<   2011年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

rainy days

2011年7月20日(水)

d0058606_182733.jpg



以前、書いたことあるかもしれないけれど。



今、台風6号と7号の「合体台風」が

日本列島を直撃している。

夏は台風の速度が遅く、ゆっくり横断中。

自分の力では進まず、

自然の力で押され続けて

移動するということは今まで全然知らなかった。


最終的にはどこかの空で

台風は消滅してしまう,

はかない命?

台風に限ったことではないが

雨というのは

気分屋で、断続的な雨でも

弱まったり、いきなり強まったりする。

こういうのを観ていると

自然にも感情があるのではないかと思うわけです。


"マイティ・ソー”のような

神が、本当にいるのかもなぁと信じたくなる。




雨はいろんな意味で好きです。


雨はカーテンのように目の前を

透明なカーテンで覆う。

それはとても規則的に,また細かな雨粒たちによって

彩られるのだけど

それがなんとも言えない美しさ。

大雨であればあるほど綺麗になります。


地面にたたきつけられる様も

綺麗。

雨粒は地面に落ちた瞬間,

小さな円を描き,

細かい粒が散る。

そして水溜りには何重もの円を作る。

まるで水溜りがキャンバスかのようである。


雨の香り。


なんとなく感じる。

その香りは無臭に近いけれど

とても澄んだ香り。

意識しないと自分はわからないのだが

雨の日、ちょっと癒されたいなぁと思ったら

鼻を敏感にしてみるといいかもしれない。


そして。


窓から眺めるのも音が楽しめていいのだが

あえて外に出るのもいい。

もちろん、傘を持って、万全の備えをして。

傘をさして その上に

雨が降る。

傘のビニール部分、布部分に

雨が落ちる,その音が ただ眺める時に聞こえる音とは違う。

気のせいかわからないけれど

ビニールか布かで音が にわかに違う気がする。

雨と傘とで一つの楽器となる。


今は、放射能があるから

傘なしというのは避けなければと思うのだが

わりと濡れるも好きだったりする。

…冬はつらいけどね。


ただ、傘をさして出来る限り

外にいたいときもある。

何もせず、ただ立ってボーっとする。

出来るだけ、傘を通して聞こえてくる雨音を

聞いていたい。


まぁ、勝手にやってろよって話ですが

やっぱり猛暑でかんかん照りが続いたら

たまには雨が必要だよね。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-31 18:25 | 独り言。

コクリコ坂から

2011年7月16日(土) 初日。

d0058606_18381219.jpg
<あらすじ>
 1963年。 まだパソコンも携帯もなかった時代の神奈川が舞台。 海はおばあちゃんの持つ,アパートでおばあちゃんや妹、弟、それにアパートの住人たちと共同生活をし,毎日彼らの食事を作ることと庭に旗を揚げるが日課だった(それは船乗りだった父を思っての幼い頃からの習慣だった)。ある日、海は通う高校で運命的な出会いを果たす。 俊。 海の旗のことを学校新聞に詩で綴った,文藝部の三年生で部長である。
 カルチェラタン。 それは男子の部活動が集う古き建物。 カルチェラタンは、多くの生徒たちから愛される場所だが、今 取り壊されようとしていた。 その危機的状況から、カルチェラタンを守るべく、俊たち男子たちは毎日討論会を開いていた。 海のある提案で、カルチェラタンを守る計画は本格的に始動する。 そんな中、海と俊の間には特別な思いが芽生えるが 二人の出生の真実が二人に衝撃をあたえる。 

<感想>
 ファンタジー要素の一切ないジブリ作品は久しくない。 1960年代のティーンたちの日常と青春を描いた心温まる,また ちょっと ほのぼのした物語。 ファンタジーがない分,温かみのあるこの時代をふんだんに表現されているのだ。 ストーリー自体は特別ではないけれど、その特別ではないところが逆に魅力なのだと思う。 
 海と俊、そしてカルチェラタンが主役のこの物語。 主に焦点を当てたいのが…海たちの青春と言いたいところだが、個人的にはカルチェラタンである。 現実で考えたら 入りにくそうだけど 埃まみれな建物でも魅力的に描くのがジブリ・マジックと言えよう。 木の温もりがあって,その息遣いも感じられる カルチェラタンには男子高校生たちの夢と希望が宿っている。 部活動が集う場所だけど、そこにいる生徒たちは まるでこの場所の住人だ。 住人たちは皆、生き生きしている。 そこに住まう人たちが 生き生きしているとその建物も魅力的になる。 そう思った。
 「新しいものばかりに飛びついて 歴史を顧みない君たちに未来などあるか!!」という劇中の俊の言葉はとても印象的であり、心をぐっとつかまれた気分になる。 新しい時代が到来しようとしているこの時代も、今も変わらないものがある。 それは京の町を近代化してしまった事実を連想させられた。 それに、古い建物を壊し,次々と新しい建物を作る現代人の傾向を叱咤するかのごとくである。 少し大げさかもしれないが、俊のこの台詞が世界中に届いたらなぁと思う。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-30 18:37 | 映画タイトル か行

