トランスフォーマー:ダークサイド・ムーン

2011年7月29日(金) 公開初日!


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<前回までのあらすじ>
 惑星サイバトロンは、金属生命体が数多く生存する,かつては平和的な惑星。 その歴史は人類のを遥かに超える。 しかし、メガトロン率いるディセプティコンという組織の反乱により,戦争が勃発。 自由と平和を愛するオートボッドたちとディセプティコンとでサイバトロンは二分される。
 メガトロンは地球へとたどり着き、そして永い眠りにつく。 オートボッドたちもまた、戦争により壊滅的となる。時を経て、メガトロンの脅威は復活し、彼の野望を阻止するべく,オプティマスプライム率いる,オートボッド軍は,地球を目指し,地球の車のスタイルを体に取り込み,新たにトランスフォームする。
 地球という舞台において、人類を巻き込み,オートボッドとディセプティコンの戦いが繰り広げられる。 オートボッドは人類と共存し,共に闘い、ディセプティコンは 復活を繰り返し,あらゆる手段で地球侵略をもくろむ。 彼らの戦いの行く末の鍵となるのが 地球人である サムだった。

<今回のあらすじ>
 人類が初めて月に降り立った,その偉大なる一歩を成し遂げられたその日、密かにある任務が遂行されていた。 ことの始まりは,50年も遡る。 宇宙飛行士が見たものは かつてサイバトロンで起こった戦争で墜落したオートボッド側の戦闘機とオートボッド軍の元司令官で,眠りについているセンチネルプライムであった。
 メガトロンの二度目の復活による戦いから二年。 サムは人類を二度も救った偉業で大学を卒業するも 就職先が未だに見つからない日々を送っていた。 彼の生活をつなぐは,新しい恋人カーリーだった。 しかし、悩む日々が続くも平和な日々は長くは続かなかった。 またしても、人類は存続の危機の渦中に立たされ,サムはその戦いに巻き込まれる。
 ディセプティコンは地球にいるオートボッドたちを遥かに超える,数で地球侵略を試み、その鍵となるのがセンチネルプライムの復活だった。


<感想>
(※ネタバレにご注意ください!!

