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海猫-umineko-

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 町から見えてくるのは海、その海の上には広い広い空が広がりその空には海猫が飛び交っている。港には海の男たちでいつも賑わっている。主人公カオルはそんな海の田舎町へと漁師である邦一の家へと嫁いでいった。
 旦那は仕事ばかりに専念し力をそそぎ、カオルはそれをただ手伝い見守るだけの毎日を過ごしている。平穏だったはずの日々がしだいにねじれてしまう。
 邦一を演じるのは佐藤浩市さん、今回は方言でのセリフ。渾身の演技である。海の男がこんなにあうとは。クライマックスも緊張感・張り詰めた空気が強く残るが、最後見せた姿は前半から中盤にかけての姿とは全く違うもので見ごたえがある。
 カオルの短くはかない人生は希望にみちあふれた明るいものでなくとも、どん底ではなかったのだと思う。 旦那のために立派な浜の女になろうと地道に努力するひたむきさがその証であろう。最後の最後まで海猫のようだった。
 複雑であり、明るめの話ではないけれど不思議と後味は悪くなくむしろすっきりしている。これはこの映画のうまいところであり、終わりに近づくほどおもしろくなっていく。ある意味でクライマックスはハラハラドキドキなサスペンスチックであった。最後の見せ方がうまい映画はおもしろい。
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by jd69sparrow | 2006-03-31 00:07 | 映画タイトル あ行

ベイブ

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 ブタの運命とは大人になるまで飼い主により太るよう育てられ、食用となって一生を終える。一匹の子ブタは違った。ブタの運命を乗り越えた,それが主人公ベイブである。 まだまだ幼いベイブは疑うことを知らない純粋で無垢な子ブタ、頭にちょこんと生えた毛がチャームポイント。
 動物たちの視点で描かれたアニマル・ヒューマンストーリーだ。ハゴット夫妻のきりもりする牧場にやってきたベイブは一生懸命飼い主である夫妻や仲間たちに受け入れてもらうたもの努力を重ねていくのだ。ベイブの信じる心は仲間達にしだいに影響を与え,彼らの心を動かしていった。不思議な力を持つベイブ。長いまつ毛,つぶらな瞳,そして動きは愛らしくてならない。ご主人であるアーサーまでもがベイブの力に心動かされていくのがわかる。
 側におきたくなるほど可愛いベイブの力に感動させられる。そんなベイブを傍らで優しく見守るアーサーの優しい目、アーサーの奥さんのミズメの歓喜にみてた顔・表情もまたベイブに喜びをあたえた。ミズメは最後でやっとベイブをまっすぐ見るようになったがアーサーは最初こそ認めていなかったもののだんだんと無表情から表情豊かになっていく様子が見受けられ、ご主人自身もベイブに力をもらっていたようだがベイブもまたご主人に力をもらっていたようだ。
 ホットミルクのような温かなストーリーであり、作品である。また、青空のような明るさも持っている映画だと思う
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by jd69sparrow | 2006-03-30 00:15 | 映画タイトル は行

ホームアローン2

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“クリスマスシーズンといえばコレ!”というクリスマス映画の決定版である「ホームアローン」の続編である「ホームアローン」シリーズはいろいろあるけれど1作目に引き続きマコーレー・カルキンが主役で登場。もちろん,メガフォンをとるのはクリス・コロンバス監督。彼は「ハリー・ポッター」シリーズの第1作・2作と監督をつとめた。今,改めて「ホームアローン」シリーズを見てこの人が作り上げる,子供を主役にしたわくわくする映画んお素晴らしさに気付く。「ハリー・ポッター」の監督として始め選ばれたのにもうなずける。
 今回ケヴィンは都会,ニューヨークに降り立つ。そこではあのデコボココンビがケヴィンへの復習に目を光らせていた。
 ケヴィンは悪知恵が働く、それも裏を返せば“賢い子”ということになる。数々のピンチをいとも簡単にすり抜ける天才少年なのだ。彼の仕掛けるいたずら一つ一つは大人顔負け。大人でも中々ここめでやり遂げられないのではないだろうか。常に一つ先を見ているような姿勢に“天晴れ”の一言である。
 そんなケヴィンが一つ,また一つと大人になっていくのがわかる。本当に賢くて大人な子なのだろう。いたずら好きでもちゃんと自分というものを持っていて,正直になれる、今やこんなにも立派な子どもというのはそうめったにいない。その意味では特に感心できる作品だしケヴィンのいたずらにはまっていく大人たちの様子もおもしろい。漫才でいうツッコミでケヴィンを警戒するが時折ひっかかってしまうハリーとビッグバードのようなマブは絶好の標的かもしれない。しかし、そんな二人あってこそおもしろみが増すというものだ。
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by jd69sparrow | 2006-03-29 08:56 | 映画タイトル は行

ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!

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 ウォレスとグルミットの名コンビが初の長編アニメーション映画となって帰ってきた! 発明家のウォレスといつも賢く寡黙なグルミットが今回も大活躍!今までには短編「チーズホリデー」に始まり「ウォレスとグルミット危機一髪!」などシリーズで公開されたイギリスの人気クレイアニメーション、また国際的でもある。
 ウォレスとグルミットの家はからくり屋敷のように発明品じかけとなっており、他にもお起きの発明品が日そこで生まれる。朝食の時間,ベットからするいりと抜けたウォレスがダイニングの椅子にスッポリおさまり自分の発明した機械に服を着せてもらってその傍らでグルミットが食事を作って待っているという光景はお馴染みだ。
 今回二人は人々の育てる野菜をいたずらウサギから守るために“アンチペスト”という害獣駆除の会社を設立、大成功もつかの間,謎の巨大ウサギ出現により,その巨大ウサギを捕まえることを余儀なくされる。
 何もかもが手作りというのがすごい。手作りであるということはその分愛情がこめられ温かさがある。今回は気付かなかったけれど、粘土で作られたキャラクターたちには指紋の跡が残されているらしい。より手作りの良さが伝わってくる。この長編映画のジャンルはホラー。だけど身の毛もよだつようなぞっとする本格ホラーではなく,その点には“ウォレスとグルミット”の世界ならではの良さが加わっている。
 今回もまたウォレスに声を吹き込んだのは我等が欽ちゃん、キャラクターのイメージ・性格にベストマッチである。一方相棒のグルミットにはセリフはないけれど表情豊かだし、何より主人おもいなのが素敵なところ。英語版の吹替えキャストにはあのレイフ・ファインズやヘレナ・ボナム=カーターなどがいてこちらのバージョンも見逃せない。
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by jd69sparrow | 2006-03-28 09:02 | 映画タイトル あ行

ビバリーヒルズ・コップ3

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 エディー・マーフィ演じるアクセル・フォーリー刑事が活躍するコメディな刑事モノシリーズ「ビバリーヒルズ・コップ」の第三弾。今度アクセルが戦うことになる敵も中々手ごわい相手、裏のある展開が主人公たちを待ち受けている。舞台となるのはワンダーランドという名の遊園地。様々なアトラクション内を使っての銃撃戦が見物である。
 随所でコメディアクションにかかせない笑いどころもおさえており、前回までと違うのはマーフィのアクションにあり、ハードな体を張ったアクションがあるのだ。
 彼はコメディ一直線かと思っていたがコメディに多く出演する一方でアクション映画への出演も少なくなく、おもしろおかしい反面,真剣なアクションも目立つ。 ユーモアと大胆な敵への勝負のかけ方は相変わらずなアクセルだがいつになく落ち着いた適への攻撃をし作戦を練るところがかっこよく思えてた…かと思うと悪知恵を働かせ笑いをとる。はりつめた空気にしすぎないように柔らかくする役目を果たしているということだろうか。
 今回の「3」では気のせいか否か,大物SF映画監督が一瞬ではあるが出演していた。それはジョージ・ルーカス監督だ、ほんの数秒だったためよくわからないが、一体どういういきさつでそうなったのかが気になる。 そんなサプライズのある「3」はさらにおもしろさに磨きがかかっている。
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by jd69sparrow | 2006-03-27 00:06 | 映画タイトル は行

