だった。自分が何を目指すかを考える時がやってきたのだ。 トロイは自分の将来に自信が持てず,悩みの中にいた。 そんな時、始めたのがカントリークラブでのアルバイトだ。 それは自分の未来へつなげる橋づくりである。 トロイやガブリエラ、チャド、そしてワイルドキャッツ(トロイやチャドのいるバスケットチーム)の仲間達とともに,そこで働く日々が始まる。 トロイにとっての気がかりは、カントリークラブのオーナーがマドンナ気取りのシャーペイの両親が所有する場所であり,当然シャーペイもそこで夏を過ごすことである。 シャーペイは思いのままにならないと気が済まず,ガブリエラの相手・トロイに思いを寄せている。 だkら、あの手この手でトロイとガブリエラの間に割って入り,どうにかしてトロイを自分のものとしようと考えている。
 人は一生の中で何度か決断が迫られることがある。 その一歩・最初が自分の将来についてである。 大学からは自分が好きな研究・学問を選ばなくてはならない。 この二つに限られるわけではないにしろ、自分がなりたいものについてや夢について真剣に考える四年間で、自分と向き合う期間でもある。 こういして選択の決断を迫られた時,ほぼ必ずぶちあたるのが“悩み”。 自分が何ををしたいのかが見えないこと、また,何かと何かの間あでさまよっている。 そして、自分がなりたいものがわかっていても,自信が持てないということなど,悩みは少なくとも三つに分けられる。 ここ(この作品)ではこれら三つ共が少しずつ言える。 
 だから 将来について悩んでいる時に自分が望む,未来に光が灯されるtyナン素が訪れたなら,間違いなく心踊り,チャンスをつかもうとするだろう。 夢をつかむチャンスがくることはこの上なく,幸せなことだ。 だけど、間違っても自分を見失ってはいけない、とは言え,誰だって目の前にチャンスがやってきたなら,つかみたくなるだろう。 だからトロイが胸高鳴るのも理解できる。 
 チャンスをものにし、才能を伸ばしていけることも素晴らしいこと、それは一体どういうことなのかを考えなくてはいけないことがある。 シンプルのようで難しい選択である。 何かをえるために他の何かを犠牲にしなくてはならないとしても,慎重に選ばなくてはならない。 ここでの場合、自分の未来への切符か友情かである。 今あるチャンスは友情を犠牲にしてまでつかむべきなのか、でも一番大切なのは両立ではないだろうか。 難しいことだけど友情をおろそかにすることなく、夢を追うことが理想である。
 そして、もう一つ、物語の鍵となるのが、“約束”である。 口で約束と言うのはたやすいことだ。 だけど、自分で約束をするときに安易な気持ちでいてはいけないわけで,責任ある重みのあるkとなのだということを頭に入れておく必要がある。 固い言い方だが,ここでは“約束”とはなんなのかを言っていると思う。 約束を破ってしまったら,どういうことになってしまうのか。
 自分の将来は慎重に考え、約束は守るべきものだということが、この作品のメッセージなのだろう。

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by jd69sparrow | 2008-07-19 00:00 | 映画タイトル は行

花より男子(1995)

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<イントロダクション>
 ドラマ二作や映画(『花より男子F』)と旋風を巻き起こした,『花より男子』。 その10年くらい前、もう一つの『花男』があった。 1997年に公開された『花男』では新しいものとは違ったテイスト,キャストで物語が展開する。
 
<あらすじ>
 牧野つくしは英徳学園大学に新しく一年生としてやって来た。 英徳学園はお金持ちの家の生徒ばかりが通う,超がつく程のエリート校。 両親の希望で学園へ入学したつくしは,つつましい生活を送っている。 育った環境の違う人ばkらいであっても,つくしは臆することはない。 そして、“F4”の存在を知る。 F4(Flower 4)、学園をしきる,また学園中の注目の的の四人組である。 そんなF4になんの魅力を感じないつくしは、それを口にしたことでF4のリーダー道明寺司に目を付けられ、赤札を張られ,全校生徒から集団の嫌がらせを受けるようになる。
 しかし、それでもつくしは弱音一つはかない、そんなつくしに対しての道明寺の思いは変わり、また,道明寺のまっすぐさにつくしも惹かれていく。 

