Disney's クリスマス・キャロル

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<イントロダクション>
 最近文学史に載る,不朽の名作に命が吹き込まれ、映画化されることが多い。 その作品のどれもが私達に普遍的メッセージを送っている。 “時代がどんなに変わろうとも変わらぬことがある”ってよく言うけれど まさに頷ける。 この作品もその一つである。 新しいものを築き上げ,新しいアイディアが生まれ,考えの方向性が変化していったりなど時代と共に変わるものも,もちろんある。 だけど、“人間”という大きなくくりで割合にすると変化する部分というのは思っているより少ないのではないだろうか? 時代の影響は受けても,ずっと変わらずに引き継がれるものは少なくないはずだ。
 「クリスマス・キャロル」はディケンズ作の二世紀も前に作られた話。 だけど、小説・作品というのは時代を映す鏡。 ここで描かれるのは恐らくは当時のイギリスそのままであり,時代を描くという点ではドキュメンタリーと言えるだろう。 プログラムの解説にもあったかもしれないけれど、当時のイギリス社会は貧富の差が激しかったからこそ、貧しい人々にこの作品は希望を与えた。 そして読者に希望や勇気を与えてくれるものは長く愛される名作となる。 作家たちは、私達にいつも大切な何かを教えてくれる。 ディケンズは数百年経ってもここまで愛されると思っていただろうか。 というか、文学史に名を残す人々はこれ程の未来を想像しただろうか。 この「クリスマス・キャロル」は間違いなく,私達に希望を与えてくれる温かい作品である。

<あらすじ>
 意地悪で冷淡、お金こそ全てだと考えるスクルージは,とても孤独な老人だ。 年の一度のクリスマスを嫌い.祝うこともなく仕事に没頭する男。 それゆえに人はあまり近寄りがらない。 そんなことを気にも留めないスクルージはクリスマス・イブの日、いつものように仕事をして,一人で住むには広すぎる家へと帰った。
 ドアに手をかけようとしたその時、彼の人生を変えるチャンスは訪れていた。 暖炉の前に一人くつろぐ,老人の下に不気味な音が届く。 その招待はかつての(スクルージの営む店の)共同経営者であり,共の透き通った死後の姿だった。 マーレイはスクルージに「人生をやり直すチャンスがまだ残っており,それは三人の精霊に会う事により実行される」と彼に告げて空へと姿を消した。
 過去、現在、未来…目を背けてきた現実と向き合うことがスクルージの試練と言っても良かった。 時間旅行をしながらスクルージは自分を見つめなおしていく。 そして問う,今のままでいいのか…と。
奇跡と感動の物語にリアルなメッセージをスパイスした名作…。

<感想>
 スクルージのキャラクターはこの物語が作られた時代背景が影響している。元は心の優しい人。だけど、貧富の差が激しい時代で貧しさより脱し,稼ぐようになった頃 次第にその人格は変わってしまった。 一人の人物の物語を描くとき,そうであるように この物語も主人公が変わる物語。厳密に言えば、本来の自分へ戻り,本当の幸せを見つけることだ。忘れ去られてしまった,また 自分でさえも忘れてしまった,温かい部分。それがまだ主人公の中に眠っているからこそ、面白い。 そしてこれは他人事ではないという事実がある。だから、ファンタジーなのに現実的な説得力があるのだ。この作品の予告で印象的な私たちへの問い、“今の自分は子供の頃、なりたかった自分ですか?”というふうなもの。“時代に,他人に流されてはいませんか”ということも言いたいのだと思う。
 考えてみれば、幼い頃描いた夢は、そのまま大人になるまで持ち続けることも可能だが,様々なものに出会い,影響されながら変わりゆくのも世の常だ。昔見ていた将来の夢と実際の現実の違いを実感している人も多いはず。それをスクルージによって表現し、また私たちに問いかけている。でも、昔と今とで違いがあってもあまりそれを意識することはないだろうし、人間的な面で考えると尚更自分では気付きにくいと思う。 
 この物語がおもしろいのは、そういう大事なことを気付かせてくれるのが自分の分身的な存在なところだ。実際には、現在・過去・未来の三種類の妖精たちとなっている。三人とも全く持つ力も主人公に教えてくれることも違う。ただ、共通して言えるのがどれもスクルージの“現実”を見せているという点。現実というのは楽しいことや良いことばかりではない。 目を背けたくなるようなことだってたくさんある。 だけど、人はそれを受け入れなくてならない。 この時点で既に作者のメッセージが読み取れる。生きていればそういう場面にぶつかることもあるのだと。辛くても現実から目をそむけずに見ることができれば、変えること・変わる事だってできるのだ。 そして、自分を変えるチャンスは平等に一人一人に与えられているのだと見る人に希望をくれる。
 過去、現在、未来と主人公はタイムトラベルをする。その案内人になるのが、妖精たちで その妖精たちは主人公の分身的存在と述べたように 彼らの個性は大きく異なるように見えるけれど どれもスクルージが持つ個性なのだということが深い。もちろん、スクルージ自身は中々気付かない。まるで“ワンダーランド”にでも迷いこんだようだ。スクルージにやり直すきっかけを作ってくれたのはマーレイだけど、導いたのは自分自身ということになるだろう。 それは、スクルージ自身も意識が届いていない彼の心の奥底で願っていた変わりたいという願望が,マーレイを呼び出し,さらにチャンスが得られたのかもしれない。
 
