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2006年、今年一年。

 2006年、今年も映画は熱かった...。 ハリウッド映画をさることながら日本映画も熱いものであり、ハリウッド映画に負けない勢い!! はじめは「THE 有頂天ホテル」からはじまり、「大奥」に終わった一年でした。 映画全体において、続編が多くみうけられた。 それは「マスク・オブ・ゾロ」の続編「レジェンド・オブ・ゾロ」、ディズニー映画で数年前にヒットしたディズニーアトラクションを映画化した「パイレーツ・オブ・カリビアン」の続編「デッドマンズ・チェスト」、漫画から映画化された「NANA」の続編「NANA2」、「X-MEN」の最終章「ファイナル・デシジョン」など数多くあった。 さらに一年のうちに前編・後編を一挙に公開するというものもあった。「デスノート」である。 
 漫画の映像化もたくさん見られ、「NANA」や「デスノート」などが言える(「大奥」もその一例にあげられるだろうか)。 そして漫画の映画と言えば「X-MEN」などいったアメコミからの映画化もあげられるだろう。 本からの映画化では「007/カジノ・ロワイヤル」や「手紙」などが記憶に新しい。 今、原作があっての映画がどんどん映像となり、それは映画でもテレビドラマでも見られる。 来年もさらにこの勢いは増すことと思う。 小説からの映像化というのは以前から見られていたが、漫画が映画になったりテレビドラマになるというのはここ数年のことであり,映画だけではなく漫画の世界もまた勢いにのっていると言えよう。 来年以降もよりいっそう期待がかかる。
 キャストを新たに、今までシリーズとして映画史に名を刻んできた作品が再びスクリーンに帰ってくることもあり、「スーパーマン」の新章「スーパーマン・リターンズ」、「007」シリーズの原点にもどった作品「カジノ・ロワイヤル」がある。  「スーパーマン リターンズ」ではスーパーマン誕生の話、「007/カジノ・ロワイヤル」は主人公ジェイムズ・ボンドが“007”に昇格し最初の任務につくというどちらも“第一話”をリニューアルされたり、描かれていなかった最初の話が作られたりである。 「犬神家の一族」のように以前演じた役者による再演もあった、同じ作品を同じ監督と同じ主演役者というものである。
 2007年の映画も期待がかかる。 「ラッキーナンバー7」、ジョシュ・ハートネットとブルース・ウィリスの共演が衝撃作である。 さらにトニー・レオンとアンディ・ラウが競演した「インファナル・アフェア」のリメイク作「ディパーテッド」、ウィル・スミスの初の息子と共演の「幸せのちから」などがある。 漫画からの映画化作品では 手塚治虫原作のアニメの実写版「どろろ」、オダギリ・ジョー主演の実写版「蟲師」、「ゲゲゲの鬼太郎」の実写版、アメリカン・コミックから「ゴースト・ライダー」や「スパイダーマン3」などなど。 原作つきの映画ではドラマ化にもされた「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」、そして続編の期待作では「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」というラインナップとなっている。
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by jd69sparrow | 2006-12-31 12:57 | ドラマ・その他

007/カジノ・ロワイヤル(2006)