ハリー・ポッターと死の秘宝 part2

2011年7月15日(金) 初日☆

d0058606_21301036.jpg
<概要>
 魔法界で最も恐れられる魔法使い・ヴォルデモート卿。 彼の死の魔法から唯一生き残った少年、ハリー・ポッターの物語。 ハリーはマグルと呼ばれる,非魔法族の家庭で育てれた。 ティーンになった頃、彼の元に魔法学校からの知らせが来た。 ハリーは魔法使いになる道を選び、彼の長い旅路が始まった。 ホグワーツへ入学したハリーを待ち受けていたのはかつて両親の命を奪った,ヴォルデモートとの戦い。 ヴォルデモートはあらゆる手段を使い、ハリーの命を狙うのである。 様々な出会いやヴォルデモートとの戦いを経て、ハリーと魔法学校で出来た親友・ロンとハーマイオニーはたくましく成長していく。 全てはヴォルデモートとの直接対決へと向かっていた。



<パート1までのあらすじ>
 ヴォルデモートが復活し、魔法界には暗雲が広がっていた。 ハリーたちはヴォルデモートを倒す手段として、いくつにも分散されたヴォルデモートの魂こと,“分霊箱”を追うことに。 そしてもう一つ、ヴォルデモートに対抗するためのものとして、ハリーの持つ“透明マント”を含む,死の秘宝が必要だった。 ヴォルデモートが死の秘宝の一つで最強の杖・ニワトコの杖を手にする前に阻止することと分霊箱を破壊することがハリーの使命であった。 ロンとハーマイオニーの二人と三人の冒険を描く。

<パート2のあらすじ>
 ニワトコの杖がヴォルデモートの手中におさめられ、頼りのダンブルドア校長もこの世にはいない。 そんな最悪な状況の中でもハリーたちは分霊箱・破壊の旅を着々と進めている。 ヴォルデモート率いる闇の魔法使いの勢力と、ハリーを中心とした,ホグワーツの生徒・教師、さらに“不死鳥の騎士団”(ハリーの護衛軍団と言うべきか)たちとの壮絶なる戦いの火蓋がきって落とされる。 全ての鍵を握るのがハリーとヴォルデモートとの闘いにある。 どちらかが滅び、どちらか一人が生き残る。 そして…ハリー誕生、ホグワーツ入学にヴォルデモートとの戦いの日まで,明らかになることのなかった真実が今、明かされる。