 シリーズ最終章。 一つのテーマは“裏切り”である。 それはオプティマスプライムが最後にしめくくった一言が指している。  その一つは、ごく一握りの人類がディセプティコン側につくという,なんとも意外な展開だった。 それは今回のストーリーを動かす機動力の一つでもある。 しかし、最も恐ろしい“裏切り”は他にあり,それは 遠い昔から既に起きていて,人類はおろか、オートボッドたちをも追いやることとなる。  そこが『ダークサイド・ムーン』のポイントだ。
 シリーズ初の3D。 これにより、更なる映像テクノロジーが駆使され,臨場感もスケールもアップしている。 3D技術はこの映画のためにあると言っても過言ではないだろう。 オートボッドたちが 実際に存在するかのようにリアルなのは この立体技術が大きく影響されているのだと思う。
 新たなるオートボッドの出現にも注目であるが、ディセプティコン側にもある。 なぜなら、彼らにもオートボッド同様の車へのコピー能力はもちろん、様々な形態を持つからである。 ここで面白いのは  ショックウェーブである。 個人的に 『ガンダム』に登場する,あるモビルスーツに見えて仕方が無い。 少なからず影響を受けているのではないかと思うのはせいか。
 シリーズを通していえることかもしれないが、この作品の見所の一つが“スピード感”である。 物語の展開はジェットコースターのように進んでいく。 ストーリーとしても映像としても。 展開が速く、この作品ばかりは吹き替え版で観る方が着いていくにはいいかもしれないし、吹き替え版であるとかないとか 気にならないくらいの面白さである。 
 スピード感をより明確に表したモノと言えば やはり戦闘シーン。 ほとんどが走っている状態でのもの。 追いかけられていることが多い。 車の形態でオートボッド、ディセプティコン共に走っており、その状態からトランスフォームする場面は迫力満点。 具体的に例を挙げると、バンブルビーである。 バンブルビーはサムを車として乗せた状態からトランスフォームし、戦闘する場面が多いようで、バンブルビーこと,ビーがトランスフォームで車から戦闘モードに入るとサムは宙に放り出され、戦闘が終了するとビーがキャッチして,車にトランスフォームして、サムを運転席に戻す。 この一連の流れがとても印象的であり、個人的にはこの,サムがビーに放り出され、宙に浮かんでいる,スローモーションの場面こそ3Dが体感できると思う。
 実写版『トランスフォーマー』において、見所はたくさんある。 様々な形態の改造車?で登場するオートボッドとディセプテコンはもちろんであるが、忘れてはならないのが サムとビーの友情の絆。 ビーは言葉を話す機能を失い、自分の本来の声とは違う様々な“声”(おそらく、地球に着てから声をデータとして取り込んだ)で話す,過去の影があるキャラクターであるものの,しかし そんなこととは裏腹に底抜けに明るいキャラクターであり、熱いキャラクターでもある。 まるでそれは、志村園長とパンくんの関係の陽でもあり、名犬とその飼い主(パートナー)という関係性に見える。  ビーは暗い過去があっても それを引きずらない、人間ではないけれど、人が尊敬すべき性格の持ち主なのだ。 どんな危険な状況下でも サムを思いやる言葉は忘れない、明るく熱い言葉をかける。 字幕で観てもそれは伝わると思うが、吹き替えはより私たちの言葉に近いだけにより伝わると思うし、心に響いてくる。 ビーとサムとの絆はメガトロン最初の復活の前から既にサムが意図せず結ばれていた。
 ビーはオートボッドの中でもとても頼れる存在ゆえに、メガトロンとの最初の戦い以降,設立された特殊部隊・NESTと共に戦いに出ることが多い。 そんな状況に やきもちのような感情を抱くサム。 さらには新しく買った車は限りなく,ビーのモデルに近いデザインであり、車のミラーには蜂(ビー)のマスコットまであることを観るとビーへの思いが強く,友情や愛情?の強さを象徴している。
 サムじたいに特殊能力は無いけれど、『スパイダーマン』でのヒーローとヒロインの関係性を思い出す。 というよりも、ヒーローもの全体に言えるかもしれない。 主人公はヒーローになると,ヒロインとの間に溝が出来てしまう傾向がある。 サムも例外ではない。 三作目にして,新しいヒロインが登場するが、この傾向を今回 打ち破っている。 大切な存在を守るべく、戦争が本格的に始まってから終始,カーリーを守ることを怠ることは無い。 そのたくましさが、主人公の成長の証と言えるだろう。 
 もう一つ見所としては、人間とオートボッドたちが協力し合う様々な場面。 オートボッドたちは人間の生活の中に溶け込んでいるものもおり、戦闘における良きパートナーである。 今回も彼らは互いに知恵を出し合い、戦い連携しているのだが、やはり人間対ディセプティコンという場面も多くある。 勝ち目がないと思われる人間たちが 敵の隙をついたり,弱点をロックオンして攻撃する様子を観ると 戦いの結果というのは 必ずしも勝ち目の有無とは関係があるわけではないのだと思う。 つまり、人間が一丸となれば 強敵にも立ち向かっていけるのだと観ている側が、勇気付けられるのである。
 「いつの間にか…」という場面が多い。 それはスピード感に追いつけなかった場合なのだが、ちょっとツッコミたくもなる。 決して悪い意味でなく。 大きな敵への一撃、オプティマスたちの登場やオプティマスの復活などなど。
 いろんなオートボッドたちの強さに魅了される。 だが、やはりオプティマスのかっこ良さったらない! というか、強すぎだろってツッコミたい。 物語のクライマックスは メガトロンとの闘いが用意されているわけだが,そしてもう一人の手ごわい相手とも。 ここでは三回の闘いが用意されているが いずれも決着がつくまでがととてもスピーディ。 作品の雰囲気だけでなく、決着場面までも?! と驚いてしまう。
 それはカーリーの的を射た一言に、意外にも耳をかし,単純にもそれを実行する。 何故、言われる前にメガトロンはそれを行動を移さなかったのか。 もう一ついえるのが、カーリーがただ守られるだけのヒロインではない,今までないヒロインだということ。 残念ながら その場面はごくわずかな時間。 もっと観れたらと思ったけれど、今回がシリーズ完結。 
 メガトロンはかなり強いはずなのに あっさりとオプティマスに倒され、歯が立たなかったはずの,また闘いを避けたかったはずの相手も,メガトロンに痛めつけられた後とは言え,オプティマスの剣に倒れる。 オプティマスの潔さったらない! 総司令官という称号がふさわしい。 裏切りがあったとは言え、つらい決断をこの短時間で迫られ,くだす。 オプティマス…たとえ、負傷し片腕を失っても その強さは変わらない。 というか、負傷した後,さらにパワーが増したように思える。 あまりの強さに驚くと同時に、凄い!…と思う☆ ツッコミどころとか、むしろ関係ない。 理屈ぬきにこの決着の瞬間は爽快。 決着の瞬間、いかにつらい決断をしたのかをオプティマスが体現している。
 故郷を守ることは大切だけど、もっと大切なのは自由と平和の下に愛するものを守ることだ。 しかし、オートボッドたちが“故郷”を守ることには変わりは無い。