ナルニア国物語 第一章 ライオンと魔女

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 イギリス文学が今,続々と登場し注目を集めている。「ハリーポッター」シリーズや「LOTR」シリーズはそれを代表する作品だ。さらに「高慢と偏見」の映画版「プライドと偏見」も数年前に公開された「キングアーサー」も「ブリジット・ジョーンズの日記」もイギリス生まれである。そして「ナルニア国物語」もまた然り。
 全7巻の冒険ファンタジーであるこの作品はC.S.ルイス原作の児童文学である。ファンタジーであるゆえに同じファンタジーもので大ヒット作の「ハリー・ポッター」と「ROTR」の2作品との比較をされる。しかし「ナルニア国物語」はそれらの作品とは全く別の要素で構成されている。一つは原作の中にある。それはこまごまとした描写に対する細々とした描写に対する細々とした説明はなく,読者のイマジネーションに委ねた作者の姿勢。他には多くのテーマが集結しているところ、それは家族・兄弟の絆である。友人とか旅で出会った仲間との絆や友情ではなく。四人の伝説の王が現れ善と悪との剣を交えて,あるいは弓を射て勇気を胸に秘め戦う古典的スタイルもこの映画の独自だ。古くからある子供たちによる冒険ファンタジーである。
 主人公たちが生きる時代,1945年の第二次世界大戦の繰り広げられている真っ只中のイギリスの背景をイントロダクションとして組み込まれ、そんな現実世界でで始まり現実世界で終わるといったまとまりのよい構成がされている。
 翻訳された原作を以前読んだが原作で登場する人物たちのイメージをくずすことなくキャスティングされたというのもすごいし、世界観も素晴らしい。個人的には半神半獣のフォーン,タムナスさんが好きだ。“ナルニア”には様々な動物や神話などに出てくるような生き物が出てきて,しかも彼らは人の言葉を話せる。どのキャラクターも魅力的だがその中でも優しさにあふれ、愛着がわくのがタムナスさんなのだ。
 もちろん、アスランについても語らずにはいられない。気高く自らの犠牲もいとわない偉大な存在である。そこにいるだけでみなに勇気を与え,勝機をもたらすのだ。そんなアスランの声を演じるのが名優リーアム・ニースンというのはなんと良いことか!だが声による演技もパーフェクト。声じたいもかっこいいけれど。アスランの声はこの人しかいないでしょう!
 作者ルイスは子供たちにイマジネーションすることの楽しさや主人公ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシーのぺベンシー兄弟がナルニアでそうしたように,読者である子供たちに兄弟を信頼し、絆を深めることの重要さを学び、勇気や正義を持って生きるという希望を与えたかったのだと思う。これは現代、そして未来に生きる者たちにもあてはることなのだろうが、この作品が世に出た当初が戦時中であったからこそ当時の子供たちにそれらを伝えたかったのだろう。
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by jd69sparrow | 2006-03-26 08:43 | 映画タイトル な行

スウィングガールズ

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 “ジャズやるべ♪”、田舎に住む女子高校生たちと男子高校生がビッグバンドを組みジャズに挑戦するドラマ,時にはコメディのように盛り上がる青春ストーリー,ここにあり。「ウォーターボーイズ」の大ヒットでのりにのっている矢口史靖が今度は男子高校生メインの話から女子高校生に主点を変え,音楽を中心にした物語を完成させた。
 登場人物がみなほうべんを喋るというほのぼのとした空気ただよう映画である。夏に始まり冬に終わる。季節ごとにはしゃいだ高校の頃の思い出というか感覚が思い出される。 夏は暑さに唸りながら学校の授業を受けてダラダラして、冬は雪をぶつけあって騒ぎ楽しむ。そんな風景を一つ見てもこの映画の心地よさを感じる。泣いたり,笑ったり,ふざけたり,何かをなげだしてみたりとかそれが学生生活なるものだと思った。
 “嫌だ”とばかり言っていたことがだんだんと楽しくなってくるガールズたちの様子や変化がよくわかる。自分たちが奏でる音楽がスウィングしてくるほどガールズたちも見ている者も楽しくなるのだ。彼女たちの“スウィング”はスクリーンを飛び出し反響も大きかったようである。
 ただの音からスウィングへと変わる途中では奮闘するガールズをコメディタッチに描かれていく、特に静止画でストーリーが少しずつ進むシーンがすごくおもしろい。映像で漫画を見ているような感覚で、人物もそのまわりも止まっているけれど,それぞれのコマには動きがあっておもしろかった。スウィングガールズ版“シズちゃん”の存在も中々よかったし、一言一言がポイントをついているようだ。
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by jd69sparrow | 2006-03-25 00:39 | 映画タイトル さ行