◆感想◆
 あっという間…。 シリーズ第一作目『賢者の石』の映画化から10年という月日が経った。 ハリーの魔法の力は10年を一瞬のように感じさせるほどのものである。 ハリーと共に子供から大人になるまでを生きたという人も少なくないはず。 つまりは、主演のダニエルと同世代の人たちは 特別に思えたことだろう。 全く同じ時間を生きたわけではないが私もその一人だ。  毎回、ハリー、ロン、ハーマイオニーは互いの長所で互いに助け合い,知恵を出し合いながら ヴォルデモート(ハリーの天敵)と,あるいは その使いたちと戦い,三人は大人の魔法使いに劣らぬ力をつけていくというのが特筆すべき,見所である。
 『ハリー・ポッター』の魅力はそれだけではない。 映画を観るたびにシリーズ一作目から原作を読みたい意欲をそそられるということがまず一つ。 子供たちを楽しませる話から、次第に大人向けの作品へと進化していくのも他に中々観れるものではないだろう。
 今回の『パート2』。 一言で言うなら 最高に面白く,完成度が高い。 ただ、注意すべきは前作までを観ずにいきなり観ないこと。 出来ることなら、原作か映画シリーズを先に読んで,観ることを薦めます。 前作までを劇場で観ていても、おさらいするべきかもしれない。  
 シリーズものというのは あとに行くにつれて質が落ちてしまう事もあるが、一切落ちることなく,むしろ後半戦になるとより楽しくなる。 決して明るい話ではないけれど 盛り上がるところは凄く盛り上がる。 原作が面白いから 映画もシリーズ通して 良いのだというのも事実だけど、『スター・ウォーズ』シリーズと肩を並べるくらい,映像・内容それぞれレベルが高い。 二つに共通するのはそれだけではない。 前作までの感想の中に書いてかもしれないが(原作の感想などで) 今回の『死の秘宝』のクライマックスは SWのを観ていると同じくらい観るのが辛い。 両作品の主人公ともにダークサイドの力におされるところも。 ただ、ハリーの場合は堕ちることはない。 
 『パート2』で注目すべき点は多々あるのだが、まず一つはハリー以外のキャラクターたちの活躍。 もちろん、ハリーも凄い。 主人公を支えるキャラクターの中で何人か例をあげると、ウィーズリー婦人、ネビル、マクゴナガル先生、アバーフォースがそうだ。 
 ウィーズリー婦人が魔法を使う場面と言えば、ハリーたちがロンの家を訪れた頃,家の食器をひとりでに動くようにしていたのが個人的には記憶に残っており,戦いのための魔法を使っているのを観るのはギャップがあるし、驚いた。 べラトリックス(ハリーの良き理解者の一人・シリウス・ブラックの家系の一人だが、ヴォルデモートを崇拝)との女のバトルは劣勢に思われたが…実は強いのである。 それが凄いと思った。 魔法バトルじたいもどの場面も 凄いけど、敵の最期の描き方が美しい。 それはこの女のバトルもハリーとヴォルデモートとの闘いにも言える。
 ネビル。 ホグワーツ入学から、一番成長が際立つのがネビルと言っても過言ではない。 人より失敗が多くて、スリザリンから馬鹿にされていた彼が,薬草学の才能が発掘された時も 良かったけれど 今回の活躍は主役級。 ネビルのたくましさに かつもくせよ!! という感じ。 ネビルが終盤で手にするモノに驚いたけれど、それは 彼にふさわしきもの。 それを手にして,使いこなすところが爽快。 ハリーの寮友には頼もしい存在が多いのだと思った。
 マクゴナガル先生の魔法は彼女が登場する全ての作品において凄いなぁと思うのだが、“最後の戦い”が今、始まる…というとき、陣頭に立って防御の魔法を使うところはカッコいい! ホグワーツの城にはこんな兵力があったのか!と思うし、その登場場面にも興奮。 特に描かれてはいないけど、彼女が次期・ホグワーツ校長となるであろうことが見えるシーンと言えるだろう。 「この魔法、使ってみたかったのよね♪」というチャーミングさが面白い。 このように、映画全体が暗めの中にもユーモラスの場面は少なくないのだ(ハリーとジニー(ロンの妹)の再会後、ジニーの言動に対する,ロンの一言がツッこまれる場面もその一つ)。
 アバーフォース。 アルバス・ダンブルドアの弟。 アルバスとは対照的な性格の持ち主で ぶっきらぼうのようだが、実は慕われる存在。 それは、グリフィンドール寮の仲間たちとハリーたちとの再会の直前に彼らがネビルにつげる一言からわかるだろう。 彼の活躍は、ハリーの良き理解者亡き後から既にあったのだ。 さらにクライマックスで敵勢力を一括するかのごとく,魔法をドカンと使うところは兄以上にかっこ良い…かもしれない。
 ハリーの仲間のみならず、ダークサイド側のキャラクターにも注目したい。 べラトリックスは邪悪さを体現した一人だが,その強さに魅了される人も少なくないはず。 ヴォルデモートすら魅力的…というか、敵が魅力的でなければ、面白くないのだ。 ニワトコの杖の威力を体現するヴォルデモートの魔法場面は見所の一つだし、カッコいいとも思う。 余談だが、ある程度の特殊メイクはされているだろうが、あのスキンヘッドが本物なところが凄い。 さらに。関係ないが、オフトークも動画サイトなどで是非ご覧いただきたい。 ハリー、ヴォルデモート、ドラコ・マルフォイを特に。
 シリーズを通しての変化に注目すべきキャラクターはネビルたちだけではない。 ドラコ・マルフォイもその一人。 ハリーのいるグリフィンドール寮と敵対するスリザリン寮でマグル嫌いのマルフォイは、シリーズ前半は意地悪な存在だったけれど、ヴォルデモート復活後は それまでと大きく変化している。 心の葛藤、苦悩が窺えるになり、その様子は まるで これはもう一人の主人公かのよう。 実際、そうと言えるかは観る人しだいだが。 決意を試される,終盤の“あの”瞬間も心から望んでいないのがよくわかる。 ハリーへの最後の意地悪もあるけれど、そのやりとりの行く末、絶体絶命の時,ハリーへ手を伸ばすとき,敵対心は一切ないように思えた。 マルフォイにあったのは純粋に救いを求める心だったと思う(ハリーがマルフォイを助ける優しさがヴォルデモートとの大きな違いな一つなんだなぁと思う)。卑怯に見えるかも知れないけれど、彼ら一家だけは ヴォルデモートに完全に屈服しておらず、家族が再びそろうところも,母が子を案ずる場面も温かみがあるし、マルフォイ母がハリーにとった行動は とてもダークサイドには見えなかった。
 防御の魔法をかける瞬間(ここらへんもSWの一場面を彷彿させる気がする)、ジョージとフレッド(ロンの兄で双子)やルーピン(ハリーの恩師で不死鳥の騎士団員、人狼)たちが戦いの覚悟や決意を見せるところから、この大掛かりな魔法バトルの興奮は始まっている。 それは期待を裏切らないと思う。
 ダークさ、ユーモア、スリルなどがある中で、もう一つ大事な今回の要素としては感動。 感動は意外な人物から発生される。 既に原作を読んで感動していたのだが、やはり映画でもその感動は変わらない。 スネイプがダンブルドア校長に誓った,忠誠と役目…それに 衝撃的でハリーの恨みをかう,シリーズ終盤の“あの”場面の真実も感動ポイントに入るであろう。 そして奇しくも,ここでスネイプのイメージはがらっと良きものに変わり,それは シリウスがハリーの名付け親でジェームズ(ハリーの父)の親友だとわかったときほど,ハリーにとって大きいことだった、それが本当に感動したのである。 涙が出なかったのが悔しい。 そしてそれがカタチとなったのが ハリーの子供の名前が明らかにされる場面。 二人の恩人の名前がそこにあり、彼らがその息子の中で生きていることがわかる。
 そして。 一番の魅力はやはり、ハリーとヴォルデモートの最終対決場面。 (それはハリーに隠された衝撃的な真実から始まる)。 ハリーがヴォルデモートの魔力に匹敵するというのが まず凄い。 長いようであっという間に決着がつく…という感じ。 その激しいバトルの中で休息場面を入れるところを含め、完成度の高さがこの一場面で表現されている。 一筋縄ではいかない二人の闘い。 決着がつく瞬間は実に鮮やか(そこにネビルが一躍かっているのも凄い)。 そしてその直後の のどかさ は最初で最後の特別な瞬間。 
 『パート2』はハリーたちの成長の集大成。 ここまで強くなったんだよというのもあうし、もう一つ重要なのが、ヴォルデモートとの“違い”を表す物語であるということ。 言い換えれば、ヴォルデモートと同じ力を,一部を持ちながらも“ここが違う!”ということを証明した話。 シリーズが完結してしまうのは とても寂しい。 今回の話は特に 二度観ても楽しいと思う。 繰り返すようだが、ここまで観終わってから、もう一度 映画もしくは原作をシリーズで復習するのもいいかもしれない。


