ディパーテッド

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 香港発の二人の男たちの二面性を描いた「インファナル・アフェア」の公開から五年の月日がたち,シリーズ三部作の最終章から四年がたった。 「ディパーテッド」という名で新しく息がふきかけられた。 主人公は二人、歩む道は違うけれど彼らはとてもよく似た部分を持っている。 ギャングの世界から内部の情報を得るため警察へ入り込み,エリートな刑事として今を生きる者と警察から潜入捜査のためギャングの世界を探るため送り込まれた刑事の物語。 レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソンをはじめとする俳優陣,さらにはマーティン・スコセッシ監督というこのジャンルにおいて本格派な作り手という話題はもちろんのことだが制作にはブラット・ピットがいたりと注目すべきは配役とい表面だけでなく役者たちを,作品そのものを支える作り手たちである。 しかもリメイクとその言葉にくくりつけられるのではなくハリウッドの一つの映画として独立している。 とはいえ、基盤はオリジナルが尊重されていると思う。 土台にオリジナルの構成から新たに積み上げられ,これは探れば探るほど“一つの新しい映画”なのだという実感がわいてくる。 一つの同じ地域にあるけれど別々のコミュニティー(街)のようにそこに立っている二つの世界が同時に存在する。  自らに偽りを持つ二人の主人公の偽りの生き方を描いてる。
 ボストンの同じ地,同じ環境で育った主人公コリンとビリーはそれぞれが違う目的を持って警察官になる道を選んだ。二人ともが優秀な成績で持って州警察へとたどり着く。 コリンはエリートとしての地位を着実にあげてゆく、けれどビリーは刑事として同じ州警察に配属されるやいなや重要な任務を任される。 それはボストンの町を支配するギャング,コステロを逮捕するためにそこへ潜入捜査することだった。 しかしそれを知るのは二人の上司だけだった。 ビリーはまもなくその極秘の任務という危険な道を歩むこととなり,警官としての顔ともう一つの顔を持つことを余儀なくされる。 優秀な刑事であるコリンもまた2つの顔を持ち,さらに危険な橋を渡ることになる。 ビリーは警官という身分を預け,ギャングの世界へ潜入捜査を始め,コリンはそのギャング,つまり二人に共通してつながるコステロへ警察内部の情報を提供し,忠義をつくすためにスパイとして警察の中へと潜り込むのである。
 先にも述べたようにこの映画は「インファナル・アフェア」という原作のもと作られたものである。 第一印象としてはオリジナルをハリウッド風にただアレンジした感じであったが、じっくり見ていくと奥が深いことがわかる。 実在の人物をモデルにされていたりとか、実際に起こったこととが物語の構成の一部として組み込まれていたりとか人物関係など目立った部分以外のところ、細部で異なるところがあり,作り手の意志が多く取り入れられているようだ。 人物関係でオリジナルとは違うところもあるのだが、非現実じみたところはない。 主人公二人ともがおかれている状況というのは実際にとても考えれるであろうことであるし、今回は舞台がボストンと設定されていて、アイリッシュ系アメリカ人に着目されている。 ここで語られる彼らについての事実や主人公たちが育ってきた環境というのはリアルなことであるだそう。 そうして実在の人物やボストンという地域の実態がストーリーの中に盛り込まれることでいることがこの映画の奥深さに深く密接していると思う。 相手をどれだけ欺くかがコリンとビリーに共通することであり、それによって孤独など精神的に追いやられるところもまた二人に共通するところである。 クールで刺激的なビジョンとおもしろさがとても印象的だ。
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by jd69sparrow | 2007-01-31 23:50 | 映画タイトル た行

