デトロイト・メタル・シティ

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<イントロダクション>
 ヘビーメタルという音楽ジャンルの中にデスメタルというものがある。DNCこと“デトロイト・メタル・シティ”はそこに属するバンドである。 その奇抜なスタイルが印象的だがテーマは理想と現実の中でおの葛藤だ。 作り手たちの狙い通りDMCのボーカルの姿で主人公宗一というギャップがおもしろい映画である。 笑いどころ満載で見ごたえもある。

<あらすじ>
 根岸宗一はオシャレなミュージシャンになることを目指し、故郷である大分から東京へとやってくる。 根岸の目に飛び込んで来たのはミュージシャン募集のポスター。 そこには“デスレコーズ”と書かれていた。 この瞬間から根岸が目指している道とはかけ離れた方向へと彼の運命は動き出していた。
 気づくと根岸は“オシャレなミュージシャン”…ではなく、デスメタル系バンド”デトロイト・メタル・シティ”こと“DMC”というバンドの一員になっていた。 口から出てくるのは過激な言葉。 ド派手なメイクと衣装に包まれた格好… 自分がやりたいことと違うことをやらされる日々… 理想と現実とのギャップの物語である。

<感想>
 笑いどころ、ツッコミどころがいっぱいのコメディ映画。 まずはjめに三つの視点からこの作品を見ることができる。 コメディとして、音楽モノとして、そして青春ドラマとして…とこのように分けられる。 ツッコミどころとしては、なぜ主人公はフォークソングとは全然異なるであろう,デスレコーズという名のレコード会社の募集告知に惹かれたかといこうこと。 そしてDMC結成の過程が大変気になるところである。
 作り手たちの言葉にあるとおり、また最初に触れたように夢と現実との違いに思い悩まされる(主人公が)ギャップがここでのコメディを作っている。“クラウザー二世”というDMCでのもう一人の自分を持つ根岸。 二人の自分の境界線が絡み合って、時に根岸は混乱に陥る。 それが、根岸の時だけでなく,クラウザーの姿をしているときにも表れる。 主人公自身は必死に深刻に悩んでいるのに、クラウザーのままそれがカタチにされるので、非常におもしろい。 ライブの時はクラウザーで、私生活は本当の自分と分けているけどだんだん分かれ目がなくなり、クラウザーの格好をした根岸があちらこちらを走り抜ける。 どこへ行っても目立つその姿で、座敷の上でかしこまったり、和やかな歌に合わせてステップを踏むなど…・ もっとおもしろことに、“クラウザー”をいろんな方法で活用しているという。
 優しい音色の温かい歌で、人々に希望を与えたいと願う根岸にとって、デスメタル・バンドは望ましくない。 皮肉にもそちらでの自分は多くのファン達に追いかけられ,力を認められているのに自分が本当に目指している音楽では、お遊戯呼ばわりされてしまう。 それでも心から望んでいる道へ進みたいと所属している会社の鬼社長に話を持ちよるが、跳ね返されるどころか、痛烈なパンチをっくらう。 そのコントのような光景が強く心に刻まれる。
 社長は鬼だけど、その強烈さが逆におもしろい。根岸にしていることがいかに,ひどくてもその行動一つ一つには社長の思いがある。 だから彼女は憎めない。 そんな社長に洗脳されてか、根岸は心までもがクラウザーになる瞬間がある。 まさに覚醒したかのように。 自分を見失っているはずなのに格好よく見えてしまう。 社長の策略家らしさが窺える。
 自分のいるべき場所、必要とされている場所というのは必ずしも自分が思っているところというわけではない。 むしろ、自分の意志の届くところではなく、まわりの人々がその人へ示すものなのだと思う。 デスメタルとコメディという派手めなカラーが目立つけれど、ストーリーやその中に込められているテーマは始めから終わりまで,リアルである。 笑って泣いて楽しめる物語だ。

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by jd69sparrow | 2009-02-25 02:50 | 映画タイトル た行