◎満足度◎
★★★★★(満点)…100%以上
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-29 21:29 | 映画タイトル は行

七夕グリーティング。

2011年7月7日(木)
(※7月15日 更新)

d0058606_6234339.jpg



最近、『mochiko's room』の方で

ディズニー関連の日記を毎日更新していますので

こちらでは、

そこで紹介しきれなかった写真を載せていこうと思います。

書いていることが多少かぶるかもしれませんが…


そんなわけで

今回は一週間以上経ちましたが

『七夕グリーティング』についてです。


ミッキーやミニーなど

ディズニーを代表するキャラクターを中心に

白雪姫&プリンス、ピーターパン&ウェンディ、メリー・ポピンズ&バート

…という おそらく一年前にはいなかったキャラが

笹の葉を持ち登場(全員は持ってたかわからんが)。


今年は二回も七夕を観れてラッキー☆

だから願い事も二つ書きました。

自分のことと、被災地復興のことと。


あっという間に通り過ぎてしまう,

パレードですが

毎年少しずつ変化しているようなので

来年以降も

観る価値あると思います!!

是非、次回の『七夕グリーティング』を観てみてください♪♪
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-28 06:17 | ★ディズニー・リポート☆

カルシファー。

d0058606_21221770.jpg


2011年7月13日(水)


