きみが僕を見つけた日

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<イントロダクション>
 切ない印象を受けるものは,やはり切ないけれど ほのかな温かさをくれると思う。 運命は必然。 例えどんな力があろうとも運命には勝てないのだ。 タイムトラベルという不思議な力。 特殊な力を持っていたとしても歴史は変えられない。 困難だとわかりつつも惹かれ合ってしまう男女。 そんな高い高い壁でさえ,突風にあおられようとも まっすぐ乗り越えられるのは、本当にすごいこと。 待つこと、不思議な力、愛の絆とそれを導き,時に試す “運命”…。 言葉に仕様にない力が,風がヘンリーとクレアを後押しする。
 “誰かにめぐり合うのも運命”と語った人がいたが、事実としか考えられない、そう信じられる不思議な魔力を持った映画が「きみがぼくを見つけた日」と言えよう。

<あらすじ>
 ヘンリーは幼い頃から、ある特別な力を持っている。 “時を越える力”、つまり タイムトラベラーなのだ。 それは自分の意思とは無関係に起こり、いつの時代に,どのくらいの間飛ばされているかはわからない(コントロールが出来ない)。 タイムトラベルはは発作のように突然きて、何故か衣服(身に着けているもの)は置き去り。
 そんなヘンリーは現在に至るまで孤独な日々を送っていた。 小さい頃既に母親は失った彼は、友人など大切な存在が,父親以外に誰もいない。 しかし、そんなある日 彼の運命を変える人物が現れる。 クレアfだ。初対面なのに彼女はヘンリーを知っていて,自分を理想の人だと言う。 不思議でならないヘンリーだったが、自分の事情を知り,受け入れてっくれるクレアに次第に,惹かれて行く。 それは、二人にとって“運命”の他に変えがたいものだった。