ヘルボーイ:ゴールデンアーミー

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<イントロダクション>
 確かにこれまでのアメコミ映画とは味が違う。 まず第一に、現代劇でありながら異世界の住人達が多く登場すること,第二に“ヘルボーイ”は地獄生まれであって人ではないが、とても人間味のあるキャラクターで人間界を破壊する運命を持っているが、人のために戦っている。 第三に近年のヒーローものというよりも『スターウォーズ』の旧三部作を思い起こさせる点である。 現代的なカラーもあるけど、古き良き時代のカラーも組み込まれていると感じられるからだ。 作り手の少年時代から愛し続けたというモンスターもののインスピレーションがここに活かされているのだろう。 
 ヒーローたちの戦うかっこ良さだけでは心には残らない。 随所にドラマ的な部分や笑いが用意されている,そんな作品だ。

<あらすじ>
 ヘルボーイこと,アヌン・ウン・ラーマ,通称レッドは体から炎を出し,それを操るリズと、良き理解者で人の心を読む能力を持つ水棲人エイブと共に秘密機関BPRPの指揮下で日々,魔物たちから人々を守る使命を果たしている。 一方で遥か昔人類により仲間達の多くを滅された,エルフ族のヌアダ王子は人を恨んでいる。 彼はかつて,そのあまりにも強く恐ろしい力のために封印された軍団,ゴールデンアーミーをを復活させ,人類から大地と人により失われし,過去を取り戻すことを誓う。 どんな手段を使ってでも。 世にも恐ろしいヌアダの計画をヘルボーイたちは新しい仲間,ヨハン・クラウスとヌアダの双子の妹で善良的なヌアラ王女と阻止するべく立ち上がる。

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by jd69sparrow | 2009-02-24 01:56 | 映画タイトル は行

252 生存者あり

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<イントロダクション>
 冒頭で語られる聖書の「ノアの洪水」の言葉からの引用がなんとも印象深く、これぞまさしく,この物語を表す言葉としてふさわしい意味ある言葉と言っても過言ではない。 その言葉には“私との約束を人が思い出すとき、洪水はやむ”という風な言葉がある。 “私との約束”、つまり創造主が人と交わした“契り”。 主と同じ形でかたどられ,作られた私達人間は、主から与えられた自然、人類以外の生き物たちを守ることが神と人とが結んだ約束だったと思う、
 どこかに書いてあったが、最近の異常気象はためらいもなく森林伐採をなどを行ったりなどの人の行いも一理関係があるのではないかという懸念も頷ける。 つまり、神との約束を人が守りきれていない,その結果が『252』での自然災害と考えられる。
 これも誰かの言葉にあったが、自然の驚異というのは、いくら推測をしても人間の想像を超えてしまう。 そして、突然襲い掛かる脅威にいかに向き合っていくかが、この作品で語られるテーマの一つだと言えよう。
 
<あらすじ>
 地震がおきてまもなく。 その勢いが収まり、接近とそれによる影響で海が日本の首都・東京に牙を向ける。元・ハイパーレスキュー隊員の篠原祐司は、娘の誕生日祝いをするため,仕事帰りに妻子と新橋で待ち合わせするつもりだった。 その矢先、突如として起こった自然災害に、巻き込まれてしまう。 ゴルフボール大の雹が降り始めたかと思うと、海から押し寄せてきた大量の水が洪水となって 街を襲ったのである。 篠原一家は一度それにより、引き離されている。 祐司はなんとか娘と再会するが、待ち合わせ場所だった地下鉄の奥深くまで,追いやられ 閉じ込められてしまう。 祐司たちは同じように生き残った大阪から上京した小さな会社を経営する藤井、ホステスのスミン、そして研修医の重村と共に地上からのレスキューを待つしかなかった。 長い間、溝が出来たままの祐司の兄・静馬の助けを。

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by jd69sparrow | 2009-02-23 23:23 | 映画タイトル な行