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過去を振り返るとなんと20作品ものシリーズがあって、時間の長さにして半世紀分という驚くべき記録である。 2006年、新しい「007」で6代にわたったこととなる。 ピアース・ブロスナンのボンドが記憶に新しい。 ショーン・コネリーで始まった「007」は歴史の一部であるかのようだ。 歴史を辿ってみると、「007」には様々な分野があって,シリーズの中にはSFのジャンルに近づいたという作品もある。 たいてい、一人の役者あたり2作品以上の割合でボンドを演じているが、その中でも目覚しいのがショーン・コネリーのようである(しかし、回数にして数えてみると ロジャー・ムーア,ショーン・コネリー,ピアース・ブロスナンという順番でボンド暦が長い)。 というのは「ロシアより愛をこめて」が多大な評価を受けたからであり、コネリーの演技力のすがさがあったのだろう。
 今回、第21作目となる「007」では、ダニエル・クレイグ(「トゥーム・レイダー」などに出演)がニュー・ボンドとして活躍をうする。 ちょっとハードボイルドなイメージただようクレイグのボンドは恐いもの知らずで向こう見ずさも感じられるもので、荒々しさもあるが、人間味の深さ、人間らしさがうかがえる。それはこの「カジノ・ロワイヤル」がボンドの「00(ダブル・オー)」(という資格)昇進後,最初の任務につくというものだからであろう。 クールよりもワイルドなボンド。 冷静さよりも情熱的という印象もうける。 ボンドの真剣なラブ・ストーリーが見れるのもこの第21作目の特徴なのだろう。 この,まだ人間的でまだ華麗さのないボンドは今後、様々な経験が刻まれるのだ。 そして、アクション映画のヒーローから華麗なる,スパイ映画における,戦う英国紳士へと進化をとげていく。
 ボンド・ガールは「キングダム・オブ・ヘブン」のエヴァ・グリーン。 艶やかな美しさとミステリアスな雰囲気のあるヴェスパーを演じる。 ヴェスパーボンドが最初に愛した人で、ボンドとしだいに恋仲になっていく役どころであるが、同時に複雑さも大きい。 敵であるル・シッフルはあまり感情の読めないけれど知的な感じである。
 ストーリーについて。 「00」の試験を経て,ついに「00」へ昇進し、“007”という称号を得たボンドは“007”として最初の任務へと向かう。 その様子を監視するために派遣されたのがヴェスパーという女性。 さらに上からの配慮でマティスという協力者を得る。 ボンドのいる組織の責任者“M”が困り果てるほどボンドの大胆さと荒々しさで危険くぐりぬけながら任務を遂行していく。 ボンドの任務で大きく決めてとなるのがル・シッフを含めてのゲームである。 これはお金ではなく世界の命運をかけた戦い(ゲーム)と言えよう。
 任務遂行の裏にある複雑さがボンドを苦しめる。 そして容易には抜け出すことのできない迷路のように,ことは思わぬ展開へと進み、さらにまた複雑さの糸がからまっていく。
 アクション・シーンも多く、大きく動いたり、敵と戦ったりとスパイ・アクションとしてのおもしろさもあるけれど、ボンドが主に敵の頭と戦うのは銃でも素手でもなく,“(カジノの)ゲーム”。 彼らの戦いの場はテーブルの上。 腕力ではなく、頭脳戦なのだ。 銃の弾丸の代わりとなるのがトランプのカード、代償となるものがチップといったところだろうか。 テーブルの上での駆け引き,作品の見せ場の一つになるおもしろさ、ボンドの勝負士としての強さがうかがえる。,第21作目であって,新しく生まれかわtっての第1章「007」が幕をあげる。
 ジェームズ・ボンドが銃を放つところから始まるお約束から華麗なるオープニングがとても綺麗。
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by jd69sparrow | 2006-12-30 01:12 | 映画タイトル さ行