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by jd69sparrow | 2009-11-17 00:12 | 映画タイトル た行

マイケル・ジャクソン This is it

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<イントロダクション>
 何よりも惜しいのがツアーを前にしてMJがこの世を去ってしまったことだ。 しかし、中々垣間見ることの出来ない,仕事上ではあるものの,素顔のMJを見ることが出来るのはファンにとって,とても嬉しいことだと思う。 テレビの前に出てくる彼でも,プライベートの彼でもない。 これぞ、世界的スーパースターという名誉ある地位にふさわしい理由がここにある。 何よりもファンを大切にするMJだからこそ、彼の曲を待つ人々のために最高のエンターテインメントに,こだわりぬき築き上げられていたラストステージへ向かう様子がカメラにおさめられた,貴重な映像こそが『マイケル・ジャクソン This is it』というマイケルから私達への贈り物なのである。

<内容>
 ロンドンをスタートにマイケル・ジャクソンによるビッグなエンタテインメントが予定された。 ダンサー選考から始まり,MJが今までヒットを飛ばした,“スリラー”や“ビート・イット”を始めとした,名曲の数々が披露される場面をふまえつつ,最高のコンサートが作り上げられていく様子が事細かに描かれている。 彼を支えるスタッフ達と幾度にも渡る,ディスカッションや試行錯誤を重ねながら,プロジェクトが完成へと向かう。

<感想>
 まさにドキュメンタリー。 ドキュメンタリーでリハーサル映像なのだけれど、映像見る者からするとリハーサルの時点でそれはエキサイティングなステージを楽しんでいるも同然。 ディスカッションやダンサーやスタッフの声もあるとは言え,贅沢なくらいMJのダンスや歌を見て,聴くことができるのだから。 ステージの仕掛けもパフォーマンスもとにかくすごい。 ステージに施される演出にはMJ自らが加わり,一言一言に説得力があるのだ。 これがまさしくカリスマなのだとつくづく思う。 歌も音楽も知り尽くしているのだ。 細かいところまで絶対妥協をしない完璧主義者はパフォーマー,アーティストの鏡だと思う。
 このステージのために新たな映像やスタイルで名曲が生まれ変わり,もともと映画用ではないのに一曲一曲が映画みたいだ。 これが実現し、生でもし見ることが出来ていたら どんなふうに見えるのだろう。 おそらくはどこでも味わったことのない,ステージになっていたことだろう。 
 この作品が公開される前のしばらくの間はダンス、ましてや歌など見ることが出来なかっただけに、もう歌うことはないのかと不安になることもあったがl、結果,映像としてMJは私達に送り届けてくれた。 50を迎えても歌唱力やダンス、スタイルさえも衰えることなく パワフルかつソウルフルな歌とダンスが出来るだなんて,なんてカッコいいのだろう? 天性の才能なのかもしれないけれど、MJの歌唱力はファンを思う心が作り上げているのではないだろうか。 歌もダンスもバランスよく,どちらもプロフェッショナルという言葉がまさにふさわしい。 歌を通してメッセージを伝えるアーティストとは、きっとこうあるべきなのだろう。 一番大切なのは魂と心なのであり、ファンや支える人たちへ愛を持てるということだと、MJはここで体現している。 
 意図せずともMJは私達に大切なことを教えてくれている気がするし、彼がスタッフに伝える言葉の中にはこちらに向けられたものもあるように感じる。 そして、ここから感じ取られることも多々ある。 全体をみるとエンタテインメントを築き上げようとするMJは彼の人柄をそのまま表していると思う。 けっして声を荒げることもない、優しさは変わらない。
 本業である歌やダンス以外に、慈善活動にも精力的だったとあると尊敬すべき偉人と言っても過言ではないかもしれない。 環境破壊の続く現代の問題点を訴える曲を作り、環境破壊がいかに罪深いことなのかを改めて考えさせられる。 曲の感じ、ステージに使われた映像を見るとよくわかる。 とても悲しい雰囲気だけど歌の響きじたいはとても綺麗。 “今が(これを改善する)チャンスなんだ、今しかないんだ”、“ここ四年で変えなくてはならない”と熱いメッセージがなんとも心にしみる。 この言葉を受け取った全ての人は少なからず、今できることを少しでも多くするべき。 生きるための綺麗な空気を運んでくれる木々などといった自然を伐採したりしてなくすべきではないのだとMJは言っている。 何故、自ら自分たちの首を絞めるようなことをしてしまうのか。 自分の利益より地球の未来を考える方が大事ではないのか? とこの曲を聴いて思った。 
 この作品を見て一番思うのは、マイケルの生き様の素晴らしさから、自分自身も年表が作れるくらいの刺激的で充実した人生を送りたいと思った。
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by jd69sparrow | 2009-11-13 00:39 | 映画タイトル ま行