ロング・エンゲージメント

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 時代は20世紀初頭のフランス、戦争の真っ只中である。 フランスとドイツは敵対する関係にあった。 戦争で遠くはなれた恋人たち、男たちは愛する者のもとへ自分の命を無事持ち帰るために戦い、女たちは彼らの生還をただただ信じ,待つのみである。 これは戦時中,万国共通であっただろう。 無事戦いから兵士たちが帰還し、再び会えることができたなら例えどんなカタチであっても涙あふれ,嬉しさこみあげることだろう。 それは奇跡がかなった瞬間である。 しかし、いつどこで何が起こるとも限らず,また命を奪いかねないのがこの「戦争」なのだ。 これによって人生の終幕が降りた者たちも少なくないはずだ。 しかし、「信じる」という思いはとても大切である。 それが支えとなるのだから。 戦争へと赴いていった人々が無事であるということを必死で願い奇跡を求める。 長い長い「エンゲージメント」が続く。 恋人と離れ離れとなり,知らされた事実をそのまま受け入れられず.何度も悲しみにふける。 
 兵士たち五人が軍内で命を代償に罰せられる時が来た、彼らは一人一人思う人がいて思う思い出があったに違いない。 人は守るべきものができたとき、どうしても帰らなければと強く願う。男たちの境遇は様々であるがその中に一人,若き兵士がいたマクネ。 彼には婚約を結ぶ愛すべき人がいた。 マチルドである、彼女がこの物語の語り手で主人公である。 歳も近く,幼き頃からのつながりが彼らの中にはあった。 しかしマクネの死がマチルドのもとに訪れるが、彼女はまわりが何と言おうとも彼の生還を強く信じ、愛とその知らせに謎を見出した彼女はその謎をどうしても解き明かしたかった、また“糸”をつなげたかった。 マチルドに知らされた事、また戦争へ赴いたマクネ自身には多くの人が関わりあっていて、真実へたどり着くには謎を解き明かす必要があり,長い長い距離が広がっていた。  “遠回りをすればいいこともある”。
  
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by jd69sparrow | 2007-01-30 11:56 | 映画タイトル ら行

ルパン

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 大怪盗の代名詞とも言うべきであろう“ルパン”は20世紀の初めに小説家モーリス・ルブランの手により冒険&推理小説の世界に登場した。 やがて日本のアニメにもその名が登場する。それはアルセーヌ・ルパンの孫という設定で描かれたものだと言う。 どちらにしても変装の名人で怪盗という稼業を営んでいる。 そしてそ神出鬼没で空気のようにつかめない存在である。手を簡単にするり抜けてしまう。 
 アルセーヌ・ルパン、彼はあらゆる宝を華麗に我が物とするが手を血で汚すことは好まない。とてもおしゃれで上品な紳士という顔を持つ,“怪盗紳士”なのである。 そんなルパンの命がけの戦いと冒険の物語が「ルパン」なのだ。
 フランス。 ルパンは幼少時代から戦う術を父親から学んでいた。 そして彼は怪盗の血を受け継いでいる。 その父親は何物かによって命を奪われてしまう。 月日が流れ、アルセーヌ・ルパンは怪盗へと成長する。 フランスのある場所に財宝が眠っていてその場所を指し示す手がかりがフランス各地に隠されていることを知った彼は魔女と呼ばれる女,ジョセフィーヌと手を組み,財宝を求め手がかりを追っていく。
 人を欺き,変装をし、ルパンは確実に 着実に標的をつかみとる。 宝を奪う才能だけでなく身を守る術を知り尽くす強さも持っている。 ルパンは恋をして,人を愛す。 そして目的を果たしていくけれど彼の中にはいつも父親がいて、その影を追っている。 さらに愛する父親の身に起こった悲劇が脳裏に焼き付いてる。 それに対する無念さもあっただろう。 父親の存在が消えぬがゆえに時に苦しむのである。 人間味のあふれる姿がそこにはあった。 そして彼の流す涙は宝石よりもとても綺麗に見えた。
 実写として映画に登場した「ルパン」。 原作となる「アルセーヌ・ルパン」のシリーズを個人的には映像として見たいところである。 今回の「ルパン」の物語は彼が怪盗になるきっかけから怪盗に至り,その直後が描かれている一部というか概要に過ぎないように思える。 変装の名人とされるルパン、華麗なる“手さばき”なるものをもっともっと見たくなるという期待が持てる作品であったと思う。 主人公が謎を一つ一つ解きながら宝を求めていく推理ものとしてのおもしろさ、見ている側も一瞬,目を欺かれてしまうような仕掛けもあった。 ルパンの父親についての深みがかったところも見受けられた。
 “血は親から子どもへと受け継がれる”。 その能力を発揮させられるかどうか、あるいはその力をどう使うかはその血を受け継ぐものしだいで、またその人にそれを引き出すきっかけが訪れるかもまた然り。
 ルパンとジョセフィーヌの関係は怪盗の同士であって敵である。 因縁というのは大げさかもしれないが少なからずそれに限りなく近いものを感じられ,二人は敵にも味方にもなりうる、また時にはどこか互いに惹かれるものがありつつも二人の間には一線や冷たい壁があるというのは変わることのように思えた。 それは両方ともが謎を一つ二つ常に持っていると感じさせられるところと言っていいかもしれない。  
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by jd69sparrow | 2007-01-29 23:53 | 映画タイトル ら行

