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煎餅

2011年3月23日(水)

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職場でもらった煎餅二種類。

そのうち一つがこれ。

歯ごたえがさくさくしてて良いし、

味もほどよく甘いです。


もう一個は

『まがりせんべい』。

これは、醤油のしょっぱさが効いた,

煎餅らしい煎餅。

少し硬めで食べ応えがある。


昔、よく食べてたけど

最近はめっきり食べる機会がない。


だけど、久々に食べてみて

日本人には煎餅だなって

思った。


甘いのもいいけど

やっぱり煎餅は しょっぱいのがいいなぁ。
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by jd69sparrow | 2011-10-31 01:41 | 独り言。

スキンヘッド。

2011年10月30日(日)

ハロウィーン・イブ(勝手に命名。)


本日の『日曜洋画劇場』、『ダイ・ハード4.0』。

主演:ブルース・ウィリス。

・・・と、考えていたら

スキンヘッドについて 思うことが。

というより、世の男たちのごく一部のヘアスタイルについてだ。


学生時代にいた体育会系の先生は

若くして 頭を丸めた。

スッキリと。

…って言っても最初に会ったときから既にそうだったのだが。


きっとブルースも先生と同じ理由で今のスタイルにしたんだろうなぁと思う。


とっても潔いですよね。

冬は冷えるし,夏は直に紫外線があたるなど

欠点もあるけれど

キャップをかぶるとか防ぐことは出来るから悪くはない。


“波平”さんのような国民的アニメのキャラクターは除いてだが、

やっぱり中途半端に残っているより、

潔く思い切って頭を丸めたほうが,

他人に不快感をあたえないだろう。


残していたら貧相に見えたりする。

植毛・育毛、それにウィッグなど,ごまかす手段は数多くあるけれど

ここは思い切って 世の髪に悩む人たちは

ブルース・ヘアーにしてみてはいかがだろうか??

冬、寒ければ ニット帽をかぶった方が

好感をもたれやすいと思う。

ダンディーに見えたり、可愛らしくも見えるはず。


あるいは、昔のお侍さんに習うとかね。

意外とブームになったりして。
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by jd69sparrow | 2011-10-30 23:37 | 独り言。

キーファー。

2011年3月26日(土)


花粉症なのか、鼻づまりがヒドイ。

すすりすぎて、口ん中が変な感じ。

この大量の鼻水はどこから出てくるんだろ。

つまり、鼻にどうやって送られてくるのか。


ま、それはさておき。


最近『24』を見始めて、

ファースト・シーズンも四分の三まで鑑賞。


ウィキペディアでキーファーについて調べてみた。

フルネームが…

Kiefer William Frederick Dempsey George Rufus Sutherland(キーファー・ウィリアム・フレデリック・デンプシー・ジョージ・ルーファス・サザーランド)

…って長くね?

三人分の名前をくっつけたかのよう。

欧米事情に知らない私にとっては驚きだのだが

そう珍しくもないのだろうか。

昔、欧米人の名前が長くなる理由を

どこかで聞いた気がするけど定かではない。

確か、父親とか先祖の名前を引き継いだ結果だったと思うけど,

どうだったかな。


しかも、双子がいるとは!!

あまりハリウッドセレブの家族関係とかって

調べないとわからないものなんだな。


俳優としてのキャリアも

二十歳前からと長い。

意外だったのが…

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『スタンド・バイ・ミー』に出てたこと。

いかにも 年上を鼻にかけた,いじめっ子っぽい役柄?

なんだか、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくる,いじめっ子みたい。

変わらんねぇ。


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左がオビワン、右がキーファー。

気のせいかもしれないけど

この写真だと ちょっと似てる???


それから。

全然関係ないけど

イギリスの俳優かと思っていたが

出身がイギリスであって

国籍は違うらしい。

カナダ俳優ということらしい。

これもまた意外。


最後に。

今、『24』を見ている関係上、

正義感の強い役のイメージがあるけれど

『フォーンブース』では

謎多き,犯人役。

偶然にもこの映画も「時間」にこだわりがある。

正確には物語の構成と,撮影方法(だったかな?)と両者に違いはある。

ジャック・バウアーとは真逆な役柄ゆえに

改めて『フォーン・ブース』が観たくなった。

(こちらは良い役だが…『ライアンを探せ』の吹替えも)
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by jd69sparrow | 2011-10-30 01:17 | 独り言。