今日の夕方は“お盆のお迎え”をしました。

送り火を毎年するたびに思うのが

炎の美しさ。


炎は人を焼き尽くす凶器でもあるけれど

暖を取ることもできる。

料理も作れる。


色々。


燃え上がる炎も綺麗だけど、

燻る炎も好き。

炎というより、人工的な光に見えてくる。

燃えカスを赤いような紫のような…明かりが照らす。


じーーっと観ていて思った。

炎がまるで生きているかのようだと。

時に細い糸のような炎が燃えカスの隙間から

一生懸命潜り抜けるというか

這い出している感じが生きているかのようで

凄く面白い。


さらに。


ほとんど燃えつくして

わずかな炎が残る時。

赤い光がチラチラと光る感じが

まるで人間の心臓のように脈を打っているかのように

見えたのです。


そして私の頭の中には

『ハウルの動く城』に登場した、

カルシファーの姿が。

カルシファーのように目や口はないけれど

きっと炎には命がある。


だから

水をどばっとかけないで

ただただ燃え尽きるのを眺めるのです。

火事があれば

すぐ消火するけれど

こういうときは、水をかけてしまうのが可哀想な気がする。


炎は時に人の心に

明かりを灯す。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-27 21:21 | 独り言。

マイティ・ソー

d0058606_21573757.jpg
<あらすじ>
 宇宙には9つの惑星がある。 その一つがアスガルド、神々が暮らす王国である。 その国を治めるのがオーディンである。 オーディンはかつて地球人を氷の巨人から助けた英雄。 オーディンは息子にその王位を譲ろうとしていた。 その式典の最中、事件が起き,ソーの王位継承の式はお預けとなった。 天敵である,氷の巨人ラウフェイの魔の手がアスガルドに忍び寄っていたのだ。 それを知った,ソーは弟・ロキと護衛たちを連れて,氷の巨人たちの住処・ヨトゥンヘイムへ乗り込むが,それがアスガルドへの大きな災いとなり,オーディンはソーから雷神としての力を全て奪い、彼を地球へ追放する。 ソーが神から人間へと堕ちる元凶となったのは、ロキだった。 兄への嫉妬心からである。 ロキは無力となった兄を倒し、父親からの愛を得ようともくろみ,ソーは己の傲慢が招いた罰を,父親の思いを人と触れ合うことで知り、学んでいく。

<感想>
 映画語の好き嫌いとその物語が面白いと思うかどうかは別だと考えるのは私だけだろうか。 もうちょっと内容を膨らませたら…とか、考える部分はあるけれど 個人的にこの手の話…つまり、アメコミ・ヒーローの映画は好きだ。 しかし、『マイティ・ソー』はこれまで映画化されたマーベル・ヒーロー作品とは違う印象を受けた。一人の青年の成長を描く人間ドラマというところにおいては、他の作品にもつながるのだが。
 まず、大きな違いはパワーの源にある。 最初から強いのだ。 しかし、その力は一度失われ,ゼロからスタートし、再びヒーローとなって帰ってくるという構成が今までの逆パターンだ。 主人公の性格・特徴も“オレ様ヒーロー”という新たなジャンル。 いくら傲慢とは言え、その中に信じる正義があるから憎めないし、魅力的なのだと思う。 まさしく“若き”ヒーロー。 
 見所はどこか。 それは大きく分けて二つ。 ソーの力を見れる最初の場面と、雷神として復活した後のロキとの兄弟対決だと私は思う。 シェイクスピア作品の影響もあると言うが、エンタテインメントとしての方が濃いような気がする。 アメコミの多くは…と、言えなくもないけれど スパイディのような充実した作品も少なからずある。本作もなんとなく、人間ドラマとしての魅力も垣間見えるが。
 続編の有無はわからないけれど、マーベル・ヒーローが集結する異色作にソーは再登場するらしい。 しかし、『マイティ・ソー』じたいで考えると 『スパイダーマン』シリーズのようにまだ続きそうな余地はあるしめくくり。 だいたい続編の製作は一作目の運命しだいだが,正直なところ その面では微妙かもしれない。 一度力を失ったヒーローが,挫折を味わうことで多くを学び,ヒーロー再生を目指していくの物語は単純だけど、個人的には好きだ。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-26 21:56 | 映画タイトル ま行

Disney's EASTER WONDERLAND 2011

2011.6.16.Thu.


d0058606_8365485.jpg



 4月半ばより再開したランド。 そして、二年目の『イースターワンダーランド』!! 今年は「うさたまポン!」というミニゲーム的要素が入っている。 ホームタウンチケットのおかげで既に5回ほどインパしております。 というのも、6変化ミッキーを写真におさめるためです☆
 あと、何回か行くかもしれませんが、つい先日にインパした際の日記を自己満足ではありますが、書こうと思います。 


*****


天気:曇り のち 雨。


 6月に入ってから梅雨入りで中々すっきりした天気に恵まれない。 この日も朝から厚めの雲がかかり、早起きしたはいいものの,散々悩んで 最初のパレードが始まる一時間くらい前,9時50分頃に入園。
 今回の目当てはプラザで、時間的にいい場所をとるには微妙な時間。 チケットブースにたどり着く頃に がくっと肩がさがった。 イースター開催中に行った中で一番の行列が!! GW明けの月曜日は めっちゃ空いていたのにね。 他の人も言ってたけど、この日が、「千葉県民の日」だったのではないかと思うほど。 とは言え、まだまだです。 来月以降、きっと もっと人が来援するのではないかと思われます。
 