※満足度
★★★★★(満点)
3D映画の最高峰と言っても過言ではない,オススメな映画です。
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# by jd69sparrow | 2012-01-03 03:14 | 映画タイトル た行

忍たま乱太郎

2011年7月27日(水)


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<あらすじ>
 戦国時代、自然豊かな場所に忍術学園が存在した。 学園に入学したものは皆、忍者の卵,忍たまと呼ばれる。 乱太郎は一流の忍者になるべく、その忍術学園へと旅立つ。 一年は組という個性派ぞろいのクラスで学ぶことに。 乱太郎はすぐさま,二人と仲間となり,親友をえる。 どケチだけど、仲間思いのきり丸と裕福な家で育った,のんびりやなしんべえである。 彼らの長い忍者修行が始まる。
 上級生の斉藤タカ丸と,その父でカリスマ髪結いの幸隆親子は,ウスタケ城の“抜け忍”,つまり裏切り者として その命が狙われていた。 彼らを救うためには ウスタケ城の忍びたちと忍たまとで勝負をしなければならない。 それは、どちらが先にウスタケ城の敷地内にある寺の鐘を鳴らすかというものだった。 その勝負の行く末は全て,乱太郎の足にかかっていた。 果たして、忍たまたちは斉藤親子を救えるのか。

<感想>
 『忍たま乱太郎』とは、もとは漫画で 後にNHKでアニメ化されて以来、長きにわたり子供たちに愛され続けている物語である。 忍術学園の生徒に先生、悪役に八方斎など実に個性豊かなキャラクターたちがたくさん登場する,ギャグと友情の物語。 今回の実写版『忍たま乱太郎』は,そのアニメの世界観のよさを,素材そのまま活かした映画となっているところが最大の見所と言えるだろう。
 特殊メイクの凄さは さすがという感じ。 忠実に…あるいは大胆かつワイルドにキャラクターが作られている。 八方斎と忍術学園長がそのイイ例であり,かなり強烈。 メイクだけで言ったら、斎藤幸隆は いかにも漫画的で特徴的。 時にわざとらしいくらいの特殊メイクがあるけれど、それが逆にいいのだろう。 漫画らしさが際たつ。
 実写にするにおいて、個人的に一番アニメに近いといえるのが、一年は組を教える先生の一人,土井先生。 それに山田先生。 山田先生といえば、山田伝子と名乗り,女装する趣味を持った個性派キャラ。 今回の映画の中でも登場するが、ほんのわずかな時間しか見れないのが残念。
それ以上に、食堂のおばちゃんの登場時間を増やして欲しかった。 「お残しは許しまへんで」という決め?台詞のあるオバちゃんを あの個性派俳優が演じているのが 何よりの楽しみと言っていいくらいだった。 アニメでは鬼のように声をあらげるオバちゃんを,物静かな口調だけど強烈に印象づける実写版。 個人的に実写版で一番好きなキャラクターである。  他にも、戸部先生はかなり男前な実写化だし、意外な人が意外なキャラクターをやっているというところにも注目していただきたい。
 今回の映画版は、『忍たま乱太郎』の世界観を味わう,ビジュアル面をこだわりにこだわり抜いた作品と言える。 ストーリーの内容自体は特に特別というわけではなく、コメディをまじえた“仲間との絆”物語。 子供的視点で言えば、常に笑いを追求したものと言えるかもしれない。 子供たちの笑顔を決して絶やさない作品。“ついでに”程度ではなく、もし次があるとするならば キャラクターのディテールにもっと時間をとって欲しいと私は思う。 …というか、そうなると映画よりもドラマの方が良さそうだが。 実写ではあるが、漫画を見る感覚。 先に述べたように、“素材そのまま”なのである。 漫画(アニメ)をそのまま実写に変換した感じ。 ストーリー性としては、今一歩だが、エンタテインメントとして 何も考えずに見れば面白いかもしれない。
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# by jd69sparrow | 2012-01-02 15:36 | 映画タイトル な行