Blonde Ambition

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<あらすじ>
 ケイティは一つの恋に裏切られてしまう。 気が落ち込むケイティが友人の励ましで失恋をたちきり、大人にになるため,企業への就職を考える。 礼儀やマナーをあまり知らないケイティだったが、仕事を見つけ,勤めることになった。 上司のロナルドのもと、早速仕事を始めるケイティ。 だが、身なりなど何から何までまだ子供のままのケイティを見た上司達はケイティを長いブロンドの似合うオフィスレディに変身させた。 しかし、まだ右も左もわからないような状態のケイティは中々思うように仕事をこなせず、壁にぶつかる。 そんな時、彼女の力になってくれたのが、初めてオフィスに行く日、工事現場に突っ込んだ彼女を助けてくれたベンだったのだ。 ケイティは恋をして、失敗を繰り返しながら次第に成長していく。

<感想>
 ケイティが働く職場には優しく,彼女にとって頼もしい上司もいるが、意地悪で腹黒い上司達もいる。 後者の上司達はまるでハゲタカのごとくで、欲がつきない。 当然、最初は仕事で足を引っ張っていたケイティの成功は気に食わない。 彼らは最後までその意地の悪さを崩さないのである。 彼らにとって手荒な手段に投じることなく,正々堂々仕事でケイティたちが打ち負かすことがとても爽快だ。 その上司たちの嫉妬心がむき出しになり、感情が爆発する場面もある意味おもしろいというか見ものである。
 ケイティが彼女だからこそ出せる力で、また奇抜な方法で失敗かと思われたプロジェクトを成し遂げるのもおもしろいし、何より最初と最後ではケイティは大きく変化していて、何も知らない状態からたくましい大人へと成長していて,見た目と中身に差がなくなり(彼女が会社に着たばかりは見た目こそ,オフィスレディだが、中身がともなっていない)、ゼロからキャリアウーマンへと進化を遂げるというのが一番の見所だ。
 恋と仕事を両立させるという一言で終わるものではなく、恋と今までに培ってきた経験とがケイティに力を与えているのだという瞬間、とてもキラキラ輝いている,そのときがとても印象的でこれもまた魅力的。
 ラブストーリーとサクセスストーリーとのコラボレーションである。 ここで一つ思うことは恋の力は仕事への成功へもつながるのだということだ。
 ケイティへ彼女が失ったもの以上に、彼女にとって大きな大切なものが贈られる。 それがこの作品において、何より最高だ。

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by jd69sparrow | 2009-02-22 22:22 | 映画タイトル は行

スターダスト

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<あらすじ>
 主人公トリスタンはちょっと頼りなく、どこにでもいるような青年である。 特にとりえはなく、恋愛もしえいる。トリスタンは愛する恋人の誕生日が控える少し前、彼女にある約束をする。 それは村から少し離れた場所に落ちた流れ星のかけらをプレゼントすること、そしてその後に結婚をしようということである。 そこでトリスタンは村の外れにある壁を越え、その向こう側の世界へ出ようと考えた。 父親の力を借りて、なんとか村の外に出ると、なんとそこには星が堕ちた形跡があり、そこには光り輝く女性の姿があった。 その人こそが流れ星であり、トリスタンは流れ星ごと村へつれて帰ることを考え、村へ進路を向けるが、その道中には様々な障害や道を阻むものが潜んでいた。
 魔法の国の国王の息子たちや流れ星の力を知りつくす,欲深く邪悪な魔女三人組、そして意中の人という関係を深めたい青年。 流れ星をめぐり、彼ら一人一人の思惑がありぶつかり合う。 ある者たちは王座を狙い、ある者たちは永遠の若さと美をえるために、そしてまたある者は恋人と愛をはぐくむために。