病は気から。

人はある年代までくると

病への抵抗力が低下しはじめたり

機能が弱まってくる。


すると 何か一度いつもと違う症状に見舞われたりすると

かなりの不安に襲われる。


歳をとるにつれ

病院・処方箋のお世話になり,続くケースが多いのは確か。


でも元気な人は元気。

あの大女優のように。 

つい最近まで“でんぐり返り”が出来たあの人。


他にも走り続ける人は少なくない。


何かに打ちこむことを続けていると

やっぱり健康や長生きにも直結するんですね。

自分もそういった方々を改めて見習わなければと思います。


一度病気とか、体調崩したりすると

どうしてもネガティブになりがちで

処方箋がないとダメなのでは?…と、

薬に頼ってしまいます。

お医者さんもそれをすすめます。


でも、未来は誰にもわかりません。


”病は気から”と言うように

そういったネガティブシンキングが

医者へ通う習慣へとつながっているのではないかと思うのです。

だから、ホントは健康になれるのに

意図せず、その道を絶ってしまっているかもしれません。


きっと自分自身に身にかかった時ではないと

真に理解することは出来ないのでしょうが、

自身の精神力が試されるとき。

ここでどう気持ちを持つかで

“長生き、元気”になるかどうかが決まるのでしょう。


人生の目標は 何事もポジティブに考えること☆
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by jd69sparrow | 2011-10-29 18:50 | 独り言。

漫才ギャング

2011年3月19日(土)

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<あらすじ>
 ブラックストーン。 黒澤飛夫が相方・石井保と10年間組んでいたコンビ名。 彼らは若手ながらも実力があるお笑いコンビだが、ある日突然 保から解散を持ちかける。 多額の借金のためだ。 飛夫は自暴自棄になり、自棄酒を飲み,気が付くと留置所にいた。 個室の中には両腕にドハデな刺青を入れたドレッドヘアーの鬼塚龍平がおり,彼とのやり取りの中で飛夫は龍平のツッコミの才能に気付く。 解散したばかりの今、飛夫は龍平にお笑いコンビに誘う。 あっさり承諾をえて、飛夫は新たな漫才をスタートさせるが,龍平と対立する不良グループによる妨害という壁が立ちふさがるのであった。
 そして飛夫と龍平は互いに刺激しあい、夢を持つことの大切さや自分のすすむべき道を見つけ,成長していくのである。

<感想>※ネタバレにご注意!
 映画の8割はコントという,異色作の第二弾。 前回の『ドロップ』に劣らぬ,スピード感と笑いの連続が最大の見所である。 メインとなる,飛夫や龍平だけでなく,借金とりの金井やデブタク(龍平のバイト先の同僚)も含めて、四人によるグループコントと言ってもいいかもしれない。 四人が全員揃っているという場面はあったかなかったかというくらいだけれど、この映画の笑いはこの四人を中心に動いている。 さらに小渕川というマニアックキャラも注目だ。 作り手の言葉にもあるように、脇役にまだこだわりがあるのだ。 脇役であって、脇役ではない…つまり、脇役がそうと感じさせない個性をはなっているのだ。 ボケツッコミが所々で発生する。 お笑いを本業とする人たちもさることながら、メインの二人にもリアルな笑い、漫才が追及されているところが徹底されている。
 個人的には 龍平と金井のコンビが面白いと思う。 犬猿の仲。 この二人の掛け合いも コントを観ているようで笑いがとまらない。 直接的な関係はないのだが、共通の知り合いがいて,それにより顔をあわせることもある…という「つながり」なのだが、とりわけ 飛夫の家で鉢合わせする場面は注目だ。 怒涛のツッコミあいと、小窓という小道具を使ってのアクション。金井の引き際までを含めて、こここそ「スピード感ある笑い」と言えるだろう。
 最後の結末は意外だった。 まるで飛夫は女子かのように二人の相方の間で揺れるという件がある。 どちらを最終的に漫才のパートナーとして選ぶかと。 そして龍平の決意。 その二つは一見別のことようで“つながっている”。 というのも、互いが互いを新たなスタートを切るための相手に選ばないからだ。 特に龍平の変化と決意の行方は驚きだった。 奇しくも小渕川の一言により、自己犠牲になることがもたらす意味を知り、飛夫と同じ道で,しかし気持ち新たに「やり直す」というのも面白く、意表をついた展開である。 意表をつくと言えば、龍平の新たな相方。 顔こそ、映らないけれど 前半の場面と,その新しい相方と共に登場する少し手前のある一コマで推測できる。 その相方は龍平が再びお笑いを始めるよりも意外な人である。 「どんでん返し」という言葉は適切ではないが、予測のつかない,「あぁ、そこでつながっていた(そうだった)のか!」という展開だ。 ピース又吉にあらず(一瞬そう見えたけど)。
 映画館の劇場内が笑い声で響くと言うのはとても珍しい。 だけど、それくらい思いっきり笑う事のできる,現役のお笑い芸人だからこそ作り出せる,クオリティの高い,笑いが追及された,「お笑い」映画なのだ。
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by jd69sparrow | 2011-10-29 00:00 | 映画タイトル ま行