ジェイン・オースティン 秘められた恋

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<イントロダクション>
 イギリスの女流作家 ジェイン・オースティン。 個人的にオースティンの作品で真っ先に思い浮かべられるのは「高慢と偏見」である。 これはテレビドラマで映像化された後、「プライドと偏見」という題で映画化までされた名作だ。 さらに、「イルマーレ」では内容にはほとんど触れていないものの,物語上のキーアイテムとして映画の中で取り上げられている。 
 本格的に作家としての道を歩み始まるまでの,若き日のジェインを描いた青春とロマンスの物語。

<あらすじ>
 ジェイン・オースティンは貧しい家柄の末娘。 とは言え、彼女は田舎育ちであまり世間を知らない箱入り娘だ。 そんなジェインには一つ人より秀でた才能があった。 それはモノを書くこと。 家族から認められ、詩を書いては朗読を披露していた。 少しおてんばなジェイン、そんな彼女を見て 両親の心にあるのは娘を良家に嫁がせることだけだった。
 両親はウィスリー氏とジェインを結婚させたいと望むが間抜けなウィスリー氏にジェインは惹かれるわけはなく,拒んだ。 そんなある日、ジェインの兄のヘンリーがロンドンからトム・ルフロイをハンプシャーへと連れて来た。 トムはジェインの詩を退屈とこぼし、さらに放蕩ぶりがジェインの怒りに火をつけた。 しかし、互いが互いにそれぞれ自分にないものを見て,それは二人にとって大きな刺激となったことから、彼らはだんだんと惹かれ合っていく。

<感想>
 18世紀のイギリス社会は、愛よりもお金が勝る時代。 女性の役目、生きる道は財産のある良家に嫁ぎ,両親に安泰な生活を約束することだったようだ。 男性にとってもそれは ほとんど同じで両親の望む道を歩むほか、選択の余地はない。“高学歴・高収入”という言葉はこの時代から既にあったようだ。 狭い世界に縛られて,心の中では自由を望む人たちは多かったはず。 だけど、子供が出来,やがては子に彼らレールを歩かせる大人になってしまう…なんて。 オースティン夫人が言うように、「愛はあったほうがいいけど…」と本心では愛のある幸せを望んでいるが、生きるために諦めているというのが よく伝わってくる。 当時の人々にとって何不自由なく 安定した生活を送ることが人生のすべて。 これは現代に生きる私達も同じだが、違うのは 自分の気持ちを犠牲にするかどうかだと思う。
 トムとジェインとの出会いは必然だ。 都会も異性も知らないジェインにとってトムという存在自体が目新しい。 
 ジェインに初めて現実を見せ,作家への道に導いたのがトム,その人なのだ。 それは“視野を広げられる”という言葉を現実にしたのである。
 ジェインにとってトムと恋に落ち、駆け落ちするまでの道のりは冒険であり,最も自由だったに違いない。 個人での自分の夢を叶えるのが困難だった時代には稀で貴重でさえあっただろう。
 「ミス・ポター」がそうであったように、作家が主人公の場合,有名作品が世に出るまでの過程が描かれるのが楽しい。 「高慢と偏見」のエリザベスはジェインの分身のようであり、その作品での主人公の姿はジェインを鏡で映したかのようだった。
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by jd69sparrow | 2009-11-02 16:00 | 映画タイトル さ行