<感想>
 この作品の最大のキーワードは“運命”。 まず思うのは、“運命”というものを信じたくなるということ。 人生には様々な出来事があり、いろいろな人々にめぐり会う。 それは全てが必然。 確かにそうかもしれない。 世界広し,何千・何億もの人々の中から 何億分の一の確率でその人に出会ったのだから、一生会うことのない人たちがいると考えるとなおさらだ。
 身近に考えれば、同じ電車に居合わせた人たちが言えるだろう。 一日何本も走っている電車に、同じ時刻,同じ車両という狭い空間にいたというのはどれほどの確率なのだろう。
 いかなる全ての生き物にもそれぞれの運命が平等に与えられる。 逆境に立たされたとき,その運命に抗い,変えようと努力するとしよう。 果たして変えることができるのだろうか? よく“運命を変える出来事”と言うけれど、その出来事自体がもとより,その人に定められた“それ”と言えるかもしれない。
 人は悲しい現実や過去ほど変えたいと願う。 歴史を変えられないように不可能なことである。 人間に出来ることで唯一それと断言できることだ。 変えることができるものなら、変えたいものだ。 もし出来たとしたら、吉と出るとは限らない。 大げさな話、日本が戦争でアメリカに勝って,今あるアメリカの地位に立っていたとしたら…。
 どんな力を持っていたとしても,過去や運命は変えられない。 でも、何百回と母親の死を防ごうと試みたヘンリーの痛々しいまでもの努力に共感できる。 何度試しても、良いタイミングにはタイムトラベルできない。
 タイムトラベルは、特殊な能力なのに ここでは肯定的ではない。 むしろ厄介な力とされているように見える。 しかも、この力は遺伝子だという(設定)のだから驚きであり、信じられないスーパーパワーを現実的で説得力のある演出が良いなぁと思った。 思うに、割合にすると 7:3くらい。 比率は少ないものの,利点もある。 わずかな利点の中で一番なのが、クレアとの出会いだ。 ヘンリーは“力”による孤独から救われたのだから。
 現在、過去、未来と時空の違う三つの世界に主人公がいる。 物語の軸として動くのは当然,現在。 時空の違う同じ主人公がすれ違うことはあるけれど、直接コンタクトをとることはない。 けれど、連携プレーのように一番大切な日を乗り切るのはタイムトラベルの力の凄いところである。 ピンチを未来の自分が救ってくれるとは! 二人の共同生活が始まってからの重要な時期,クリスマスや年末年始,の日にこの力を有効に使うことが出来ないのが悲しい。 自分の意思で力を使うことが出来ないのだから仕方がないかもしれないけれど。 とは言え、式の日にピンチを凌いだり 何度も母親を助けようと努めたりするとなると、ある程度力をコントロールはきいたのだろうか?と疑問である。 それとも奇跡や偶然なのか(特に前者)。
 タイムトラベルをすることで物事は以前と変化しているように見える。 大切なことや大きな出来事は変えることができない。 特に生死に関わることは。 けれど そういうふうに感じる。 それは毎日が変化の連続であり、全く同じ日がないという時のサイクルによるものだからかもしれない。
 話はそれるが、不思議なのは 別の時空を生きる過去のヘンリーと現在のクレアとの間に子が産まれ、その子供は自分の意思でタイムトラベルする“時”を選べると言うこと。
 人の運命は決まっていると思う。 だけど三つの時空がある以上、現在がなくとも主人公は存在し続けるし、いつの時代のヘンリー(力が覚醒する以前の幼少時を除く)も時を越える力を持っている。 だから、クレアと娘アルバにいつの時代のヘンリーも会いに来ることが出来るし、来る。 確かにヘンリーはタイムトラベルする時代は選べないけれど、不幸にもつながる力を授けた神が,彼に対する報い(救い)として ヘンリーを二人の家族に引き合わせたり,式の日に未来から現在のヘンリーへ救いの手を差し伸べたりしたのではないかと思う。
 当然、いつ姿を消すかわからないヘンリーの能力に腹を立てることのあったクレアだけど、運命(またタイムトラベルの力が)二人を引き合わせてくれた,大切な人への愛は消えることはなかった。 始めから受け入れていたはずだけど、憤りを感じてしまった自分が許せなかった…というかわかっていたはずなのに怒ってしまう自分を悔やんだのだろう。 それは、“運命の人(理想の相手)”と彼女が信じ続けたからだと思う。 とは言え、そういう結論に至ったクレアは凄い。
 様々な山を乗り越えてきたクレア。 ずっと同じ時間の中にいられずとも、ヘンリーの力を全て受け入れ,信じ続けるからこそ、寂しさにのまれることなく,また いつか自分達のところに会いに来てくれるだろうという思いと、絶えず 時を越えているのだから どこかで自分達をヘンリーが見守ってくれているだろうという安心感が母と娘を支えているのだと思うと素敵である。
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by jd69sparrow | 2009-10-31 01:43 | 映画タイトル か行

ワイルドスピードMAX

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<イントロダクション>
 第一作目から八年が経った。 前作ではヴィンのカメオ出演を除けば、全くの新しい「ワイルド・スピード」だった。 しかしこの作品が大事にしてきたスピリットは変わらず受け継がれてきた。 そして再び第一作目で注目を集めた4人が再結集というのが嬉しいところ。 シリーズ化される作品は少なくないが、オリジナルキャストが勢ぞろいで再び集まるのはとても珍しいように思う。 最近は四作まで作られる作品も少しずつ増えている。「インディ・ジョーンズ」や「ダイ・ハード」など。 この二作品おいては前作からのブランクがかなりあるだけにまた新たに作られることが予想できなかった人も多いだろうし。 ファンからすれば,いつかは定かでなくても
いずれ製作されるのではという議論はあったかもしれないし、期待していただろう。 少し話し外れるが、「ワイルド・スピード」がオリジナルキャストが四作目で集まったように,「パイレーツ~」の新作も“あの”ジャック船長を始めとする,メインの4人に再結集してほしいものだ。
 メインキャラクターたちは月日を経て,取り巻く環境が大きく変わった。 一人一人がそれぞれの道を歩んでいる…とりわけブライアンとドミニクは、疎遠状態にある二人が再びストリートカーレースを通じてコンビを組み,一つの事件に立ち向かっていくのだ。