アイ,ロボット

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 ありがちな未来ではなく、極めて現実的な今の世界からそのまま30年後の世界に描かれているのではないかと思う、監督の狙いはまさに的中している。よく未来モノで見かける空飛ぶ車、電車、今とはまるでカタヂの異なる建物などが一切なく,現代ある建物の様式が残されているし車の軽量化というのもこれから十分に考えられる未来の車と思える。 日常生活においてもほとんどが電化製品であり、コンピューターの機能をフルに活用し,今普通に私達の手でやっていることが動作もなく簡単にできてしまうのだ、個人的にこんなにも機械じかけにしてよいものなのか少し疑問だ。というのももし全てを管理する中枢となるコンピューターがフリーズしたり壊れたりしたとき何もできなくなってしまうのではと思ったからだ。 例えば建物に入りたくとも入れなく立ち往生する恐れがあるからだ。セキュリティー面としてはこんなに便利なシステムはないと思うが。
 しかし決して非現実的だと言えないし、日々便利になっていくこのご時世を考えると可能性は高そうだ。そんな「アイ,ロボット」で描かれる未来の中で主人公スぷーナーのような時代遅れな人を見るとほっとする。この映画では昔ではあるが現在の世界の姿なのだから。かと言って時代の先端をいく人々に不満を感じるわけではないが。
 “ロボットが問題ではなく問題があるとしたらそれは人の方なのだとわかる。“人間の理論の限界”なのだそうだ。コンピューターシステムの進化は人間の理論の限界をこえる。 世の中を進化させていくには常にあらゆるケースをいくつもいくつも考え、配慮しなくてはならないということだろうか。
 めったんいシリアスものには出ないウィル・スミスが今回は笑いなしにアクションやミステリーなど多くのジャンルの融合(言うなればSFサスペンスアクション)に挑んでいる。たくましい体とそのバランスの良さなどはもちろんだが,きりっとした目が特にかっこいい。アクションは言うまでもなく。
 この映画で忘れてはならないのがサニーの存在。 映画で主として登場する人と似たカタチ
をなすロボットNS-5の中で唯一自由を持っているのがサニーなのである。ルールに縛られず,人間らしさを兼ね備えている。このサニーの人間的なところ見ると多くの人々がきっと欲しくなるだろう。 人のように心を持ち,話し,考え,学ぶサニーを。
 “人間の理論の限界”とされている内容でわかるのは,問題があるのは人間の方だということを考えるとすると一番恐ろしいのも“人間の理論の限界”をこえるコンピューターではなく便利なシステムを生み出した人なのだ。
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by jd69sparrow | 2006-03-24 19:06 | 映画タイトル あ行