塔の上のラプンツェル Tangled

2011/3.17/Thu.

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<あらすじ>
 その昔、とある王国が出来た。 その王と妃の間に子供が出来るが,子供が生まれる前に妃が病にかかる。王国のどこかに咲くという「金の花」が唯一助かる手段だった。 衛兵の働きあって、その花を口にした妃の病はたちまち回復し、一人娘も無事誕生する。 プリンセスはラプンツェルと言い、両親とは違う金色の毛をしていた。 「金の花」の不思議な力は、ラプンツェルの中に宿り、その髪の毛は不思議な力を宿している。 ラプンツェルの髪を狙った魔女ゴーテルは,生まれたばかりのラプンツェルを誘拐し、己の若さを保つために城から遙か離れたところに立つ高い塔に彼女を閉じ込めるのだった。
 月日が流れ、ラプンツェルは18歳の誕生日を迎えようとしていた。 彼女の願いは毎年、誕生日の日だけに見える,光を間近で見ることだった。 誕生日祝いとして,母と名乗るゴーテルに頼むも冷たくあしらわれる。 しかし、泥棒フリン・ライダーの登場により、ラプンツェルにチャンスが訪れる。 ラプンツェルはフリンに彼が盗んできたティアラと引き換えに自分を誕生日に見れる“光”がよく見える場所へ連れて行くことを取引し、そこから彼女は人生初の冒険へと旅立つのである。