NANA2

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 二人のNANAは偶然同じ時刻に同じ電車でめぐり合った。 正反対な二人だったがお互いの恋を励ましあい、友情をはぐくんでいった。 ナナは人なつっこいけど世話がかかる奈々(以下ハチと表記)の性格から彼女をハチというあだ名をつけた。 ハチにとってナナは光のような存在でナナの放つ光の中で生き,その光をずっと浴びていたかったのだろう。 そしてナナは薄暗い心の中に奈々によって光を灯されたかのように彼女が人を見る目や心を開く勇気をもらい確実に心が変化していった。 ナナはブラスト(=ブラック・ストーンズ)というロックバンドのボーカリストとしてプロを目指し,ナナが思いをよせるレンがいるプロとして既に活躍しているトラネスを越えること目標として掲げ、夢をかなえることを強く望んでいる。 ハチはそんなナナを応援しともに夢をかなえようと心に誓っていた。 今度の“NANA”は二人のNANAに大きな変化が起きる。 それは突然でどんどんとめまぐるしく変わっていく。 ナナのプロデビューとハチの新たな恋の進展である。
 夏、七夕の季節ブラストの面々とハチは短冊に願いを書きとめていた。 彼ら一人一人に夢があり、共通の願いはプロとなり新天地を切り開くことだった。 ブラストはインディーズとして活躍を続けていて,そこに一つの希望という光が舞い込む。 それはレコード会社からのメジャーとしてデビューをすることができるという知らせだった。 彼らにとって何よりの希望であるプロとしてステージを踏む機会がやってきたのだ。 ナナたちは急ピッチでそこまでの道へと進んでいく、しかしその一方では寂しさを感じるハチがいた。 寂しさのつのる一方のハチだったが,憧れていたトラネスのメンバーの一人タクミとの距離が一気にせばまる。 友情を深めてきた前回の「NANA」とは違い,二人のNANAのすれ違いをも描いている。 
 大きく変化をとげていくブラスト、そんな中でナナとハチはお互いがお互いにとって大事な存在であるという思いを持っていながらも友を思う気持ちがすれ違ってしまう。 本当はどちらにとってもお互いが大事な存在で決して切れない友情の絆で結ばれているはずなのにお互いがお互いを見る目、思いが相手に届かない。 だけどどんなことが起きてもその相手を思う気持ちだけは変わることはなかったのだ。 ナナはハチにとって手の届かないところへどんどん登りつめていってしまう、ハチは寂しさのあまり少しずつハチの中のバランスがくずれていくようになってしまう。 人を信じることのできなかったナナは初めてそこから抜け出し友との問題にぶつかる。 どうしたらいいのかわからないでいる。 登場人物一人一人が複雑な思いを抱え,それを乗り越え前へ進んでいく。 思い悩んだナナは自分の行き着いた先を歌にこめ、ハチはナナの出した結論の気持ちがこもったその歌をナナが伝えたい友への思いを聞くかのようにナナの歌声響く光の中で立っていてる。ナナが最高に輝くその空間の中で、確かにハチはその光をあび,確かに同じ場所にいた。
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by jd69sparrow | 2006-12-29 19:18 | 映画タイトル な行

犬神家の一族(2006)

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 1976年、ちょうど三十年前,金田一耕助シリーズ「犬神家の一族」が公開された。 横溝正史原作の推理小説の名作である。 主人公の金田一耕助、金田一耕助シリーズの原作者・横溝正史、この名前を聞くと思い出すのが「金田一少年の事件簿」と「名探偵コナン」である。 横溝作品がこういった推理小説に影響をあたえている。 金田一耕助シリーズも今まで数多く映画化され、さらに映像化されてきた。 映画だけでなくテレビドラマでも何度も映像化が実現されている。 「犬神家の一族」だけで元祖・金田一耕助,石坂浩二(その前に演じた役者がいるとのことだが)から稲垣吾郎までたくさんの役者たちにより演じられている。 その顔ぶれはそうそうたるものであり、また主として登場する佐清や珠世をはじめとする登場人物たちも大勢の人により演じられている。 多くの役者により演じられてきただけに毎回金田一耕助の人物像も変わってくる。 それぞれの個性がでて,それぞれの役者の持つ個性によって作られていると思う。 今回は初期にもどり石坂浩二による金田一耕助である。 ジャンルはミステリーであるけれども実際は人間同士の思うところを描いたもの。 犬神家の一族の中で繰り広げられる悲しい愛憎劇なのである。
 昭和二十二年、終戦まもなくの那須にふらりふらりと現れた名探偵,金田一耕助。 年齢不詳でボサボサあたまで頭をかけば粉雪のごとくふけが落ちる、けれど彼の推理力は抜群。 彼はふっと現れ、名推理で事件を解決させるとふっと消える。 そんな縛られることもなく自由な人生を歩み続けてきたのだろうというふう。 金田一は今日もまた事件の依頼をうけて依頼人のもとへとやってくる。 彼は那須という場所にやってくるが、彼がやってきてまもなく依頼人が何物かにより命を奪われたことにより惨劇の波が押し寄せる前のとどろきが彼の背後で鳴り響いていたかもしれない。 彼はまもなく犬神家へやってくる。 そこは暗雲がただようところであった。一つは犬神家の当主の遺産相続による争い。 その権利は犬神家以外の人間の手に渡る運びであることが告げられてた。 当主・佐兵衛の娘,それぞれが異母である三姉妹の思惑が走る。全ては遺産の権利を持つ珠世に託された。 一族が本家に揃ったとき、呪いにみちた惨劇が始まる。
 次々と事件は起こり、誰もが疑われた。事件の謎は解けかけるかと思うとあっけなく崩れ,振り出しにもどる。 謎もまた次々と浮上する。 金田一は物をまっすぐとらえ推理を発展させていく。 彼は自然に真実を追い求めることの中に入り、じっくりと人を見て推理力を働かせていく。行動派な部分よりも熟慮派の探偵、だがその捜査は自らの足で地道に情報を集め,推理を重ねていくというタイプとうかがえる。金田一の姿勢はいつお穏やかで落ち着いていて、そして金田一耕助という推理するときは真剣そのもので思慮深い、だけど人間としては幅広い知識や推理力を持つというばかりの人間ではなく,茶目っ気たっぷりな人間なのだ。
 このシリーズにはみな金田一耕助が登場し,事件を毎回解いていく、メインパーソナリティーは金田一耕助であるが 「犬神家の一族」では佐清と珠世が主人公といっても過言ではないだろう。 事件,話一つ一つで主人公は変わってくるのではないかと思う。 金田一は一言で言えば傍観者であって、物語を進行を担う役割を持っていると思う。 推理をし、事件を解決させ、コマを進めるといった具合に。 今回の話は決して愛し合ってはいない、犬神家の中に本当の意味での愛といった感情が見られない佐兵衛の三人の娘たちとその家族の人間模様を描いている。
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by jd69sparrow | 2006-12-28 02:08 | 映画タイトル あ行