<感想>
 トリスタンと流れ星イヴェインは共に旅を続け、幾度となく魔女達の魔の手による危険にさらされる。 そしていろいろな人々と出会う。 魔の手から逃れていくというスリルと、彼らを助け,力となってくれる人に出会う冒険が見所。
 そんな中で、頼りなくてイヴェインに対して、恋人へのお土産としか見ていなかったトリスタンが旅を重ね、本当に守るべき人を知り、たくましく騎士として成長していくさまも、この映画の魅力といえるだろう。 ただの平凡な村人の青年が魔法の世界の色にそまり、新しい自分に生まれ変わるのだ。
 本当に自分にとって大切な人を守りたいと強く願い、自らの力を神事さえすれば、どんなに敵が強く見えても、強き思いと意志という力の刃で敵を貫くことが出来る。
 冒険ファンタジーならではのおもしろさもある。 でも、それだけがこの作品の魅力ではない。 ロマンティックな要素があちこちにちりばめられているのだ。
 恋人ヴィクトリアのためにスターダストを持ち帰ろうというトリスタンの思いもさることながら、個人的にはイヴェインの告白のシーンもロマンティックに思えた。 普段は中々素直になれない,彼女が思うことを本心で語るということはもちろんだが、魔女の魔法で動物の姿に変えられていたトリスタンが実は、その彼女の告白の言葉を理解していたことを、魔法に溶けた後,彼女に告げる瞬間である。 イヴェインは動物の姿にトリスタンが変えられていて、そのトリスタンは言葉がわからかったと思い込んでいたから、正直な気持ちを話したわけで、実際はトリスタンとしては,とても美味しいひと時だったのでないかと思う。 村で待つヴィクトリアのことばかり考えていた彼にこのとき既に変化が起きていて、目の前にいる人(イヴェイン)が運命の人なのだということが確信となった瞬間だったかもしれない。 だから、死へ向かおうとしていた,イヴェインを必死で,また命がけで守ろうと努めている様子から、トリスタンの本気さや真実性が伝わってくる。
 冒険ファンタジーであり、どこまでもロマンティックな物語である。

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by jd69sparrow | 2009-02-21 21:13 | 映画タイトル さ行

少年メリケンサック

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<イントロダクション>
 パンクミュージックとは、衝動と魂。 音楽に衝動と魂を載せて…というか、自分の中にこみ上げる思いを,力の限りぶつける。 気持ちをそのまま歌で表現する。 言葉よりも“歌う”ことで、“叫ぶ”ことで。 この思いを理解して欲しいと観客に訴えるかのように。 そんな、パンクへの印象を受ける映画である。 
 パンクという言葉を知っていても実際、どんな音楽かを知っているかどうか。 ロックは長く愛され,世代に関係なく知られていて,知らぬ者はいないのではないかと思う。 パンクの復活と“少年メリケンサック”の復活の物語。 主人公ににとっては嫌いで、避けたいはずなのに何故か引き込まれるところがあり、はまっていく話。

<あらすじ>
 かんなは音楽会社に勤める契約社員。 仕事の成果が中々あげられぬまま,契約期間も切れようとしていた。 そんながけっぷちのかんなは最後の賭け,頼み綱となろうパンクバンドを発見する。 “少年メリケンサック”である。 彼らの専門はパンクだが、かんなはパンクを知らずに動画サイトで見つけた“少年メリケンサック”を社長の時田に今度こそと言わんばかりに売り込む。 歌もバンドも決してうまいとは言えないが、ベースのアキオはかなりのイケメンであることに,かんなは惹かれた。 そして、社長から返って来たのはなんとゴーサイン。 “少年メリケンサック”のメンバーに声をかけ,全国ツアーとアルバム一枚を作ることが、かんなの仕事であり、使命となった。 が、しかし。 かんなは大きな勘違いをしていたことを思い知らされる。 それはアキオを訪れたときである。 若いイケメンではなく、かんながあったその人は中年オッサンだったのだ。 目を疑うかんなだったが、かんなが見た動画をその人に見せると、25年前の自分だと言う。 しかも、他のメンバーたちを集めるも当時の面影を残さない,飲んだくれのベーシストもいれば,言葉もろくに話せないボーカル…紛れもない現実であり,事実であった。
 とんでもないミスをし、焦るかんなの思いとは裏腹に動画の中の少年メリケンサックは今、どんどん注目を集め,10万にも及ぶ人々の目に映っている。 そして全国ツアーまで決まっていてあとに引けない、状況に立たされたかんなは“25年前を越える”というアキオの言葉を信じ、全国ツアーを敢行する。

