<   2012年 01月 ( 25 )   > この月の画像一覧

麒麟の翼

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by jd69sparrow | 2012-01-31 18:40 | 映画タイトル か行

きみはペット

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by jd69sparrow | 2012-01-24 21:28 | 映画タイトル か行

Always 三丁目の夕日 64'

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by jd69sparrow | 2012-01-23 21:27 | 映画タイトル あ行

フライトナイト~恐怖の夜~(2012)

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<あらすじ>
 ラスベガス付近にある閑静な住宅街。 チャーリーは母親のジェーンと二人で暮らしている高校生である。 彼にはエドという親友がいたが,学園のアイドル的存在エイミーに好かれるために親友を捨て,新しい友人たちとオタクを脱出した。 チャーリーの隣に一人暮らしのジェリーが引っ越してきた頃、彼の身の回りで異変が起こり始めていた。 エドはジェリーがヴァンパイアであることを突き止め,チャーリーに忠告するが チャーリーは聞く耳を持たなかった。 しかし、エドに過去のコスプレ映像をネットに脅され,嫌々ながらも 行方をくらませたままのコスプレ仲間のアダムの家に調査するが,空振りに終わる。 二人が分かれ,その帰り道 “影”がエドの前に立ちふさがる。 ついには エドまでも 失踪。 翌日エドの家に訪ねると エドの部屋で 身が凍るほどの真実を発見するのだった。 それはエドの忠告を裏付けるもの。 ジェリーもまた,チャーリーが事実を知ったことを知り,チャーリーとその周りで殺戮を始め、そしてチャーリーは愛する人たちを守るべく,ヴァンパイアと闘うことを決意する。



<感想>
 鑑賞前後の印象で変わらなかったことは B級感である。 しかし、『トワイライト』など 人間とほとんど変わりないヴァンパイアものが 注目される中での 本作の登場は とても新鮮に思える。 甘いマスクの裏に獣としての本能が隠れている。
 モンスター・ジャンルとしてのヴァンパイア映画のお約束どおり,狩りの瞬間は 肉食獣そのもの。 ハイエナのようにも狼のようにも見える。 吸血鬼としての本性は 狩りの瞬間ではない…と私は思う。 人間に置き換えても言えることだが、本性という言葉に結びつくのは“怒り”。 “怒り”が頂点に達したとき,表に出るのだ。 それは長期的に蓄積されたり,瞬間的に爆発したりものする。 本作では 吸血鬼的な急所をついたときに現れるようだ(人間的にも言えると言えるかもしれないが)。 命に危機感を覚えた時、防衛本能が働き,それが あの醜い姿となる。 そう考えると モンスター・ジャンルの吸血鬼はとても動物的だと思う。 人間的に考えれば、怒りや憎しみに支配されてしまった時ほど、醜くなってしまう。 ここでのヴァンパイアは 本性の出る前後での差が大きく表現されているけれど、それは人間の恐ろしさの具現化ともいえるかもしれない。
 二十年以上前に一度後悔された,『フライトナイト』が最新技術を駆使しての,リメイクとあって とても現代的に表現はされているけれど そこにある空気は古きよき時代のものと言えるだろう。 殺戮者として,ホラーアクションの“恐怖”として描かれた時代,恐怖とパニックを感じさせるヴァンパイア映画がここにあるのだ。 個人的な見方としては 『シザーハンズ』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で用いられた色彩で『ドラキュリア』というキャンバスに伝統的なヴァンパイア映画を描いているイメージ。
 “恐怖”から追われるという ハラハラ・ドキドキ感が終始続く本作。 次々と魔物の犠牲者となり、自分だけが取り残される…逃げ切れたと息をつく間もなく,魔の手に…というホラーの定番的な場面や いくら抵抗しようと何度も立ち上がり,次第に過激に追い詰めていく場面など色々ある中で、一番スリルがあり,刺激的だと思ったのは ダンサーのドリスとチャーリーの脱出場面である。 恐ろしい敵のアジトに忍び込むと,その敵が主人公の脱出前に戻ってくる“鬼ごっこ”なシーンは 特に珍しくはないけれど 主人公たちにとって恐怖で押しつぶされそうな場面というのは 緊張感がはしるけれど 同時に見所でもある。 ドキっとする瞬間を随所に散りばめながらも,中々 その頂点に達することはなく…と、思いきやの最後にサプライズ。 人の心を読み、五感が長けているであろう,ヴァンパイアの特性をわかってはいるけれど 観る側としては 主人公たちに感情移入し、彼らの観る景色・世界が
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by jd69sparrow | 2012-01-22 17:14 | 映画タイトル は行