 真っ先にプラザに行こうと思ったけれど、ちょっとわき道それて ワールドバザールから『カリブの海賊』方面へと向かった。 そこに二つの発見が。 一つは『カリブの海賊』付近のレストランの建物の脇に 自転車+オルガンが置いてあるのを見つけた。 屋内とかではく、こんなところにあったのか!、と。 
 二つ目は、『パイレーツ』の四作目の公開に合わせたギャラリー近くにて。 なんと…キャプテンが! これまで観てきたのは、ギャラリー内だったのだが、外にいたのである。 なんだか人だかりがあるなぁと思ったら! 本物と比べると、声も顔もそっくり。 ただこちらのキャプテンの方が面長というか、顔が小さい感じ。 シリーズの中のどこでついたかは定かではないのだが、顔にある小さな傷もちゃんと描かれていました。 一枚だけ写真をさっと撮って、シンデレラ城前へダッシュ!!

 今まで何回かイースターを観に来たものの,シンデレラ城前の広場で観るのは今回が初めてだった。 他のパレードルートと違うのは アロハや工場長ミッキーは観れないが、その代わりに長くパレードが楽しめるということだ。 ショーモードも長い。 フロートが2周まわってくるのである。
 見所としては、長い帽子と水色衣装のミッキーがセンター(フロートから降りて)でダンスを披露すること、二週目でウサミミバージョンで登場するときに見せるフロート上のダンスと,最後に見せる,肘を柱において斜めに立ってポーズを決めるところ。 さらに! かなりノリノリなティガーである。 ダンスが最高。 二周目あたりは やる気なさそうなところをプーたちにツッこまれてた♪ 
 そしてそして!! 二回目のイースター・パレードのときに、エッグハントのエキスパートコースの参加者が楽しめる,赤と緑の二羽の鳥たちが登場するくだりを少し観れることだ。 シンデレラ城前に来る前に,シンデレラ城の左側,通路をはさんだ先にある建物で何やら通常観れないイースターのショーがやってたようだ。 その流れでシンデレラ城にもやってくる。

 一回目の「イースターパレード」から「ジュビレーション」までの空き時間。 何回か行くとどう時間をつぶすか悩むけれど、今回はキャラグリに時間を費やすことにした。 先週行ったときにアンジェリカのサインをもらったばかりで サイン帳持参だったので とりあえずどのキャラが出てくるかわからずに、列に並んだ。 誰が出てきたかというと、ドナルドです!! めっちゃ緊張しながら、サインと1ショットを撮らせて貰いました。 一人出来てキャラクターと触れ合うのにテンションあげるのは少し勇気が必要でした。
 次にミッキーの列に。 自分が最後でないことを祈り、長蛇の列の最後尾へ。 並んでいる間にベルが登場して、帰っていってしまった。 けれど、やっぱ ここは ミッキーです!!! なんとも可愛い写真が! ミッキーという大スターと触れ合えるだなんて! 誰かが入っているのはわかっているけれど、私にとってミッキーはミッキーにしか映りません! 
 その後、ワールドバザール前にいるキャラに超え掛けまくりです。 フック船長、オーロラ姫、デイジー、プルート、グーフィー、スクルージ叔父さん、チップとデール、フェアリーゴッドマザー、ベルにゼペットさん!
 ゼペットさんは他のキャラにサインもらった後に、「ちょいと、わしも書くけど?」と追いかけてきてくれたのでゲット! 
 プルートは器用にも、鼻の上でサイン書いてました。 …ってか、声かける前にサインとか書きづらくないかなぁと心配でした。 

 チップとデールに関しては チップから書いてもらいました。 チップは愛想良く「バイバーイ」としてくれたのですが、デールは やきもち焼いていて可愛かったです。先に書いてもらってたチップのサインを見て固まったかと思うと、握ったペンを放しませんでした。 返してくれたかと思うと 今度はサイン帳に手を伸ばしぎゅっと。 そこにふらっとフェアリー・ゴッドマザーが現れ,デールと掛け合い。
 デールは「チップと僕だったら どっちがいい?」とこちらにもゴッドマザーにも聞きまくってました。 そしてゴッドマザーと二人、サイン帳の見開き並んだ,チップとデールのサインを眺めて,どっちがいいか互いの手をクロスさせながら、指差しあいっこしていました。 最後にサイン帳を握ったのはゴッドマザーだったので、彼女にもお願いしました☆