<あらすじ>
 ドミニクは追われる身でありながらもレティと共に自由気ままに過ごしていた。 時には、大型トラックから燃料タンク強奪というスリリングな生き方もする。 命がけという危険な道を逆に楽しんでいるようでもある。 幸せな日々はもう長くは無かった。 愛する人の命を奪われたドミニクはその無念を晴らすべく,その事件現場に残された手がかりをもとに犯人を追うべく,あるストリートレースに参加する。
 一方、ブライアンはFBIに転職をしていた。 彼もまた事件を追っていたが中々成果が上げられずいた。 しかし、捜査をしていく最中で浮上した一人の人物により,ブライアンが追う事件の解決の道が開ける。 麻薬組織のNo.2が有能なドライバーを雇うためのストリートカーレースを主催しているいうのだ。 彼は警察が押収した車を使い,潜入捜査に挑む。
 偶然にもドミニクとブライアンはそのストリートカーレースで再会する。 彼らが追うものは同じだったのだった。 ドミニクの妹ミアと付き合っていたブライアンは彼女を始めとするドミニクの仲間達に潜入捜査官であることを隠していた事実により,ドミニクとミアたちとの仲には亀裂が入っていた。 始めはぎくしゃくしつつも、かつては共に道を歩んだ仲、溝がなくなるのに時間はかからなかった。 そして二人は黒幕を追求していく。

<感想>
 白熱したカーレースが魅力な作品。 けれど、しっかり人間同士の絆も描かれている。 確かに車によるアクションが印象深いのだが、どちらかというと人間ドラマな部分が多い。 麻薬組織の一員のカンポスが主催するストリートレースと彼に雇われたブライアンたちが真相を突き止めて,組織と戦うデスレースと、二種類のカーバトル。 前者と後者ではドミニクとブライアンの関係性があきらかに違う。 前者ではレティのために,どんな手段を使っても必ず復讐を果たす一心のドミニクの思いの強さがある。 だが、あえてその目的はあらわにはしないというのがちょっとクールだし、カーレースというアクションの中にもドラマがあるのだと思った。 後者が描かれるのはクライマックスのあたり。 ここではドミニクとブライアンの絆は完全に復活しており,彼らのチームプレイの抜群さが窺える。 この壮絶なデスレースはまるで「スターウォーズ」のエピソード1でアナキンが挑んだレースのようだ。 ドライバーたちにより走る車はまるで生きているかのようにダイナミックに荒野を走り抜ける。 二人にとっては、通れぬ道はないと言わんばかりにどんな困難な道も突き進む。 これはカーレースのみならず、人間ドラマとしても言えるだろう。
 ブライアンがドミニクの誤解を解く場面、二人が助け合ったり、理解しあう場面などまさにハートのある物語だ。 劇中にブライアンが語るようにドミニクが持つような、信念を持つということは大切であり、ブライアンが憧れるのも理解できるし、将来そうなりたい,そう感じさせられると思う。
 ドミニクが追われる身で、ブライアンがその逆である,追う立場ということで中々うまくはいかないところもあるようだけれど、実はハートでつながっていて,車にかける思いだけでなく,切っても切れない絆があるのだ。 
 ブライアンはこれまで,警察という立場上 あまりストレートにはドミニクを助けることは出来なかったのだろう。 だけど、今回それは大きく変わったと思う。 二人の絆の深さが再確認できるのがラストシーンだ。ドミニクは覚悟を決めた。 が、しかし トラックから燃料強奪をやり遂げた時の彼と同じ表情をしたブライアンがそこにはいた。 燃料強奪ならぬ…親友の奪還。 ストーリーを読んでいけば想像できただろうけど、私はそれをサプライズのように感じた。 その後どんなふうに物語が展開していったのは気になるところだけれど、でもそれは語らずともわかる。 そんな終わり方も良いなぁと思った。 わくわくさせるけど、全部は語らない。 そして次の瞬間に車好きでもそうでなくても気持ちが高まるクールなエンディングというのがなんともカッコいい。
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by jd69sparrow | 2009-10-16 15:37 | 映画タイトル わ行