ニューイヤーズ・イブ

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<あらすじ>
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by jd69sparrow | 2012-01-22 00:00 | 映画タイトル な行

ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル

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<あらすじ>
 IMF。アメリカ政府が認めた不可能ミッションを遂行するスパイ・チームだ。 イーサン・ハントもその一員である。 ある時、ロシアの牢獄にいたイーサン。 そんなイーサンをダッシュさせること、イーサン自身が脱出することがイーサンたちIMFで結ばれた新しいチームの最初のミッションだった。
 イーサンにとって初顔合わせのベンジーとジェーンの二人の三人でミッションは始まった。 今回はロシア・クレムリンに眠る極秘ファイルの入手がミッションである。 それは 核の専門学者で過激派のヘンドリクスがもくろむ,核ミサイル発射コードに関するものだった。
 しかし そのヘンドリクスの妨害により,イーサンはクレムリン爆破の汚名をきせられることとなり、IMFから切り離されてしまう。 それでもイーサンは 屈することなく,むしろ汚名返上と,核ミサイルの発射阻止に立ち向かうのだった。 

<感想>
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by jd69sparrow | 2012-01-21 00:50 | 映画タイトル ま行

インモータルズ-神々の戦い-

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<あらすじ>
 人類誕生の遥か昔。 天空で神々たちの戦争があった。 ゼウスを始めとする光の神たちは闇の神々に勝利し、彼らを地の底に封印し,平和をもたらした。 それから 何百年も経ち、人類が繁栄し始めた頃,地上に邪悪な者が現れる。 イラクリオン国王・ハイペリオンは,神の戦争により行方知れずとなった,神の武器・エピロスの弓を捜し求め,闇の神タイタン族を復活させることを目論んでいた。
 ギリシャの小さな村で暮らす青年・テセウスもまた,ハイペリオンによる支配の脅威さらされる。 信仰心のない彼が信じるのは 己の槍のみ。 農夫でありながらも 誇り高き戦士の魂を持っていた。 間もなくして,歯イペリオンの奴隷の身となる,テセウスだったが,可視能力を持つ,巫女パイドラとの運命的な出会いにより,ハイペリオンに立ち向かうことを決意し旅立つ。
 やがて、光の神とタイタン族をも巻き込む戦争へとつながっていく。