あの頃ペニー・レインと

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 ブレイク寸前のロックバンド、彼らの音楽を愛し,彼らの取材をする少年とそのロックバンドにただのファンや追っかけではなくバンドを支援する“バンドエイド”という少女との旅道中。 舞台は1970年代前半のアメリカである。 主人公のウィリアムはバンドマンたちと出会い,最初はジャーナリストとして,しだいに仲間のように打ち解けていく。 そして彼はバンドのツアーに同行する少女に惹かれるのである。 一際輝く彼女の名前は“ペニー・レイン”、謎な一面を持つ“バンドエイド”だ。 
 ウィリアムは母親と姉であるアニタと三人で暮らしていたが、アニタは母親の手厳しさゆえにウィリアムの幼い頃に独立して家を去る。 アニタの残していった一枚のレコードで幼きウィリアムは未来への切符を手にするのだ。 まともな人間に育て上げることに熱心な母親、ウィリアムはそんな母親の奨めではなく、ロックへと興味をいだく。 そしてそれはある“夢”と変わる。 15歳になったウィリアムはロックバンドの評論家への道を歩み始めることとなる。 彼は音楽雑誌の編集長でロックバンドの評論をするレスターの紹介で夢の一歩というべく早速ロックバンドへの取材の仕事をもらう。 取材先でウィリアムは彼の好きなバンド“スティル・ウォーター”に出会う。 そこでリーダー格のラッセル、そしてペニー・レインと出会い、取材もかねてバンドのツアーに同行することに。
 ウィリアムはラッセルというギタリストと友情に近い何かを結び、いつも側にいるペニーに惹かれていく。 けれどウィリアムは自分の自立とも言うべく仕事を進めようと試みるが仲間たちと一緒にいることに楽しさを覚え,さらには母親からこれでもかといわんばかりの心配の電話がかかってきたりとその場その場を生きていくということで手一杯。 ウィリアムは優しさを持つ綺麗な心の持ち主と言えよう。 仕事と恋とがウィリアムの中にあってまだ子どもでありながらも一生懸命になる。 彼自身の成長もあるけれど、そんな彼の取材を受けるラッセルの中でも何かが変化していったようにも思える。 ウィリアムはバンドの面々から見たら“天敵”と呼ばれる、それは彼がロックバンドの雑誌に精通することになるジャーナリストだからである。 それでも当たり前にウィリアムは100%といえるかはさておき,バンドの仲間として受け入れられているという感じ。 
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by jd69sparrow | 2007-01-28 03:20 | 映画タイトル あ行

アメリ

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 フランスの町並み映し出される映画。「アメリ」。 ちょっと変わった物語である。 不思議で素敵な雰囲気を醸し出すラブ・ストーリーなのだ。 人生生きてきた中でほとんど人と関わることのなかった女性が自分の世界から外の世界へと旅立つまでのお話。 変わったことに興味を持ち,それを好きになり日課となる。 主人公はアメリ・プーラン、彼女のまわりに出てくる人たちも細々と説明される。 人物紹介といえどシンプルに好き嫌いの二つであって他の長い説明は抜きである、それについては物語が進めば見えてくるのだから。 
 アメリはプーラン夫妻のもと生をうけた。 父親は元軍医で母親は元教師、父親は少し冷ややかだし母親は神経質。 そんな環境下で生まれ,育てられたアメリは同じ年頃の子どもたちと外で元気に遊ぶこともなく,机を並べて学ぶこともなく非常に限られた人たちの和の中でもって生きてきた、そのため大人になっても彼女は人とのつながりが中々とれないことに悩まされることになる。 そして幻想すら見えてくる。 彼女の心の中は次々と起こる不思議な出来事でうめつくされいつしかそうなっていく。アメリはカフェで働く毎日で人とつながりを持つことは少なく自分の世界の中にひたっている。 人と付き合うことが苦手なアメリが自分の力で自らの人生を切り開いていく様子を描いている。 
 ある一つの発見で自分の人生を変えるの可能性をえたアメリは少しずつ確実に明るいものへと変化をしていった。 彼女は誰かの力になろうと考え始める。 人々へそっと光をあたえるのだ。 悩みをかかえた人たちにそうして助けていくことで自分も何かつかめるだろうというふうな希望と期待とがあったのだろう。 ちょっと不思議な世界にいるかのような感覚で楽しめることができる。 主人公の独創的なアイディアが人々の力となっていく。 しかし彼女は自分のことに対してはとても不器用。 彼女はやがてニックというこれまたちょっと変わった趣味を持つ青年と出会う。 ニックに想いをいだきはじめる、近くにいるけれど今まで人とつながりを持つ経験に乏しいアメリは不器用さゆえに一歩を踏み出すことができない。 その一歩を踏み出すのまわり道をするけれど、まるでゲームを楽しむかのように様々なわくわくさせるような方法でニックとやりとりをしていくのがとてもおもしろい。 ニックに次々と謎を解くヒントをあたえていき,その行き着く先にアメリがいる。 そういう発想はとても素敵なものである。 結果、アメリのそういった謎をふくませた行動が相手を惹きつけていくのだと思う。 
 