NANA

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 同じ日、同じ時間,同じ電車に居合わせた二人の“NANA”。 名前も歳も一緒で偶然が重なりに重なったちょっと素敵な二人の良き友の出会い。 漫画が原作で本当の歌手が歌手の役をやり、プロを目指すバンドのボーカリストの役と、そんな見所もある実写版・映画「NANA」は2005年に公開された。 二人の“NANA”のそれぞれの物語、恋をして,つらい思いをしてそんなドラマがある作品であり、NANAたちの友情を描いた物語。 性格やタイプも違う二人だけど不思議と通じ合うものあった。 だから二人の出会いは偶然ではなく運命だったのかもしれない。 二人は友であり、姉妹のようでもあった。 
 ブラストというバンドのボーカリストとして仲間のレン、ノブ、ヤスとで雪ふる大地のもとで旗をあげていたナナ、彼女はプロとして頂点に立つことを目指している。 もう一人の奈々は恋をただ純粋に楽しむ女の子で、思う人を追って上京してくるほどの一途な人。 そんなNANAが列車の中で出会うことによって全てが始まる。 二人は部屋も同じ“707(なな)”の部屋で共同生活をすることになった。 ナナは心に秘めた思いをかかえながら今はプロとなり遠くはなれた存在になってしまったレンを越えることを目標に前へ突き進もうとしている、奈々は思う人を追ってわざわざ彼のいるところへとやってきてしまうような献身的な女の子らしい女の子でいつも思う人,章司に思いそそぐ。ナナから“ハチ”という名をつけられる。二人にはそれぞれ目的を持っている。
 ハチはナナと初めて会ったその日からのナナとの友情の軌跡をふりかえり友から授かったもの、自分の進むべき道を見つめる。ハチはナナとの出会いで先への目的を持たなかった自分に目的を持つようになる。 ハチにとってナナといつまでも近くで肩を並べ、一緒に笑えることが一番の幸せだったのだと思う。 またナナも友情からくる温かさを知るのである。 自分に正直ではないナナはレンへの思いを心の奥底に残していた。 ナナはハチから自分に素直になれるきっかけをもらったのかもしれない。 ナナは閉ざしていた心の扉を開くのである。
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by jd69sparrow | 2006-12-27 00:53 | 映画タイトル な行

O型バトン。

mixiの方からいただいてきました,「O型バトン」です!!
ではでは。

1★あなたのご両親は何型ですか?

父: A
母: A

2★O型だと言った時の周りの反応はどうですか?
 
 みんな納得です、「O型らしいよね~」って言われます。

3★O型の性格は協調性があると言われていますが、自分に当てはまりますか?

 当てはまるような当てはまらないような・・・ 自分ではあるつもりです。

4★0型の性格は大雑把と言われていますが、自分に当てはまりますか?

 けっこう当てはまると思います。面倒くさいことほど大雑把によくなります。

5★初対面の人には何型に見られやすいですか?