<感想>※ネタバレ注意!!※
 ディズニー作品50作記念作品。 つまりは、『塔の上のラプンツェル』は『白雪姫』から50作品目ということになる。 一つの節目を迎えたことあってか、ここで様々な進化を遂げ,新たな路線が開拓された。
その一つとして、大きいのはキャラクター設定である。 プリンセス&プリンスのお決まりから脱していると言うことだ。 ただ上品な美男美女だとか、か弱く夢みがちなプリンセス、白馬の王子という遠い昔のお話ではなく、『ラプンツェル』では180度違う。 美男美女という点だけは受け継がれているが。 ラプンツェルはプリンセスだけど、とても活発でポジティブで親近感のわくティーンエージャー。 マシンガンのように話したり、心の葛藤を隠せない面白可愛い一面がある。 相手役となる,プリンスからかけ離れた お尋ね者。これまでのディズニーアニメで言うと、悪役の中のバラエティ班のようで表情の豊かさと緩さが面白いキャラクター。 ディズニー初であろう相手役における「揺るキャラ」。 過去のディズニー作品にもどちらかがプリンセスではないものもあったが、最終的に「お決まり」におさまっていたり,どこかプリンセス・プリンスの香りがした。しかし、そんな香りが残りつつも 近年の作品では 少しずつ変化が起こり、その変化が顕著に現れたのが本作だと言えるだろう。 『プリンセスと魔法のキス』が変化の兆しがあった作品の一例と言えるだろう(緩るキャラだけど、気さくで人脈のある明るい王子の登場)。 しかし、その変化の境界線は90年代に入る頃だと思われる。 『美女と野獣』では、ヒロインに自律心という現代に通じる女性像が描き始められ、『アラジン』の主人公も盗人のような生活を送りつつも,明るく自由なキャラクターに描かれていた。
 ディズニー作品の多くは原作のある作品だ。 だけど、オリジナル風味に原作を発展させるのがディズニーの特徴であり長所である。 ディズニーと言えば、コミカルな描き方やハッピーエンドが必須。 『ラプンツェル』では、それが最後の最後までわからない展開になっている。 きっと何かミラクルが起きるだろうと思っていてもだ。 少々強引に思えなくもないが、結末は期待を裏切らない,幸せなものとなっている。
 ディズニー・アニメーションに登場する脇役の中で欠かせないのが、実のところである。 描かれる時代の多くが、馬を交通手段としていた時代だからと言えるだろう。 現代で言うところの犬くらい身近な動物として描かれているのだ。 現実的に考えても、人間以外の動物たちにも人に近い感情があると言われている。 表情豊かな馬たちが記憶する中で、既に『眠れる森の美女』の時には既に登場している。 その馬がついに登場キャラクターとして、出てくるのは個人的には嬉しい。 あまり多くは知らないけれど、『美女と野獣』のフィリップも数あるディズニー作品の中で好きだ。 今回、3DCGとあってか マックス(馬)の表情は実に豊かで、言葉は話さないけれど “登場人物”と言ってもいいくらいの存在感とキャラクターとなっている。 フリンとは デコボコ・コンビであり、名(迷?)コンビだ。 賢く忠実で、犬に匹敵するだろう嗅覚…そして個性的。 剣まで操ってしまうという,人間顔負けのキャラクターである,マキシマムことマックスも面白くて私は好きだ。
 「手書き感」を活かした,新たな3Dアニメの構築。 作り手のこだわりがここにあり、3Dでありながら手書きのアニメを観ているような感覚で楽しめるという不思議な魅力がある。 そして、この50作記念作品で,キャラクターたちも,作品像も よりコミカルに進化している(※関係ないけど、酔っ払いでキューピッドのお爺さんに注目)
 見所は、アニメーションだけではない。 アジアの伝統が西洋の世界にマッチさせた,スカイランタンの場面は一番の見所と言えるだろう。 この場面は 『ラプンツェル』の世界とヴィジュアルの美しさを象徴し、彩った場面と言える。
 インドアな話からアクティブな話へ。 原作では前者。 しかし、ディズニーの映画としては原作そのままだと物足りないかもしれない。 というより、今の時代 映画にするにあたり,原作が存在する話は、そのまま なぞるように描くだけでは面白くはない。 アドベンチャーなくしては、物語は語れないのだ。 冒険があって、初めて主人公は成長するのだから。 ディズニー版『ラプンツェル』は、フリンという新しいキャラクターが登場し、ラプンツェル、フリン共に二人の冒険を通して、自分の大切なものや居場所、生きる道を見つけるということにテーマがある。
 よく、時代物を描きながら 近未来的にデザインされたキャラクターが登場する日本アニメがある。 『ラプンツェル』でも主人公たちが現代的なキャラクターになっているけれど、それらとは全く違う。 性格とルックスと二つの面で、モダンなラプンツェルとフリン。 ラプンツェルにいたっては、クライマックス以降だが。 一つの作品の中で主人公に対して、二つの絵が描かれるのは珍しいが、魅力的。 髪を切った,ラプンツェルはどこにでもいるようなアクティブでモダンな女の子になっていた。 
 笑ったり、ロマンティックな気分に浸ったり、ちょっとハラハラしたり…。 色々な面白さが『塔の上のラプンツェル』にはある。 これほどまでに面白く,美しい世界がアニメーション化することが可能ならば、過去の作品をCGで復刻したらどんなに面白いことだろう。 
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by jd69sparrow | 2011-10-28 01:00 | 映画タイトル た行

自分のためだけでなく、人のために。

ふと母が言った一言が

とても考えさせられるものだったので書こうと思う。

(同じ事を思う人もいるかもしれないが)


「皆が買いあさるために、本当に物資が必要な人たちに行き渡らない」


毎日のように原発の話をされるから

国民全体の不安が日々,あおられてしまう。

だから、買いだめに走る気持ちはわかるし、

実際私自身もその波に乗ってしまった。


でも。

気持ちは理解できても、被災者を思うと決して良いことではないのだ。


宮城やその周辺の地方の人たちは

買いだめをすることさえ出来ないまま、被災者となり

家などの財産を一瞬にして奪われてしまい、

外部からの必要物資に頼らざるを得ない状況にあり、

それも十分に行き渡らず、渡ったとしても

いつ底をつきるかわからないところまで追い詰められているのだ。


「自分は、自分たちは!」

って言って買いだめするのは所詮、身勝手な行動に過ぎない。

買いだめすることよりも、

自分たちも被災者になったつもりで生活するべきなのかもしれない。というか、本来そうすべきなのだ。

寒さをしのげる場所があるだけで贅沢なのだ。


お腹一杯食べるのではなく、

腹八分目か、それ以下にした方がいい。


地震が落ち着いても

必ず、買いだめしたことの『反動』は返ってくるのだから。
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by jd69sparrow | 2011-10-27 00:31 | 独り言。