<感想>
 『タイタンの戦い』のように光と闇の神が登場し、彼らの戦いの間に人間の選ばれし青年が登場するという設定までは そう珍しくないのだが、『300』の映像クリエーターが描くアクションとあって 見ごたえ抜群の映像美を拝むことが出来る。 ストーリー構成は ヒーロー映画の王道をベースにしているものの,意外な展開も所々に散りばめられている。 スタイリッシュなアクションと,解説にも強調されているように 絵画の世界をモチーフにされた芸術的な映像が魅力である。 ちなみにアクションは『トランスポーター』を手がけてコーディネーターによるものとあって 力強くスピーディに仕上げられている。 とりわけ、光の神々が降臨したのちの タイタン族との戦いの場面は,一撃一撃に重みが感じられる。 もちろん、テセウスとハイペリオンとの一騎打ちにもそれはあるのだが、前者とは やはり差が明確である。
 光の神たちがスーパーマンのように あるいは 隕石のように 瞬くスピードで地上へ向かい,さらに 地上へ着地するところも かなりインパクトがある。 光と闇との差をつけるべく,神の鎧に神々しい金がつかわれていることも 映えていて 色的にも楽しむことが出来るだろう。 まるでゴレンジャーのように降臨する瞬間も忘れがたい。 
 オリンポスの神々と言えば、“十二神”であるが この映画ではその半分しか登場しない。 戦士として描く場合、この六神がふさわしいからといってしまえばそれまでだが、他の六神も拝みたかったし、もっと欲を言うなら,ハデスも登場して欲しかった。 “インモータルズ”とは神々のことを指すのだから、十二神が大集合し、徹底的に神の戦いだったらとも思うのだが、あくまでテセウスが“神”となるまで人類視点で描かれたものゆえ,神が目立ちすぎずなのである。
 映画の中には過激な場面がちらほら見受けられる。 その9割がたが暴君ハイペリオンによるものだけれど、個人的に印象的なのは 戦いの神・アレスの“その”シーンが好き。 よくアクションの振り付けはダンスの振り付けと並べられるのけど、まさに それがわかりやすく顕著にでているのが 彼の見せ場のシーンなのだ。 複数の敵相手の頭を次々と粉砕していくのが 映画鑑賞後も頭に鮮明に残っている。 絵筆で一振りするかのように綺麗な半円を描き,血しぶきが飛び散るのがグロテスクでありながらも 美しくもある。 顔が粉々になる過激なシーンだが、グロテスク通り越して,綺麗。 アレスの一撃が入る瞬間のスローモーションを思い浮かべるとゾっとはするけれど、そこをあえて 生々しく映し出さないのがイイなぁと思った。 リアルに描いていたら、別のジャンルになってしまうだろう。
 
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by jd69sparrow | 2012-01-20 18:16 | 映画タイトル あ行

三銃士(2011)

2011.10.28.Fri.

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【あらすじ】 
 17世紀のフランス。 若きルイ13世がフランス王位を受け継いだ。 幼く無知な彼の背後では 玉座を狙うもの、大切なものを奪おうとする者など 影が忍び寄っていた。 
 アトス、アラミス、ポトスの三人はかつて“三銃士”としてフランスという国に忠誠を誓い,極秘任務を遂行していた。 ミッションにはアトスの恋人・ミレディも加わっていたが,目的にたどり着いた瞬間,三人を裏切り,イギリスのバッキンガム公爵に願えるのだった。 以来、三人はすっかり落ちこぼれてしまう。
 それから数年の月日が過ぎ、ガスコーニュから都会へと足を運んだ一人の青年が現れた。 彼の名はダルタニアン。 銃士になる夢をかかえ,田舎からやってきた彼だったが,その道中でいきなり,フランスの宰相・リシュリューの腹心,ロシュフォールを敵に回し,街に着くなり,偶然にも三銃士たち一人一人に出会い、決闘を申し込むのだった。
 ミレディはイギリスとフランスの二重スパイで,リシュリューともつながっている彼女は、フランス国王を欺くために アンヌ王妃の首飾りを盗み出す。 その一大事に気づいた,アンヌと彼女の侍女・コンスタンスはダルタニアンに盗まれ,バッキンガム公爵のもとへ渡った,首飾りの奪還を依頼する。 ダルタニアンは三銃士の協力を得て,敵地へと旅立つのだった。