 最後にジャック船長のサイン&写真ゲットへ。 しかし、時間を空けて行くたびにアンジェリカで、中々キャプテンに出会えなかった。 三度目か四度目くらいでようやくです。 独特の発音なので言っている内容が一部しかわからず…。 サインは、謎のトルネード付だったけれど 綺麗だったなぁ。

 この日も雨の予報が夕方から出ていたものの,特にパレードに支障もなく、良かった。 あと何回いけるかなぁ…。

 
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-25 08:34 | ★ディズニー・リポート☆

赤ずきん Red Riding Hood(2011)

2011年6月15日(水)

d0058606_0532673.jpg
<あらすじ>

 昔々。 純白に染められた山々の中に孤立するように,ある一つの村があった。 その村は常に危険と恐怖にさらされていた。 満月の夜だけに現れる,人狼である。 村人たちは 人狼による犠牲者を出さないよう,生贄を捧げるという協定を“彼”と結んでいた。 それにより平和が保たれているはずだった…。 しかし、村の少女・ヴァレリーが大人になる頃,人狼によって破られる。 
 ヴァレリーには親が決めた許婚・ヘンリーと、幼馴染のピーターとがいた。 ピーターに思いを寄せる彼女は家族を捨てる覚悟を決め,ピーターと駆け落ちをしようとしていたが…その矢先に悲劇が起き,さらには惨劇が始まる。 人狼退治のために呼ばれたのは、かつて人狼と戦ったソロモン牧師。 ソロモン牧師の口から告げられたのは、村人たちの中に人狼が混じっていることだった。
 人狼の真の狙いはヴァレリー。 彼女の愛する人たちの誰もが人狼の眼差しに見える。 果たして,“誰が人狼なのか?

<感想>
 グリム童話にある物語はファンタジーな世界ばかりだけれど、長い月日を経て,その発祥からカタチを変えてきていることから、もともとはダークな物語だったのではないかと思う。 しかし、そのダークな御伽噺というのは 実際映像としても文字の上でも見たことがなかった。 しかも、少女だった『赤ずきん』が大人になって…ということから、私たちの知らない『赤ずきん』が観れるという期待も大きかったのである。 もし一言で表すとするなら、ロマンティック・スリラーと言ったところだろうか。 もしくは、ミステリアス・ラブサスペンスとか。
 雪で覆われた銀世界に、赤。 なんて映えるのだろう。 自ら(人狼の)標的になりにいっているかのように
思える。 ここでは ヴァレリーのおばぁちゃんが孫娘の結婚祝いの前倒しとしてプレゼントしたという設定になっており、おばぁちゃんが怪しいと思ってしまった。 人々に広く知られている『赤ずきん』の物語の要素がところどころに 取り入られているゆえになお更。 物語を全く別にするのではなく、元になった物語に敬意をはらっているところが、見所の一つと言える。 まさかのパロディもある。
 オリジナルでは純粋な狼だったのに対し、この作品では“人狼”としたのは とても面白いと思った。 人狼が誰なのかを推理するミステリーチックな要素まであるのだから。 そんな危機迫る中でのヴァレリーを中心とした,三角関係。 ピーターとヘンリーという正反対の二人とヴァレリーとの恋。 『トワイライト~初恋~』シリーズの作り手がメガホンを取っているということを感じさせる,切なくもある,スウィートな恋がとても魅力的である。 ヴァンパイアと人狼、人間の少女を描いた『トワイライト』の魅力を媒体を変えて,綺麗に描かれている。
 謎の答えはあまりに意外だったけれど、説得力があった。 そして、ストーリー終盤まで謎だったことが一気に霧が晴れたかのようにスッキリする。 オリジナルどおりの展開かとも推測していたのだが…。
 オリジナルでは、狼はお婆さんに化けて そして赤ずきんとお婆さんを飲み込んでしまうという,リアルに考えるとグロテスクな展開がある。 今回の実写映画版では、オリジナルの背景あってか、赤ずきんのお婆さんがとても妖しい。 そして、ホラーのような雰囲気が漂っている。 ヴァレリーの緊迫感が伝わってくるかのようだ。
 辛く言えば、それほど 目新しいストーリー展開ではないけれど、斬新なアイディアもあるし、映画全体の描き方が綺麗。 今回は「大人になった赤ずきん」という設定だけど、グリム童話に実際ありそうな感じがする。 だから、グリム童話の実写版という感覚で見ることが出来、個人的には好きである。 御伽噺好きにはいいかもしれない。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-24 00:52 | 映画タイトル あ行

X-MEN ファースト ジェネレーション(First Class)

2011.6.11.Sat.