以下、ネタばれ注意です。

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by jd69sparrow | 2009-02-20 18:02 | 映画タイトル さ行

幸せのレシピ

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<イントロダクション>
 どんなに仕事に励み、一人で生きていくことに,また自分に自信を持っていても やっぱり人は一人で生きていけない。 今は大丈夫に思えても誰かが必要になる時が必ずやってくる。
 話の舞台・はじまりは料理店の厨房。  そこで一匹狼のごとく、日々コックとして働く一人の女性の物語が『幸せのレシピ』である。

<あらすじ>
 ケイトはレストランの厨房を取り仕切る料理長。 プライベートよりも毎日料理を作り,実績をあげて立派に生きていくことの方が彼女にとっては大切なことだった。 ケイトには一人の妹がいる。 仕事一筋で生きる姉とは正反対な妹には娘がいてとても家庭的な人柄だった。 しかし、ある日 交通事故にあった親子は子供が生き残り、母親であるケイトの妹は命を落としてしまう。 娘ゾーイを預かることになったケイト。 職場には新しいコックがやってくる。 ニックは仕事もできれば,ケイトとは逆に自らをルールがためにせず、気さくな人柄だった。 これまで他人とは一線をおき,プライドの高いケイトの自ら作った目の前の壁は、ニックとの出会いにより,少しずつ崩れ、その壁は低くなり始めていった。

<感想>
 ケイトは自分の料理場を守り、おいしい料理をつくる。 文句をつけた客にはぶっきらぼうで挑戦的な態度をくずさない。 自立しているけれど、ガンコでもあり,あまり広く交友関係を作ろうとは考えていない。 それゆえに悪く言えば、自分のこと以外は、目に入らない人間である。 でも、心の奥底では、まわりの目のことを気にしてていてそこへやって来た,ニックが彼女のもとで働くコックたちと楽しくコミュニケーションをとっている光景が気にかかる。 しかし、自分に対してさえも好意を持ってくる,ニックにやきもちをし、(ケイト自身の)テンポが変わっていくことに戸惑う。
 生活面においても、共に暮らす妹の娘ゾーイとのコミュニケーションがうまくいかない。 職場とプライベートで中々思うようにいかないケイト。 やがてゾーイがニックと友達になり、二人の存在意義や二人が自分にとって大切な人たちであるということがわかってくること、固かったケイトが自然と,だんだんとその固さがほぐれていく。 その様子・過程が見所かもしれない。 今まで人と深く関わることを拒んできたせいか、プライドが高くて、いざ人と付き合い始めるとそのプライドが邪魔して中々うまくいかない。 それまでケイトが生きていた過程はどうあれ、共感できるところと言えるかもしれない。

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by jd69sparrow | 2009-02-19 20:31 | 映画タイトル さ行

フェイクシティ ある男のルール

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<イントロダクション>
 私達が平和に,また自由に暮らしていくために手を汚している人たちがいるという話に驚きを感じはするが、恐ろしくもあり,納得も出来るような気がする。 こういった人たちは正義と悪の原理のように辛い状況下にある。 ロス市警の内部とギャングたちの集うロスの闇の部分が描かれているのが本作である。 『トレーニングデイ』で見れるような陽の当たらない雰囲気を連想させれるという感想を持った。 それもそのはず、『トレーニングデイ』と『フェイクシティ~』は作り手という点でつながっているのだ。 例えるなら、デンゼル・ワシントン演じる先輩刑事アロンゾが トム・ラドロー刑事を取り巻く刑事仲間達、もしくはトムの上司・ジャックで、イーサン・フォーク演じるジェイクがトム(仕事の取り組み方としてアロンゾに近いかもしれないが)。
 主人公は自分の良心にという名のルールに従い、捜査をする。 そのために手荒くもなるし、彼には法はあまり重要ではないようである。 しかし、刑事として助けを必要としている人を救うという警察の責任を強く心に持っている。 彼の思いを裏切るかのように市民を守るべき警察という職場には腐敗した部分があった、主人公がそんな暗黒面と戦う物語である。