【感想】
 『三銃士』はもともと,ダルタニアンを主軸にした物語の一部。 これまで何度も映像化された本作だが,この原作の設定どおりの18歳のダルタニアンと同じ年齢の役者が演じるまでに、実に百年を要したというのだから驚きである。 と、同時に原作を知る人でなければ,ダルタニアンの設定はおろか,『三銃士』が“ダルタニアン物語”のごく一部だということを初めて知るという人も少なくないのではないだろうか。 少なくとも私はそうである。 なぜ、長い成長物語の中でも,三銃士が登場する今回のエピソードがとりわけ注目されるのか。 あくまで個人的な推測だが,すべては「All for one,one for all(皆は一人のために,一人は皆のために)」という有名な名台詞にあるスピリットだと思う。 今の時代、ベストなタイミングで新しい『三銃士』が登場したと言えるだろう。
 『三銃士』の登場は,『仮面の男』でも観られる。 この作品でスポットがあたるのは,ルイ14世。 アトス、洗ミス、ポトスは三銃士を引退して,しばらくの年月を経ている。 ダルタニアンも青年から素敵な叔父様となり,ルイ14世に仕える身となって登場。 しかし、話の設定はおおもとの話と類似している点もいくつかある。 例えば、一度は国に仕える職務から離れた,三銃士が再結成し,王のために戦うところなど。 形を変えても,三銃士の影響力というのは大きいのだ。

 美しき二重スパイ・ミレディやイギリスの策士・バッキンガム公爵に注目されがちだが、やはり三銃士の叔父様たちにも注目していただきたい。 一度は愛に裏切られるも,愛を大切にするリーダー・アトス、身軽さが武器のアラミス、パワータイプのポトス。 印象的な場面は多々あるけれど、その中でも特に印象的なのは 冒頭の初登場シーンと飛行船での不意打ちの場面。 その登場シーンはそれぞれ全く違う味が出ており,三人ともが意外な登場な仕方をする。 それは上・中・下…言いかえれば、空・陸・海に分かれる。 地球をつかさどる三つの自然を現すのは偶然なのか。 しかし、彼ら三人が人が生きていくうえで大切な三つの象徴となることは間違いはなさそうだ。 アトスは、欧米版・“必殺仕事人”というべきか,それとも”忍び”というべきか。 敵に息をつく間を与えない。 アラミスは三人の中では最もミステリアスな登場。 まるで『GOEMON』に登場する石川五右衛門を思わせる。 神への言葉を唱えた後の任務遂行の速さは天下一品。 フードというアイテムの凄さを実感した。 最後にポトス。 原作では三人の中で最も頭脳が劣っているとあるようだが、2011年版の本作だと 敵にわざと捕まり、彼らを欺く頭脳派な一面を持ち合わせており,パワータイプと言って,多くの人が考えるであろうイメージを覆すギャップが魅力的である。
 もうひとつ。 飛行船での不意打ち場面。 ダルタニアンが見事,バッキンガムを欺く名場面だ。 バッキンガムだけでなく、観ている側もが彼ら四人に欺かれることだろう。 ダ・ヴィンチの飛行船に乗った,三銃士たちは公爵に総攻撃する。 その際、アラミスがいくつにも連なった飛行船の銃の背後で素早く動き,連続的に銃を撃ち込み,そしてとどめをさすように,アトスが船に備え付けられたバズーカ的なものの,取っ手をクルクル回すと同時に炎を噴射させるところがたまらなく,カッコいい(アラミス、アトス両者が)! このシーンにおいては、公爵にも注目していただきたい。 敵だとはいえ、憎めない…と言うより可愛い。 爆風にのまれた公爵は敵であって敵ではないように見えるのだ。
 
 監督の「SFのような未来物も一種の時代劇である」という言葉にはとても奥深いものがある。 『バイオハザード』という、未来モノから,その遥か昔の時代を描くという難しさを問われた時の発言なのだが、映画・ドラマの概念を覆す言葉でもあり,大いに説得力があると言える。 そして『バイオ』で発揮されたようなスタイリッシュ且つダイナミックなアクション+3Dが過去を遡る時代劇には持ってこいだという指摘には驚かされると同時に共感をえる。
 
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by jd69sparrow | 2012-01-19 23:27 | 映画タイトル さ行