節電。

「電気の需要が高まりすぎると、大規模な停電が起きるため、節電にご協力を」


という、報道があった。

早速我が家でも出来る限りの節電をすることにしました。

確かに、原発から次々と煙が上がるなどの

事故が続き、電気の流通も危ぶまれているのだから

過度な電気使用は厳禁と言える。


今回のことで電気のありがたみを

知る人も多いだろう。

そして、これは「電気エネルギーの使いすぎ」という

警告かもしれない。

二酸化炭素が増えれば地球の健康が悪くなる

これを気に,国民全体が

節電を心がけるべきなのだろう。


食料や日用雑貨をたくさん買っておいても

大規模な停電が起きれば、水の泡だ。

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by jd69sparrow | 2011-10-26 00:00 | 独り言。

言葉の見方。

言葉一つにしても人によってとらえ方は違うもの。

「頑張れ」という言葉に

どう頑張ればいいのか?・・・とか、

もう今頑張っている最中なのに「頑張れ」と言われても…。

と否定的にとらえる人がいる。


「頑張れ」と応援されて嬉しい人、

そうでない人がいる。

言葉の選び方ってホントに難しいですね。


人それぞれものの考え方が違うのものだけど…


でも否定的にとる人の気持ちも理解できる。

「頑張る」という言葉は

結構曖昧な気がするのです。


どう後押しすればいいのか

応援したらいいのかってホントに相手を理解していないと

容易ではない。


「頑張れ」という言葉は聞けて嬉しいものでもあり、

戸惑いもする。

応援の言葉として無難な言葉。


それよりも、

本来応援する側が「頑張るべ!」と言った方が気持ちがいい。


だから 「がんばっぺ!東北」という言葉は

良い言葉だなぁと思う。
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by jd69sparrow | 2011-10-25 18:46 | 独り言。

トルコ大地震。

先日。 トルコにおいて大地震が発生。

古きよき時代から建つ建物は跡形もなく倒壊した。

それは、まるで砂山のように…。


地震といえば、日本。

なんて そんな考えじたい,今の混沌の時代にすれば

もはや時代遅れなのでしょう。


地震はプレートが 跳ね上がることで起きるもの。

日本と限らず

地球上の陸地はプレートの上にあるものだから

いつ、どこで起きるかなど人間が予測しきれれるものでは ないと思うのです。


東日本大地震以前にもスマトラなどでも

大地震は起きているし

ニュージーランドの地震もまだ記憶に新しい。


だから耐震対策と原発問題が世界にとって永久的な課題と言えるでしょう。


これまで地震とは縁のなかった国は

建物が地震に耐えるようには出来ていない。

起こる前に備えることが出来たら 最高だけど

やっぱり起こってからではないと 身をもって実感しないと,踏み出せないのが現実。


外国で起こった自然災害を

決して他人事にしてはいけない。

自国にも起こりうると想定しなければ ならないのです。

・・・と、言っても

「想定外」というのは つきものだから

常に万全というのは ほぼ不可能でしょう。

人は自然の力の前では無力。

どんなに時代が進化しようとも。

そう思います。


トルコの場合。

・・・トルコだけとも限らないけれど

建てた当初は知る由もなかったでしょう。

地震のための補強は出来たにしても。


個人的な話。

それを人に話したところ 状況が状況だったからかもしれないが

かなり反応が薄かった。


自分の国のことではないから

それほど関心がなかったかもしれないけど

果たしてそれでいいのでしょうか。


トルコは日本と古くから友好関係にある国なのだし、

東日本大地震のときも

助けてもらっているのに,無関心は惨すぎると思う。


日本は今、トルコに感謝を示すとき。


なんとか 財政破綻を免れているという

危機的な状況ではあるけれど

国民から税金を絞り上げるより

多すぎる政治家たちの給料を削ること,身を削る必要がある。

日本は決まりごとも多いし、

一つのことを決定するのに関門が多すぎる。

いくら国の運営という大役を任されているとは言っても

民間企業と差別するのはおかしい。

生活していく資金に少しの余裕があるだけで十分。

不景気なのに

国は国民よりも己の身を案じているのは、遺憾。


国民第一な“ふり”ではなく

今こそ本物の誠意を見せるべきだ。
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by jd69sparrow | 2011-10-25 17:18 | 独り言。