<感想>
 新しいドラマシリーズなどと違うのは、つくしが大学生であるということ。 80分の時間の中にドラマシリーズの一作目から二作目がまとめられている、そのためか話の流れこそ同じだが、話の一つにまとまっていることでドラマシリーズを振り返りつつ,違いを楽しめる。 
 よく、原作と映像化(特にドラマ)とでは設定やストーリー展開が変わることがあるが,そういったオリジナル・テイストも楽しい。 
 出演している役者の方々の中には今ではベテランの域に入っている人がいて,その中でも藤木直人がここでは,花沢類として出演し、『花より男子ファイナル』でも役こそ違うが再出演を果たしているのがすごいと思った(他にもつくしに内田有紀、道明寺に谷原章介、いじめっ子三人組の一人に藤原紀香という面々がいる)。
 ドラマシリーズにしてもこの作品にしても、登場人物の魅力は変わらない。 つくしの強さと道明寺の好きな相手に一筋のまっすぐな心…ただ,西門と美作の存在感や個性が見たかったという心残りはある。
 そして、あともう一つ,これに関連して言えるのがつくし、道明寺、類との三角関係。 つくしの道明寺と類へのそれぞれの思いには共感できる。 思いの種類はそれぞれ違うわけだが、中々それがうまく伝わらず,つくしの複雑な心境がこちらにもよく伝わってくる。 誤解を解く,難しさ、“本当に大切なもの”を気付かせること、また,自身もそれを見つけることの大切さ…そして何より自分の気持ちに正直になること。 ドラマと通じるところおに安心感とおもしらさを感じ、違うところにを楽しむことができる。
 これもまた観る側に託す感じの話。 痛快なラブコメディである。

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by jd69sparrow | 2008-07-17 00:00 | 映画タイトル は行

バットボーイズ2バット

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 <あらすじ>
 マイクとマーカス、二人は腐れ縁であり,良き仕事のパートナーである。 彼らはマイアミ警察の刑事。 毎回,飛ばし気味、でもその腕は確かなマイク、無茶ばかりするマイクに引っ張りまわされながらも彼についていくマーカス。仕事の同僚以上に友としての友情の絆で強く結ばれている。 マイクとマーカスの任務は何度逮捕しても,必ず裁判で勝利をつかむ麻薬取引をするジョニー・タピアを完全に逮捕するための捜査である。 
 一筋縄ではいかない敵に,自分たちのリスクを恐れずマイクたちは立ち向かう。マーカスはななんとしてでもこの事件から引けない理由があった。 それは、この事件解決にマーカスの妹シドが関わり、彼女が麻薬取締りのために危険をおかしているということである。
 「警官なんてやめてやる!」とたびたびぼやくマーカス。 冗談ではなく、本気でそれを考えていた。マイクとマーカス、果たして二人のコンビはどうなるのか。

<感想>
 マイケル・ベイ、そしてジェリー・ブラッカイマーの最強コンビ。 アクションには厳しいとか徹底的にこだわることが有名なベイと、製作コストを多大にかけるブラッカイマー。 この二人の築き上げるアクションがただで済むわけがない。 大迫力なアクションがつまれている。なんと言ってもカーチェイスはアクションの中でも一位二位を競うような激しさがある。重い車も二人の巨匠の手にかかれば軽いように見える。
 
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by jd69sparrow | 2007-12-23 03:29 | 映画タイトル は行

バイオハザードⅢ

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 ふつうの一般的なホラーと言えば、恐怖が少しずつじわじわと忍び寄り、ビジュアル的にも精神的にもぞっとする,そして見終わった後も恐怖や衝撃が残る。 ホラーならではのスリルを存分に出しつつ 恐怖,つまりアンデッドたちと戦うサバイバルアクションというエキサイティングに彩られたのが「バイオハザード」である。 ホラーとアクションという二つの組み合わせが最高な臨場感とスリルを生み出しているのだ。
 