ランゴ Johnny Depp is Rango

2011/10/22.Sat

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【あらすじ】
 一人、芝居の稽古をするカメレオンがいた。 憧れのヒーローに憧れてもう特訓中なのだ。 彼はペットのカメレオン。 飼い主がドライブ中に運転を誤り,その拍子に彼は水槽もろとも,まわりに砂漠が広がる道路へ投げ出された。 そこで出会ったアルマジロに諭され,“土の町”へと向かうのだった。
 町の名は、ダートタウン。 開拓時代を思わせる田舎町である。 渇きに耐えられず、バーに入る彼だったが町の抱える問題と直面することになる。 それは水不足。 町人たちは日々渇きに悩まされていたのだ。 よそ者な彼はバーのお酒のビンにかかれた名前をとり、“ランゴ”と名乗った。
 口達者なランゴは、ありもしない自分の武勇伝を語り、さらに タカとの一戦で偶然にも弾一発で勝利をおさめたことから 彼は町人たちからヒーローとしてあがめられるようになる。 保安官という地位も手に入れたランゴに立ちはだかるのは,銀行に残されたわずかな水を盗人たちから取り戻すこと。 自警団を結成するランゴだったが、その先には思わぬ真実が待ち受けていた。

【感想】
 良い意味で予想を裏切る作品というのは、まさにこの『ランゴ』のことを言うのだろう。 声の出演している俳優、監督、作曲家・・・と三点において 過去にヒット作を飛ばした彼らの共演はもちろん魅力的なのだが、それだけではないのだ。 映画としても 丁寧に作られていて,ストーリーもパフォーマンスもしっかりしていて面白い。 作品じたいにも かなりの魅力があると断言できる。
 2Dアニメという今では、CGアニメーション作品では珍しい。 だが、3Dに劣るわけではない。 やたらと3Dにこだわる昨今だが、『ランゴ』のビジュアル感は とてもリアルである。 実写とCGアニメのちょうど中間くらいだ。 広大な荒野は 実写に限りなく近い。 モーション・キャプチャー・・・いや、エモーション・キャプチャーという新たな技術を取り入れながらも,2Dで勝負するのは やはり作り手たちの力量の凄さとしか言いようがない。 新しきを取り入れつつも、古き伝統を守る。 これこそ、斬新なアイディアである。
 解説を読むと、「過去の名作のパロディが散りばめられている」と書かれている。 思い返してみると、いくつか思い当たるのだが,解説で指摘されているものと 個人的に見つけたものとは 違かった。  唯一見つけられたのは二箇所(正しければ、だが)。 それは『インディ・ジョーンズ』と『パイレーツ・オブ・カリビアン~ワールド・エンド~』である。 前者においては,洞窟的な場所を通り,ランゴら自警団一行が盗まれた水を探しに行くワンシーンにあり、後者は 物語後半にランゴが行き着く,異空間。 クラーケンに飲み込まれた,ジャックが行き着いた“ワールド・エンド”とランゴが西部の精霊と,ロードキル(アルマジロ)に会うと場所は とても似ているし、ランゴの傍らには 沈没船、そして一度倒れたランゴをつれてきたダンゴムシ・・・ これはどう考えても…。 本当ところ、この場面がそれを『ワールド・エンド』を意識したものかは,定かではないが 個人的にはテンションが上がった。 パロディからは外れるが、ランゴとガラガラヘビのジェイクの関係性は,ジャック船長とディヴィ・ジョーンズとのものを連想せずにはいられない。 簡単に言えば、正義と悪。 キャラクター性からしても二組は瓜二つ。 お茶目で口が巧いがやる時はやる,ジャックに 悪の親玉から 雇われているジェイク。 雇い主の最期さえも『ランゴ』と『ワールドエンド』では なんとなく似ている気がする。 少し話はそれるが、ジョニーは『コープスブライド』で声優をつとめた経歴もあり,その実力は確かなことは周知であるが、ビル・ナイの実力もかなりのものである(ディヴィ・ジョーンズの作りも似ている)。 それからもう一つ。 ランゴとマメータ(トカゲでランゴの相手役)を観ていると,『コープスブライド』の主人公と死の花嫁に見えてしまう。 特にマメータはトカゲという設定もあってか,目が特に『コープスブライド』を連想させられる。
 そして、パロディなのかは定かではないが ランゴがダートタウンでタカと再会した後に トイレに駆け込む件は 『ジュラシック・パーク』のワンシーンを思い浮かべられる。 他にも目を凝らすとパロディが多くあるとのこと。
 個性豊かなキャラクターたちは 魅力的なキャラばかり。 ランゴはもちろんだが、マメータや悪役のジェイクでさえ、魅力がある。 マメータは 役割的にヒロイン。 サバサバしているけれど、トカゲの本能で 話している最中に静止するという個性を持っている。 欠点でもあり,時に長所ともなる。 ネーミングもまた面白い。英語ではビーンズ、和名がそのまま表すように「豆」。 豆好きの父親がそのまんま名づけたという…。 
 ジェイク。 ディヴィ・ジョーンズのようでもあり,『ライオンキング』で言う,ハイエナたちの位置にも似た,ガラガラヘビ(ハイエナを束ねていた,悪のライオン・スカーは,ジェイクが最後,雇い主に下した決断と同じことをする)。 ジェイクの魅力は悪役でありながら,憎たらしさがないところである。 恐ろしさはあっても,邪悪ではない。 「彼なりに筋が通っている」と解説されていたと思う。 そして 何気にちょっとオシャレだと思うのは私だけだろうか。 他の登場キャラクターたちは人間と同じように,服を着ているが大蛇だるために服はなく、シンプルなオシャレ帽子のみ。 それがオシャレであり、可愛くも見えるのだ。 さらに 尻尾の先に銃がある・・・正確には尻尾代わり…のが とても斬新と言える。 キャラクター性から,そのいでたち まで カッコいい。
 ウソップ(『ワンピース』)ばりに嘘が多く、お調子者。 そして ありもしない武勇伝を語るランゴだが、その発想が面白い。 嘘をつく一方で,素直で純粋でもある。 
  