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by jd69sparrow | 2007-01-27 18:49 | 映画タイトル あ行

電車バトン。

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 ようやく冬らしさがうかがえる季節になってきました! そして年が明けて早くも一ヶ月がたとうとしています。 お正月もあっという間に過ぎていきました。

 いつもお世話になっているnon_non21様よりいただいた「電車バトン」です。

 ではでは、早速やってみようと思います!!


 

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by jd69sparrow | 2007-01-26 03:52 | バトン

フレンチなしあわわせのみつけ方

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 幸せはいつの間にか過ぎてしまうけれど、過ぎさってしまった後でも案外自分の近くに見つけられるものなのかもしれない。 幸せをあきらめかけていても前を向いていれば必ず幸せは見つかり心の底からそれを求めていればきっとみつけることはできるだろう。 それは少し離れていたりわりと自分のすごく近くだったりすぐ隣だったり、そしてふとした瞬間だったりする。 見つけた瞬間もまた幸せの一つであるといえるのではないだろうか。 「自分の目に映る現実が幸せとはいいにくいものであっても強く願っていれば必ず幸せは訪れる」というメッセージがこめられているように思えた。 この映画の主人公のその幸せとの出会いというのはとても素敵なもので現実にはなさそうにも思えるけれど、でも絶対ないとも言い切れない。 もしこんな出会いがあったら本当に素敵なことだろう。
 ガブリエルとヴァンサンは結婚をし結ばれてからは8年という月日がたっていた、もちろん子どもがいる、ジョセフである。 ヴァンサンは理想の人を求めていて幻想を描いている、ガブリエルはそんなヴァンサンのかたわらで現実を見ている。 ヴァンサンのやっていることがわかっていても何も言わないでいる。 二人の間にはいつの間にかすれ違いが起こり、幸せから離れている状態に陥っていた。 それでも愛は形を残していたけれど温かくはないようであった。 現実にしあわせを中々見出せないでいるガブリエルは心のどこかでしあわせになることを強く臨んでいたことだろう、何度も自分のいる場所からしあわせをみつけようとする。
 現実という事実をわかっていてもそこをさけて進むことしか考えられない。 けれどそれでもガブリエルはヴァンサンをどこか信じていたように見える。 ヴァンサンは現実の中に幻想を見ている、まわりの同じような状況におちっている人しあわせは全部消えいていってしまったかのようで実はまだどこかに隠れている。 
 ここに登場する男たちは理想を描きそれを追い求めていく現実の世界そのままを見、彼らを見ている。男性側と女性側の両方の視点からそれぞれの幸せへの見方や価値観が描かれている。
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by jd69sparrow | 2007-01-24 02:46 | 映画タイトル は行

SHINOBI-Heart Under Blade-

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 古くは平安の時代から“忍”は存在したという。 また、“忍”には伊賀と甲賀という2つの有名な一族がいた。 彼らは山里に暮らし主君のために忍術を持って任務を果たす影に生きていた。戦うことが彼らの生きがいかのようでそれが定めのように思える。 時代は徳川家が天下をとり戦国の世から泰平の世へと変わろうという時代だったのだ。 「SHINOBI」では対立する伊賀忍者と甲賀忍者の戦いと敵同士である各々の上に立つ二人の若者どうしが愛をお互いに心にいだきつつも戦わなければならないという運命へ立ち向かい戦う物語であり、日本史風「ロミオとジュリエット」といったところだろうか。
 伊賀忍者・朧(おぼろ)と甲賀忍者・弦之介は二人とも400年もの間お互いを憎み,敵対してきた忍者の里で生き,棟梁の後を継ぐ者どうしである。 しかし敵どうしでありながらも二人は恋に落ちる。 けれど現実は厳しくてそれはカタチのなさない“夢”そのものでしかないように思われた。 定められた運命、敵対する関係にある二人の環境は厳しいもの。 戦いをのぞまない二人は2つの忍の里をたばねる代々その名が受け継がれている服部半蔵を通して下された命により,主君というべき徳川家康の跡継ぎをかけて戦いを余儀なくされる。 朧(おぼろ)と弦之介は愛を守ることができるのだろか、そして二人を待ち受ける運命とは-。
 モダンな風味で色づけされた日本史を背景に描かれた物語。 主人公の二人は鮮やかな色に包まれ、そして全体として時代の鏡ではなくその時代をもとにされながらも自由に創造された忍という感じである、そして徳川家康や服部半蔵などの実在の人物たちを見ると泰平の世へと変わる時代のものと考えさせられながらも現代的でもあり、歴史を語るものでもあると想像できるものである。 この忍の忍術や能力は人間離れしたような力を持っていてまるで漫画の世界を思わせるものが見受けられた、しかしその忍術一つ一つを見るのもとても楽しいかもしれない。 忍は同じ仲間の一族であっても実に様々。 これは和風「X-MEN」とでもいえそうなものである。
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by jd69sparrow | 2007-01-21 03:10 | 映画タイトル さ行