 A型かO型。

6★O型だと思う瞬間ってありますか?

 嫌なこともすぐ忘れる、「なんとかなる」という考えのとき。

7★自分は何型の人と相性がいいと思いますか?

 基本的にどの血液型の人とも相性いいなぁと思います。 でも一番といったら
同じO型な気が。  

8★友達で一番多い血液型は何型ですか?

 O型だと思います。 

9★O型で良かった、得をしたという経験はありますか?

 これと言ってないですが、好きな有名人と同じ血液型だったとき...かな! 

10★O型で嫌だった、損をしたという経験はありますか?

 特にないです! O型大好きですから!! 

11★生まれ変わるなら何型に生まれたいですか?
  
 もちO型でw

12★次に回すO型の人は?

 moreysroomさん、non_non21さん、めぐさん、まことっち♪さん、ファーさん。
...いかがでしょう??
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by jd69sparrow | 2006-12-26 19:44 | バトン

南極物語

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 南極は雪と氷の大地、見渡す限り白の世界。 氷点下が極めて高い、南極の氷にも季節がある。 氷が厚いときもあれば薄く,危険なときもある、さらにブリザードが生き物を凍えさせ、雪の嵐のまえでは人も無力、自然の力には人の力は及ばないことと思う。 主人公ジェリーは一年のうち半分をそこでの生活などに費やす。 南極にある基地には数人の人たちがいて彼らは南極の様子を見守り,常に危険がないかを把握する。 氷にある程度のあつみのある場所には訓練された犬たちの存在は不可欠である。 南極の季節は変わり、南極では最も厳しい季節,冬が訪れようとしていた。 八匹の犬とまわりの人間たちの話で人間模様と犬たちの寒い地で生き抜いていく記録をつづっている。 
 南極で仕事をするジェリーには八匹の犬たちという大事な存在があって彼は彼ら犬たちの力を借り仕事をすることもあった。 犬ぞりである。 氷の多い南極の地で遠出するのにはいくつか手段があり,そのうちの一つがそれである。八匹の犬たちが元気よくそりを引っ張り、ジェリーの運転により走り続ける。 彼の合図で犬たちは走り,立ち止まったりする。 犬たちは忠実だった。 南極の冬もさしかかったとき、雪の嵐の影響で南極の基地を離れることを余儀なくされたジェリーやその仲間クーパーたち一行は自分たちにつくしてくれていた犬たちをおいて南極をたたなけえればならなかった。 しかし、南極を離れ大地につくと南極へもどることが困難となり、おいていった犬たちを連れ戻すこともまた困難とされた。 リーダーであるマヤをはじめとする犬たちは寒い地に事実上おいてきぼりということになってしまう。 彼らをなんとかして連れ戻したいジェリーと取り残された犬たちの長きにわたり人間抜きに行きぬいた軌跡の物語である。
 大好きな犬たちを連れてくることのできなかったことを悔やむジェリーがその現実を受け止めることに格闘し、彼らを連れ戻すことを必死で願ったその人間サイドの物語、そして取り残された犬たちが主人たちの帰りを思ってか、自分たちだけの力で生き抜いていこうという姿勢とが描かれていく。 ジェリーには後悔の念が消えず、癒えない傷のように彼の中で彼自身を苦しめた。 その一方で八匹は気力を失うことなく生き抜いていく。 犬たちにはセリフがないのは当たり前であるが、言葉なくとも語らえるものがあるように思えた。 彼らの行動一つ一つと表情が言葉を発しているかのようで、無言で語っているかのようだった。 置き去りにされても人と人とが励ましあい生きていくように彼らもまたお互いを励ましあう、その風景はとても温かである。 励ましあう言葉が聞こえてきそうなのだ。 犬たちを置き去りにしてしまった人間たちの後悔と犬を思う気持ちといった内面的な部分と必死で生きる犬たちの感動な物語。
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by jd69sparrow | 2006-12-25 01:25 | 映画タイトル な行