 
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by jd69sparrow | 2012-01-18 17:37 | 映画タイトル ら行

キャプテン・アメリカ the first avenger

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【あらすじ】
 1940年代初頭。 第二次世界戦、ヒットラーという二大脅威の時代、彼は誕生した。 希望を見出すのが困難だった時代の救世主、それが“彼”だった。 スティーブ・ロジャースは アメリカへの愛国心が強く,国のために軍で戦うことが夢だった。 しかし、病弱で小柄な 彼の答えはいつも決まっていた。 何度、つき返されても,親友バッキーに断念を薦められようとも 決して怯まない。 やがて彼の努力が報われる時がきた。 栄ブラハム・アースキン博士の目にとまったスティーブはアメリカ軍がヒトラーを裏切り暴走するヒドラこと,シュミットに対抗するべく,考案した「スーパーソルジャー計画」の対象者に選ばれるのだった。
 アースキン博士の発明した,血清を打つことでスティーブは見違えるほどの進化を遂げ,「スーパー・ソルジャー計画」は成功の兆しが見えた。 しかし、密かに潜り込んでいたヒドラのスパイにより,博士は暗殺され,スティーブは取り残されてしまう。 そんな彼を次に待っていたのは “キャプテン・アメリカ”という名のマスコットとしての道だった。 SSRというアメリカの組織のエージェント,ペギー・カーターによって自身の本来の道を取り戻し,スティーブは真に“キャプテン”という名にふさわしくなるべく、一人立ち上がるのだった。

【感想】 
※エンドロールが完全に終了するまで、着席のままでお願いします!