d0058606_2320256.jpg

<あらすじ>
 20世紀半ば頃、ナチスの時代。 一人のミュータントが覚醒する。 それは あまりに悲劇的な誕生と言える。 怒りと悲しみの感情が頂点に達したとき、彼は磁力を自在に操る力を発揮する。 彼の名は、エリック。 時を同じくして、ミュータントどうしの出会いがあった。 チャールズとレイブンだ。 彼らは今後、長きに渡る戦いの中心となる。
 時は過ぎ、エリックとチャールズは運命的な出会いを果たす。その頃、脅威とされていたのはセバスチャン・ショウ。 ショウはエリックたちと同じミュータントであり、エリックの悲しき過去の根源。 エリックとチャールズは新人類とされるミュータントの平和という共通の願いのもと、第三次世界大戦をもくろむ,ショウに仲間たちと共に戦いを挑む。 
 しかし、彼らがその戦いの先に目指した方向は、それぞれ違うものだった…

<感想>
 『X-MEN』シリーズは、対立したプロフェッサーXこと,チャールズと マグニートーこと,エリックを中心とした戦いを描いたSFアクションだ。 三部作にあった謎やX-MENの原点が,ルーツがここにある。 作り手の狙い通り、アクションや映像力ではなく、ミュータントの第一世代の内面性が軸に物語が展開していく。 つまり、アクションに固執するなど,偏りの無いバランスの取れているのが本作と言えるだろう。
 チャールズとエリックの二人の主人公が登場する本作だが、個人的な考えから言っても どちらかというとエリックにスポットが当たってるように思える。 まず、二人の陰と陽の関係性から陽であるチャールズと見えなくは無いが、やはり今までのヒーローものという観点からいくと エリックが軸ではないだろうか。 彼の過去の悲劇から物語が始まるということ、チャールズが非攻撃的に対して 直接相手と戦うことの出来るエリックは攻撃的なのである。 作り手の言葉にもあったが、エリックがジェームズ・ボンドに見えることからも主人公的と言えるだろう。 解説を読まずしても、その印象を受けるはず。 ボンド役でいてもおかしくないと私は思う。
 物語の焦点は、親友同士だった二人が、どう決別していったのかにある。 互いに通じるものがあるけれど、彼らのそれぞれ違う個性やバックボーンが描かれるのが今回の見所だ。 ミュータントの平和を願う共通の重いがありながら、どうして違う道を選んだのか…。 怒りと対話、彼らの能力の根源が大きく二人を分けたと一つ。 ブラザーフッドを立ち上げて、かつての仇敵と同じ道を歩んだことから、エリックは悪役という印象が根強かったけれど、どのような過程があったのかを知れる『ファースト・ジェネレーション』(ミュータントの第一世代)でその印象は一変するだろう。 どんな悪役にも 共感できるところがある。 そうでなければ、ただの猟奇的な物語になる恐れがある。 共感できるところがあるからこそ、悪役に位置づけられているキャラクターにも魅力を感じるのだ。 もっと言えば、視点を変えて見ると その位置づけは表面とは違ってくるかもしれない。
 『X-MEN』三部作以降、スピンオフは第二作目となる。 それでも作品の質が落ちることなく、魅了されるのはなぜか。 一言で表すなら、製作陣の実力。 だけど、それだけではない。 本作を観て、またその解説を観て今までのシリーズに隠された謎が明らかにされたり、さらに言えば そもそも『X-MEN』がどのような物語なのかということも注目すべき点なのである。 たとえば、これまでのアメリカ史になぞらえている点だ。 歴史という点では、アメリカ史だけでなく、ユダヤ民族とナチスの問題もある。 キング牧師とマルコムXの二人が主人公たちの特徴に活かされているところが、言われてみれば…とは思うけれど 一番驚いた。 アクションといえば、単純明快のものが多いけれど、『X-MEN』は深みのある作品なんだなぁと思った。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-23 23:17 | 映画タイトル あ行

いつまでも良い夫婦。

2011年6月10日(金)


つい数日前に

心和む光景を見かけました。


それは

ある老夫婦です。


小柄な二人で

しかも仲よさそう。

二人並んで買い物の帰り道。


やっぱり年齢を重ねても

こうして夫婦そろって買い物できるっていいよね。

おばあちゃんも,こんな旦那さんがいて幸せだろうな。


おじいちゃんやおばあちゃんの背中って

なんだか心癒されるものがある。


私はその老夫婦の背中を見て

羨ましいというか、

自分も将来こんなだったらいいなぁと思いました。

その背中だけで

仲の良さが伝わってくるようです。


その老夫婦のことは何も知らないのだけれど

少しでも長く

幸せな生活を送ってほしいなぁと

思いました。
[PR]

by jd69sparrow | 2011-12-22 00:05 | 独り言。