僕の彼女を紹介します

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 恋に落ちるのも突然だけどその出会いも突然なもの。 ミョンウとギョンウの二人は突然で偶然な,運命的な出会いを果たす。 それはミョンウの善意とギョンウの一度思い込んだら一直線な性格が互いを呼び寄せたのかもしれない。 ミョンウは高校の教師としえ赴任したばかりで正義感の強い人、ギョンウはちょっと頑固でいつも強気で時に無謀な行動にも出る,警察官。対照的なような二人がお互いに対して恋をして、愛の絆を結び,実らせていく純粋な恋の物語。
 街で事件が起こり,それを見たギョンウはすぐ目の前で走っている男を犯人と確信して追跡し、その果てに女性にしてはすさまじ力と勢いでその男をこらしめる。 だが、その男は犯人ではなく彼は勇敢さと善意で犯人を追いかけていた一般人であり、協力者だったのだ。 彼の必死な(ギョンウに)誤解を訴える叫びはギョンウには通用しなかった。 どこまでも強気で考えをまげようとしないギョンウであるが、負けん気の強さの奥には輝くものがあって彼女はとにかく強かった。 ミョンウは無茶苦茶で時にふりまわしたりもする彼女の中にそんなギョンウの魅力を見出し、ギョンウもまたミョンウの優しさにひかれていく。
 子どものようにはしゃいだりとコメディチックな二厘のやりとりもあれば、ただただ仲むつましさがうかがえるところもあるし、また希望が見える場面、感動的場面もたくさんあった。 二人の旅の中での情景がとても綺麗。 場面としても絵のように綺麗なところもあった。
 ギョンウの目の前ではそんな夢のような一こま一こまが映し出されるも悲劇をも見ることになる。 夢のようなひと時は瞬く間に過ぎ行き,夢が消える瞬間も急である。 だけどギョンウは強かった。
 ミョンウとギョンウとの愛の絆が強いのはどんなカタチであれ、二人はいつも一緒であったからなのだと思う。 ギョンウの強さは彼女が持つもともとの力,あるいはそれまでにつちかってきた経験からくるものでもあって、ミョンウがいつでも自分を支えてくれていた優しさによるものであったのだろう。 二人の愛はずっとずっと変わらず,それぞれの胸の中にあり、生き続ける。 ギョンウの近くには彼女を守ろうというミョンウの思いがあって、それは彼女に生きる力をあたえ,支え続けた。 いつまでもそれは変わることはないと思う。
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by jd69sparrow | 2006-12-24 23:46 | 映画タイトル は行

ファンタスティック・4フォー

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 宇宙には人では計り知れない力があり,予測のできないことが起こりうる。 それは人の生命をゆるがすものであったり,異変を起こさせたり何らかの影響を及ぼすことも可能性は0ではないことだろう。 普通の人間が何らかの力により特別な力を得たとき,どうするか。 それはそれぞれの自由である。 “ファンタスティック・フォー”とは特殊な能力を持つ四人のヒーロー・ヒロインのことである。 宇宙の力によって特別な能力を持った四人が元の自分を取り戻すためのチャレンジの話というべきか。
 人の生命についての研究を重ねるリードは宇宙を出て,それを解明するための実験を試みる。リードは友であるベンとリードの研究を支援するビクターとそのサポートをするスー、スーの弟ジョニーと共に宇宙へと旅立つ。 しかし、突然“宇宙嵐”に彼らは襲われる。 宇宙から決死の帰還後,リード、ベン、スー、ジョニーの四人に異変が起き,彼らはそれぞれ“力”を授かる。 リードはゴム人間、ベンは岩男、スーは透明人間、ジョニーは炎人間となる。 リードは自分たちの体に起こった異変を解明し、元の姿に戻す方法を探る。
 最初は自らの力にとまどう。 自分が持つ力への思いや考え方は様々だけれど力を認識し、力と心とが一体化する。 すなわち自分の意志で力をコントロールするのだ。 その法則にもとずいていると思う。 その段階というものがストーリーを追い続けていくうちに見えてくる。
 彼らは力の使い道や思いが違っていても向かう方向へ行き着く答えは一つ、それぞうれ違う道を選んでも到着地点は同じ。 彼らは自分の持つ力の意義を見つけるのである。 ゴムの力はその柔軟性が人を支え,自分をも支えられる、岩の力は力の強さと自分自身を守る,体に針目具された鎧で体への衝撃を和らげる、透明になる力は姿が見えないことで敵に気づかれずに近づける、その力は体を炎につつもだけでなく,その力で飛ぶこともできる。
 そうして力があることがどんなことなのかについて四人それぞれが探し求める。 そして四人は戦士となる。 その一方では悪の力を持つ者がやはり存在し、動いている。 四人の戦いはまだまだ始まったばかりであるように思う。
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by jd69sparrow | 2006-12-23 22:43 | 映画タイトル は行