ハムナプトラ 失われた砂漠の都

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 ふと気付いたこと“これはミイラの話だ!”というすぐにでもわかるような事実。 邦題と原題とでは多少異なるものがけっこうあるけれどつながりこそあるものの言葉としては全く別物。原題は「THE MUMMY」、“ミイラ”である。
 宝にちょっと実がないリックとエジプトの歴史への深い関心と好奇心を持つエブリン、それに加えてまぬけだけど憎めないエブリンの兄ジョナサンの3人が“死者の都ハムナプトラ”へと旅立つ、がしかしエブリンの好奇心は魔と災難を蘇らせてしまうことに。
 3000年も昔の罪人であり、神官イムホテップとファラオのアナクスタムンの野望がどんどんと現実に近づいていく恐怖はぞくっとする、でもなぜだかだんだんと生気を取り戻していくイムホテップを見ているのはおもしろい。
 エブリンが次々と歴史の扉を開けていくというのもおもしろいところで危険にさらされても歴史への関心をすてることなく、後半は特にジョナサンもくわわり鍵穴に鍵をさしこみ開けるようなおもしろさがある。
 人間とミイラとの対決はもちろんだが、後ろから何かが襲ってきたり,出てくるといった緊張感はスリルがあり見所だと思う。 “ふりむくとそこには世にも恐ろしい怪物の影が”という。
 登場シーンはかなり少ないが中々隅におけない人物がいて名はウィンストン。元・空の兵士でふっくらした茶目っ気のあるおじぃちゃん、登場人物の中でけっこう好きな人物だ。彼が一瞬「紅の豚」のポルコに見えたのは気のせいだろうか。 そんな愛着わいてこそ興味がそそられるものがあるのである。
 野生的で宝を重視する軽そうな,ちゃっかりしたリックの性格と性分が冒頭から最後まで変わることなくいることが、ただ難を逃れ世界を救い平和を取り戻すでかにとどまらず生きているのがよくできていると思う。
 
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by jd69sparrow | 2006-03-23 08:54 | 映画タイトル は行

マルコヴィッチの穴

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他の誰かに通じる穴があったら一度は入ってみたいと思うだろう。 自分ではちょっと休業して誰かの中に入ってその人の生き方をのぞいてみる、同じ地球上でも自分ではない別の人の見る世界は違うのだから。 それが大好きな人だったり憧れの人だったらなおさら“穴”に入ってみたくなる。 人の欲望は強いものだ、欲には逆らえず心の赴くままになる。
  “世にも奇妙な物語”の世界のような不思議な不思議な世界がこの「マルコヴィッチの穴」である。 原題と邦題がこれほどまでにうまくつながっていると思ったのは初めてだ。 原題「BEING MALKOVICH」で考えても器となるジョン・マルコヴィッチに他人が入ってほんの少しでもマルコヴィッチになるわけだし「マルコヴィッチの穴」と考えてもマルコヴィッチへ通じる穴がメインで出てくるわけだからどちらをとってもうまくできている。
 「仮面の男」とはちょっと違うマルコヴィッチよりも、主要人物を演じる二人の役者のこの作品での変身ようがすごい。 きっかけを導き出したクレイグをジョン・キューザック、その妻ロッテをキャメロン・ディアスが演じた。 彼女は山田孝之が“電車男”になったときのような変わりようでスクリーンに現われた。 二人とも日本でいうオタクのような風貌になっていたのだった。 普段かっこいい役をやっていてたまに思い切ったこの映画のような彼ら役者を見るものも中々おもしろい。
 一番おもしろいのが器に入った人々がどこから出されたのか放り出されるところで、放り出されてもみな,さぞ満足して嬉しそうに帰ってくるのがなぜだか見ていてあきない。
 冒頭で出てきて物語の中にもたびたび出てくる操り人形はとても物語と深く関わっている。 はじめにすぐこうしてキーとなるものを持ってきて映画を説明するのは理解も深まる。 テーマをはじめにびしっと見せるという洗練されたようなオープニングがよくできている。
“穴”の秘密がだんだんと明らかにされるが穴の仕組みを考えれば考えるほどおもしろくなってくるのだ。 穴を通じて他の人になるということは器の頭の中にヒーローもののロボットのように操縦席があって器となる人の目で外の世界を見てその人を楽しむということだ。
 ジョン・マルコヴィッチの目から見る世界の映し方や“7と2分の1階”とそこで働く人々,特にレスター博士と変わったモノと変わり者というおかしな世界観は惹かれるポイントである。
 難しいことだけれど欲はおさえる必要がある、欲に従いすぎてしまうと結局よいことはない。どこまでそれができるのか。 自分の限界を知ることになる。 後半ただ笑うしかないようなシーンもあれど結論としてはおもしろい。 
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by jd69sparrow | 2006-03-22 00:27 | 映画タイトル ま行