<前回までの話>
 アンブレラ社は製薬会社の中でも大きな存在である。 その裏では“T-ウィルス”という恐ろしいウィルスが開発されていた。 ある日、そのウィルスがアンブレラ社の研究所ハイブ内に漏出してしまった。 研究所内の人々はみな,たちまちT-ウィルスに感染し、ウィルスが己を蝕み,食欲のみが残され、人としての機能を失った“アンデッド”になってしまう。
 アンデッドたちの脅威をおさえるべく主人公アリスをはじめとする一行は研究所へ入るが、“感染” の力はアリスたちの想像をこえ,都市へ大きく広まっていった。 生き残りをかけた戦い、アリスはアンデッドや仲間を失う恐怖を目の前にしながらも生き抜いていく。

<今回の話>
 アンデッド、さらにはそのバックにいる者たちを相手に戦うアリスは仲間を失い、再び仲間をえるも,彼らと離れ、一人砂漠の中を歩いていた。 彼女のまわりはおろか、いまやT-ウィルスの脅威は世界中へ広まっていた。 世界は腐敗し、アンデッドがあふれるばかり。砂に覆われた大地が無限に広がり,大地を埋め尽くしている。 生存者は日に日に減り、ごく一握りの人間のみとなっていた。 人々はウィルスの感染と死に追われ,逃げることと戦うことの連鎖の中,日々を過ごすことを余儀なくされている。
 アリスはアンブレラ社から自分が利用されていることを知りつつ,生存者たちを守るという使命を果たすため,アリスも知らない彼女自身に起こる変化・はかりしれないパワーを武器に戦う。再会した仲間カルロスやクレアとともにアンデッドとアンブレラ社へと立ち向かう。

<感想>
 アリスには戦いの日々の中、確実に進化し続ける力があった。 それはアンブレラ社の策略なのか。 それは超人以外なにものでもない。 彼女はそれを敵と戦う力であり、人々を災いをもたらすものであると考えている。 アンデッドでもなく、人と一言で言えるわけでもない。 主人公がパワーアップすれば、敵も力をつける。 暗闇を舞台に恐怖と戦うという領域はとう越えている。 アリスには多くの謎と力が秘められている。
 日本の剣を持ち,アンデッドや新たな敵スーパーアンデッドたちと戦う戦士アリス。純粋にのかっこよさからくるおもしろさもあり、もちろんホラーとしての恐怖も随所に待ち構えている。 いつなんどき,どこであっても恐怖は恐怖。 それに変わりはない。 静けさの中の音ですら恐怖であり驚き。 たとえ次の展開が予想できたとしても,想像以上のものが起こる。 どこかに必ず何かがいるという感覚、そして何よりしだいに高く,小刻みになる音楽。 その瞬間、まるで人が後ろから近づくかのように“何か”が近づいてくる。 音楽の音色はストーリー展開をつくり、人の心境や感情を表す。 なにか恐怖がくるときは音楽そのものが、見る者の背筋を立たせる。 映画を盛り上げる重要なポイントだと思う。
 主人公の強さ、すかっとし謎と期待を残すストーリー展開におもしろさがある。 主人公は迷いも無く、次々と敵を倒し、そのまわりや正体が語られるのだがアリスについて明らかにされるごとに逆にミステリアスさを増すことや主要人物たちの感情もよく描かれている。 それぞれの思いが交差する場面、進化をするアリスの力が大きく示される場所がとても印象的であり、前作までとは違う世界観をかもしだす。 
 物語は謎を残しつつも希望や期待の持てるように幕が閉じられる。 人が作り出したもので人類が危機にさらされ,人が人を追い込む、アリスや他の生存者たちはアンデッドと戦うが,真の敵はやはり人間。 全ての元凶を作ったアンブレラ社なのだ。 最後,展開としては、ファイナルステージもクライマックスを向かえ、最後の決着へと主人公が持ち込み,突入するというふうである。 映像的な美しさやストーリー展開のスケールアップと映画じたいのおもしろさがより進化したシリーズ三作目。 さらに作品全体が見ごたえあるホラーアクションとして再びスクリーンに戻ってくることを期待し、願いたいと思う。

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by jd69sparrow | 2007-11-20 23:18 | 映画タイトル は行