 原作が最初に書かれたのは、1940年と,あって今回の物語の時代とシンクロしている。 自由と平和が何よりも求められた時代に,キャプテン・アメリカというアメリカの自由を背負った,ヒーローの登場は必然的なものと言えるだろう。 蜘蛛の糸や鉤爪など持たず,増強された身体能力とシールドのみで戦った,最も人間的なヒーローは まさに"first avenger"にふさわしい。 つまり、「最初の英雄」。 今もなお愛されるのは、現代につながるものがあること、そして 時代が進化するにつれて,失われつつある大切な精神が彼にあるからである。 キャプテン・アメリカの最も魅力的な点は、製作者が指摘するように“努力のヒーロー”という誰もが彼を憧れと出来るところに尽きるだろう。 現に彼は出身地を偽ってまでも,どんなに自分がリスクをかかえていても,あきらめずに志願しつづけるという努力が報われて,初めてキャプテンと呼ばれるまでに登りつめているだ。 他の多くのマーベル・ヒーローたちは望まぬして能力を手にするというパターンや生まれれながら能力を身にまとっている場合が目立ち,そういうヒーローたちの登場が続いての,“キャプテン・アメリカ”の登場は時代設定は古くありながらも,とても新鮮である。 それは、時代が“今こそ原点に戻るべき”なのだということを指しているのだとも考えれる…そして人は努力しつづければ、必ずそれを見てくれる人がいるのだということにも改めて気づかされる。 また、特別な能力がなくても、彼には澄んだ心と仲間が進んでついていきたくなるような信頼がある…ということにも大いに納得できる。 
 彼を演じる役者本人が語るように、私たちは自由を手にするようになり,かつて 戦争の時代にあった結束力に生きるというよりも、自分勝手になりがちである。 しかし、結束することを私たちは完全に忘れたわけではない。 それは2011年の始め頃に発生した,東日本大震災がそれを証明している。 人は、危機に直面した時,初めて結束するのだ。 とは言え、皆が皆,実感するほどまでは届かぬものの,世界が危機にさらされていることは事実である。 だから、やはりもっと キャプテン・アメリカが希望を与えた,当時のような結束がまさに必要なのだと言える。

 「逃げても追われる。 だから相手が諦めるまで立ち向かうんだ」
 という主人公の言葉には心打たれるものがある。 これは まだキャプテン・アメリカになる前に、どんなに強い相手に叩きのめされても,何故逃げないのかとペギーに問われたことへの答えである。 彼は決して自分の欠点にも困難にも屈しない。 弱者だからこそ、わかる自分の弱さを受け入れ,バネにする,なんとも心の強い人物だ。 
 他にも名言はいくつかある。 上司に「ヒトラーを殺したいか?」という問いには「誰も死なない方がいい」という,この上ない平和主義を証明し、これまでにない力を手に入れても,自分が特別だとは思わず、「ただのガキ」だと言う。 これら全てが彼の本心であり,飾らず,偽善者でもないところがいい。 嫌なことに直面しても相手を見返す覚悟で立ち向かうことが大切なのだと語られている。