ブレイド3

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 モダン・ヴァンパイアアクション第三章,「ブレイド3」。 ついにあくなるヴァンパイアたちとの戦いも終止符を打つときがやってきた...。 孤高な戦士ブレイドが悪のヴァンパイアたちを退治する,痛快なアクションである。 主人公ブレイドは唯一のの理解者で父親的存在でもあり,戦うためのサポート役のウィスラーに助けられ,ウィスラーの力と自分だけを信じ悪と戦う。 ウィスラーはブレイドが信頼をよせるただ一人の人、ブレイドは戦う仲間を持たなかった。 そしてまたウィスリーはブレイドの中にあるヴァンパイアの本能を抑える手助けをできるブレイドにとって頼もしい人でもあった。 ブレイドはヴァンパイアの血と人間の血とをひく混血なのだ。 彼はそんな自分自身とも戦ってきたのだろう。 
 最近、ヴァンパイア映画はあまり見られない。 過去には「ドラキュラ」、「ドラキュリア」、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」などの作品があり,どれも古典的な要素を多く持つものである、それはヴァンパイアなるものを中心に描いていて,ヴァンパイアそのものんい魅力を感じさせるものである。 一方、「ブレイド」シリーズは主人公が遠い昔から生き続けているというかつて多く見られたヴァンパイア映画とは違う。 もちろん ヴァンパイアの特徴として言える“血” 、彼らの弱点である“光”などといったヴァンパイアの性質の部分は共通であるが、他の面は全く違うと言っていいだろう。 敵方が古代から生きているものであろうと臭わせるものはあるが、全般的に作品としてはモダンである。 違うのはアクション映画でもあるというところも一つとして言えると思う。 古くからの何かを感じさせないもの。 時代をふりかえるわけではなく,物語は全て現代におかれている。 だから新たな気持ち、新たな感覚で見、楽しめられるのだ。
 ブレイドは今まで悪のヴァンパイアたち、彼らに従う,いわば奴隷と言う身分にある一部の人間たちに戦いを挑み,渡りあってきた。 ヴァンパイアに従う人々はブレイドにとって厄介な存在である。 彼らはヴァンパイアの従者を示すタトゥー以外は従者ではない人々と何も変わらない。 また,人の血に貪欲なヴァンパイアは人と姿・形は紙一重なのだから。
 さらに厄介なのはヴァンパイアたちは腕をあげつつあったということ。 ブレイド一人ではそれらを食い止めるには荷が重すぎた。
 彼はウィスラーを失い、新たな仲間に加わったハンニバルとアビゲイルと共にチームとして立ち上がり,ヴァンパイアたちとの戦いに磨きをかける。 ハンニバル・キングは元々ヴァンパイアの従者、アビゲイルはウィスラーの血をひく娘である。 彼らの力はヴァンパイアに立ち向かえるほどで、持つ技術はウィスラーに匹敵するものがあった。
 ブレイドは彼らとともに新たな強敵にして最初のヴァンパイアのドレイクと、その仲間たちに宣戦布告する。
 着実に人間の世界の侵略を進めるヴァンパイア、それに従う人間たち。 ますます敵は広まり,従者たちもまた増えていく。 どこでどうなるかわからない。 気づけば従者たちはすぐそばにいる。 さらに太陽の光も通じない、また ブレイドたちでさえ渡り合うには歯がたたない、苦難が次々と彼らに襲い掛かり目の前に積み上げられていく。
 戦う仲間が増え,戦う手段も増えた。 そのことによってそれぞれ違う個性で戦術も豊富。 背にいつもある剣というブレイドの戦闘手段に加え、二人の仲間たちのそれぞれの戦い方,それぞれの力量とがあり、彼らの皆がクール。 “ヴァンパイア”を物語の中心としておくのではなく、ここではあくまで“戦い”が主である。
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by jd69sparrow | 2006-12-22 19:22 | 映画タイトル は行