<あらすじ> 
 トム・ラドローはロス市警に勤める私服警官(刑事)。 捜査は誰の力を借りるわけでもなく一人で現場に突入し,常に自分の身を投げ出すかのごとく銃を放つ。 さらに情報を聞き出すことも,容疑者達を法の下に罰することなくひたすら撃つという彼のやり方に仲間達は良くは思っていなかった。 ラドローが荒いやり方でチームで取り組むべき捜査を乱そうとジャック・ワンダー警部だけはそんな彼に手を差し伸べ、その上尻拭いをすることを惜しまない。 なぜならワンダーにとってラドローは大事な部下であり,警察の戦力だからだ。
 ラドローは昔、ワシントンという相棒がいた。 今ではワシントンとは犬猿の仲だが,彼が命を落とした時 ラドローは彼の死を悼んだ。 かつての仲間を思う気持ちは今も直,ラドローの心の片隅で行き続けていたからである。
 ラドローはワシントンの死をきっかけにその事件の真相をつかみ,ワシントンの無念を晴らそうと捜査をすることに。 そこには信じられない、彼が信じてきたものが崩れ去れかねない衝撃的な事実が隠されていた。

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by jd69sparrow | 2009-02-18 17:50 | 映画タイトル は行

Bee Movie

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<イントロダクション>
 蜂といえば、一つの巣の中で育ち,大人になれば蜜を取りに行き、ハチミツ作りをして女王蜂のために尽くした後、生涯を終える。 言い換えれば、女王・王族に生涯を捧げ、死を迎えるその日まで仕えるということになる。
 主人公はもちろん蜂。 一匹の蜂が自分のいる世界と人間世界を行き来するという冒険と、大きなことにチャレンジし、そこから多くを学ぶことで主人公は成長していくという映画である。

<あらすじ>
 バリーは学生生活を終えた。 その先に待っているのは就職。 蜂の仕事は限られており,たくさんある仕事を一つ選べば、一生その同じ仕事を続けなくてはならず,作業自体も単純なもの。 そんな単調な人生を歩むことに疑問を持っていたバリーは人間の世界へ飛び出し,人と口を聞き,蜂の掟を破ってしまう。
 命の聞きから救ってくれた人間のヴァネッサに恋をする。 そうして人間の世界へ通うようになったバリーは自分たちが毎日作っているハチミツが人間に悪用されていることを知り、ハチミツ業者の人間達とぶつかり合う。

<感想>
 バリーは自分と同じ,蜂の仲間たちを守ろうと努力をする。 そのために障害を乗り越えていくけれど、良かれと思ってとった行動が必ずしも吉と出るとも限らないことを知る。 バリーは先が見えているようで見えていなかったのかもしれない。 やがて、蜂と人間との関係性、その重要さが目の前に見えてくる。 これは私達人間に、そのまま当てはまることだと思う。 アニメーションを媒体にすることで、優しく大人にも子供にもメッセージが伝わる。
 人の役に立とうと努力する、失敗する、その失敗をバネにさらなる努力を重ねて成功へとつながるというサークルは人が、生き物が生きていく中で一番大切なこと。 バリーは何度も失敗を重ねて成長していく。 失敗を味わったゆえに自分が思い描いていた以上のかけがえのないものを得る。
 同じ生き物、人なら人,蜂なら蜂tの間でしか言葉は通じ得ないのが現実で、映画などの物語でも、動物の主人公やキャラクターが仲間同士では言葉になっているのに、人間と話そうとすると鳴き声にしか聞こえないというパターンがほとんどを占めていようだけど、ここでは違う生き物であっても同じ言葉で通じ合っているのが、とてもおもしろい。
 蜂たちが人と同等に渡りあい、戦うという不思議だけど自然にも見える様子が描かれているのだ。 だから、蜂が人を訴えている事柄を大勢の人々が聞き、話に引き込まれている図は架空の世界だと見るからにわかっていても、やっぱり楽しい。