 マーベル・ヒーローと言えば、その能力の次にインパクトが大きいのがコスチューム。 キャプテン・アメリカもそう。 頭から足のつま先までのコスチューム全体が国旗…つまり、国旗を着ているという感じで 今までのヒーローの中ではかなり派手な方だろう。 スパイディのようにコスチュームには二段階あるのが,面白いと思う。 手作り感のある衣装を見たときは ニヤリしてしまった人も少なくないはず。 その後、あのカッコいい衣装となるわけだ。 ただ、スパイディと違うのは コスチュームを身にまとうものの,正体を隠しているわけではないし、見た目からしてマスク部分の露出が多い。 さらにつけ外しする場面も多め。 仮面ヒーローの見かけであって、仮面ヒーローではない。 コスチュームはあくまで“制服”と言えるだろう。
 しかし、このコスチュームよりも象徴的と言えるのが、円盤状のシールドである。 盾であり、相手に攻撃を与える武器でもある。 フライングディスクのように使うところがカッコいい。 問題は完成系のこのシールドではない。 主人公が常にシールド,つまり、盾を持って戦う行為じたいにある。 チンピラとの喧嘩では,ゴミ箱の蓋、スーパーソルジャーへの進化直後の“最初の”敵とはタクシーのドア(壊れてはずれたもの)、マスコットになったときも,真のキャプテンになってからも常に戦闘時の彼の手にはシールドが握られている。
 “盾”が持つ意味・役割。 それは“大切なものを守る”ということにある。 自分の身を守ることから始まり、それは仲間や多くのアメリカ国民を守ることへとつながる。 真の英雄の使命というのは、大切なものを守るということなのだ。
 どちらかというとシリアスであり、コメディ要素は控えめなマーベル・シリーズだが、ファンがワクワクするような要素が多い。 唯一、個人的にピンときたのはキャラクターの中に“スターク”とあったことだ。 その役柄を観れば、すぐその正体に察しが着くだろう。 もしかしたら、名前だけで気づく人もいるかもしれない。 その他にも他のマーベル作品にリンクするところがあるので、作品を観る時に是非注目して欲しい。 それを決定付けるのが『ジ・アベンジャーズ』である。 マーベルという他にない,ヒーロー・シリーズの集大成というべきだろうか。 
 漫画原作のこういうタイプの映画によく見受けられるのが、ツッコミどころ。 しかし、それがマイナス要素だとは思わない。 逆に面白いと思えるからだ。 今回の『キャプテン・アメリカ』にもいくつかある。
 まずは、レッドスカル。 レッドスカルは,ヒドラという組織のリーダーであるシュミットの別名。 それは、スティーブと同じ血清によるものだが,その見た目はダース・モール的なものがある。 マーベル版、と言うべきだろうか。 いかにも漫画チックなダース・モールみたいな。 
 あと、もう一つがキャプテン・アメリカのレッドスカルとの死闘後の展開。 他のマーベル・キャラクターと同じ時間の軸に生きるキャラクター設定と、『ジ・アベンジャーズ』に登場させるためのストーリー設定として 時を経ても同じ姿をしているのは必然的なものなのだが、70年経っても若いままというのは なんとも羨ましい。 しかし、孤独とも言える。 ヒーローというものは、人々から期待され,望まれるけれど 実は孤独を抱えているのである。 彼らがヒーローとして生きていくのを後押ししてくれた存在を失うというジンクスがあるというのが一つの要因と言えるだろう(全てのマーベル作品を観たわけではないので断言は出来ないが)。
 面白いという点に話を戻すと、お約束なのが マーベル・ヒーローの生みの親である,スタン・リーのカメオ出演。 まるでパンダマン(『ONEPIECE』より)を探すのと同じくらい、探すのが難しい。 見つけられたら、いい事ありそう・・・というくらいだ。 しかし、今回ではこの話題に触れた部分が見当たらなかったので 出ているかどうかは不明。
 近年のマーベル作品でシリーズものを見かけないのは,マーベル作品と限らず、映画自体,シリーズ化することには かなりのリスクがあるからかもしれない。 『スパイダーマン』、『アイアンマン』、『X-MEN』(『ハルク』もある意味シリーズものか)くらいだろうか。 しかし、マーベル作品は皆、コミックで連載したものであり,映画で語られるのは その一部に過ぎない。 数多くあるエピソードをひとつ選ぶのもかなり困難なことだろうし、ましてやシリーズ化となれば もっと困難となるだろう。 『キャプテン・アメリカ』も過去に何度もコミックに復活しており、キャップ(キャプテン・アメリカの愛称)も様々な戦いにおいて活躍をしている。 それと同時に現代に至るまでに かなりの苦悩の中で生きている。 出来れば映像で観てみたいけれど 原作だけでも観ることが出来たらと個人的に思うのである。 そこで常に鍵・テーマとなるのが 「正義とは?」という,現実世界においても 難しいテーマだ。 愛国心を持ち,常に「正義」と葛藤するキャップ。 彼の見る正義の姿は穢れゆき、自身を苦しめるも 白旗をあげないキャップは まさに“ファースト・アベンジャー”という称号にふさわしい。仲間の危機を救うために自らを犠牲に出来る本物の“ヒーロー”だ。
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by jd69sparrow | 2012-01-17 17:38 | 映画タイトル か行