岸辺一徳

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 数多くの映画で主人公を支える人物であったりとあまり目立つ役どころは見られないけれどでも確実に実力派の役者であると言えるだろう。 主人公などといった中心となる人物がいてその傍らにいるけれど印象に残る,おもしろさと実力の幅の広さを感じられる。
 出演する作品には様々なジャンルがあるけれどどんな映画でも自然と溶け込むことのできるのが岸辺一徳という俳優だ。 普通、役者の印象というのはその人が出演した中で特別輝いたものが強く残り,それを基準に考えたり、また今までの出演作品のジャンルを平均してとか特に多く出演が多いジャンルでイメージを決定付けたりするが彼は何物にも偏ることはない。 ただどことなく素朴な味が出ているように見える。そのしゃべりも渋さと素朴さを兼ね備えたもの。 それはきっと役者としての持ち味だとかその人の役の演じ方なのだろう。 コメディに出ればコメディ俳優にしか見えないし、ミステリーに出ればその中で生きる俳優として映る。 また、シリアスなストーリーで悪の親玉に扮すれば恐ろしい悪役へと違和感なく役どころのままのイメージで映し出される役者であると思う。
 数年前だろうか、パソコンのコマーシャルでは“動”と“静”であれば“静”のカラーでのコメディアンといった感じの役どころがとても印象的。 ボケとツッコミで言えばボケのポジションで相手とのコンビネーションもとてもおもしろく、あっているし配役の組み合わせも意外性にとんでいて良い意味で忘れがたい。
 「座頭市」や「犬神家の一族」といったシリアスなもの、「フラガール」や「ゲロッパ!」という明るいものまでと印象に残るもの,心に残るもののなど存在感ある映画作品の出演が多く見受けられる。 
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by jd69sparrow | 2007-01-16 18:35 | 日本の役者

クールな男たち

 クールでかっこいい男たちの映画を二本紹介したいと思う。 「ラッキナンバー7」と「ディパーテッド」である。

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ラッキナンバー7(原題「lucky number slevin」)
 2007年、つい先日公開された映画「ラッキーナンパー7」。 これはジョシュ・ハートネット、ブルース・ウィリス、モーガン・フリーマン、ベン・キングスレー、ルーシー・リュー共演のサスペンスである。 意表をつく物語の結末にご注目。 最後でくつがえされるのだ。 真実は最後に衝撃として明らかにされる。 第一印象ではわからない、中々真なる道筋が読めない作品自体もクールで斬新である。(以前の記事lucky number slevin」)

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ディパーテッド(英題「the departed」)
 香港発の映画「インファナル・アフェア」のリメイク版。 監督がマーティン・スコセッシ、主演の二人がレオナルド・ディカプリオとマット・デイモンで共演にはジャック・ニコルソンなどといった顔ぶれである。 ディカプリオとデイモンのまさに競演、どちらも裏を持ってそれぞれがお互いにとって敵地である場所へ潜り込むクールなスパイといったところだろう。 ジャック・ニコルソンの頭のきれる悪役っぷりも期待期待ができそうだ。 公開は2007年1月20日である。
 関連記事:「インファナル・アフェア」
      「インファナル・アフェア 無間序曲」
      「インファナル・アフェア 終極無間」

 設定こそ違うけれどこの2作品には共通点がいくつかあるように思える。 それは物語の道筋の立て方や出てくる人物のかっこよさや頭脳の高さなどである。 
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by jd69sparrow | 2007-01-14 02:21 | インフォメーション