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by jd69sparrow | 2009-02-17 16:24 | 映画タイトル は行

ミーンガールズ

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<イントロダクション>
 中学生や高校生時代など子供の頃のモノの見方を覚えているだろうか。 “その頃の考え方は大人になると忘れてしまう。ゆえに子供の気持ちをわかってあげられない時がある”というような感じの作り手の言葉にあるように、人は大人になるにつれ,少年少女時代のモノの見方を忘れてしまう。 そんな忘れてしまった少年少女時代を見直すことや自分が子供を持つようになったとき、見ると良い作品と言えるだろう。 主人公は高校生。 彼らがどんな目で社会を見つめ、友達との関係を始めとした,考えを持っているかをコメディとヒューマンドラマというテイストであがいてる。

<あらすじ>
 アフリカからアメリカへやって来た,ケイディは家族教育の中で育ち、突然 高校へ通うこととなる。 両親の愛情のもと,育ったケイディ。 彼女にとって全くの異空間へ飛び込む。 そこで最初に出来た友達が変わり者と呼ばれる,ジャスミンとダミアンだった。 そしてケイディの目に入ったのが“レジーナ”をリーダーである,学園アイドル三人組。 三人に声をかけられたケイディは,ケイディだけでなくジャニスたちに,過去に嫌な経験をさせた彼らに復讐の話を持ちかけられ、ジャニスたちとレジーナの間を行き来するようになる。 ケイディは早速復讐を実行にうつすのだが…

<感想>
 多くの面で共感のできる映画である。 特に主人公と彼女を取り巻く人たちに対して。 一番共感できるのが友達どうしの人間関係についてだ。 相手にどんな気持ちで付き合っているのかや、影響されること、相手にどんな思いであっても不思議と生まれてくる感情などなど。
 主人公ケイディもにんげんだから、間違いも犯す。 間違いや目の前の問題にどいう向き合うか、そして逆にそんな間違いを起こしてしまった経緯にも理解できる。 
 はじめての環境でもそうでなくても、自分を見失わず、常に自分を持っていることは難しい。 ケイディがそんんなところに入った時、感じたのであろう,心細さは心にしみるようだった。 自らコミュニケーションをとろうと努めても,報われないとき感じる感情、周りに溶け込むことで必死になることは,とてもわかるような気がする。 特に後者は誰にでも一度は経験があるのではないだろうか。 
 この作品のテーマは自分を容姿から考えに至るまでつくろわないで、また,自分を見失わず 自身に正直になることの大切さだと思う。 自分らkしく、そして素直になって気持ちを相手に伝えれば,相手も理解してくれるし、その場にいなくても理解してくれる人はきっと現れる。 自分を偽るということは重荷を背負うことになる。 それをやめたとき、縛られた鎖が取れるかのように解放され、身も心も晴れることだろう。 人の心理描写が鮮明に,コメディ風に描かれている。
 楽しみながら、共感できるストーリーである。 レジーナは“ミーンガールズ(意地悪な女の子)”だけど、それは最初,表に出ているに過ぎず、ライバル心を抱く相手・ケイディへの友情は信じていたと思う。 ライバル心が意地悪なことをさせてしまうといった具合だろうか。 本心では表とは逆のことを思っているのだろう。 ケイディもレジーナに対して、良い感情は抱いていないけれど、どこかでレジーナを認めている。 だからこそ、影響を受けたのだと思う。

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by jd69sparrow | 2009-02-16 23:30 | 映画タイトル ま行