コピーに欠陥。

2011年7月25日(月)


おとなりの国は

コピー大国と言われている。

他の先進国の技術をコピーして

それを独自のものと言い張る根性は凄いと思う。


もはや、過去の歴史など関係ない。


いかに早く発展しようとするあまり、

また,土台作りを怠るがゆえにその「しっぺ返し」が

今回の列車事故とつながったのだろう。


いいものをただ真似るだけではなく

独自に土台を,歴史を重ねていかなければ

欠陥はおろか、

痛手を負うばかり。

国民からも反感を買うのも無理はない。


列車事故を明らかな隠蔽で流す。

当人たちは否定するけれど

隠蔽でないとするならば、なんだというのか。

理由をのべらられたところで

言い訳にしか聞こえないだろうけど。


コピーすることを平気でやってのけるゆえに

おとなりの国から

輸出されたものには欠陥が目立つのだろう。


莫大な富を得て、独り占めしようなどと

欲を張るがために

天から罰せられたのだとしか言いようがない。


欲張るとイイことなんて ないんだよ。
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# by jd69sparrow | 2012-01-01 22:26 | 独り言。

rainy days

2011年7月20日(水)

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以前、書いたことあるかもしれないけれど。



今、台風6号と7号の「合体台風」が

日本列島を直撃している。

夏は台風の速度が遅く、ゆっくり横断中。

自分の力では進まず、

自然の力で押され続けて

移動するということは今まで全然知らなかった。


最終的にはどこかの空で

台風は消滅してしまう,

はかない命?

台風に限ったことではないが

雨というのは

気分屋で、断続的な雨でも

弱まったり、いきなり強まったりする。

こういうのを観ていると

自然にも感情があるのではないかと思うわけです。


"マイティ・ソー”のような

神が、本当にいるのかもなぁと信じたくなる。




雨はいろんな意味で好きです。


雨はカーテンのように目の前を

透明なカーテンで覆う。

それはとても規則的に,また細かな雨粒たちによって

彩られるのだけど

それがなんとも言えない美しさ。

大雨であればあるほど綺麗になります。


地面にたたきつけられる様も

綺麗。

雨粒は地面に落ちた瞬間,

小さな円を描き,

細かい粒が散る。

そして水溜りには何重もの円を作る。

まるで水溜りがキャンバスかのようである。


雨の香り。


なんとなく感じる。

その香りは無臭に近いけれど

とても澄んだ香り。

意識しないと自分はわからないのだが

雨の日、ちょっと癒されたいなぁと思ったら

鼻を敏感にしてみるといいかもしれない。


そして。


窓から眺めるのも音が楽しめていいのだが

あえて外に出るのもいい。

もちろん、傘を持って、万全の備えをして。

傘をさして その上に

雨が降る。

傘のビニール部分、布部分に

雨が落ちる,その音が ただ眺める時に聞こえる音とは違う。

気のせいかわからないけれど

ビニールか布かで音が にわかに違う気がする。

雨と傘とで一つの楽器となる。


今は、放射能があるから

傘なしというのは避けなければと思うのだが

わりと濡れるも好きだったりする。

…冬はつらいけどね。


ただ、傘をさして出来る限り

外にいたいときもある。

何もせず、ただ立ってボーっとする。

出来るだけ、傘を通して聞こえてくる雨音を

聞いていたい。


まぁ、勝手にやってろよって話ですが

やっぱり猛暑でかんかん照りが続いたら

たまには雨が必要だよね。
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# by jd69sparrow | 2011-12-31 18:25 | 独り言。

コクリコ坂から

2011年7月16日(土) 初日。

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<あらすじ>
 1963年。 まだパソコンも携帯もなかった時代の神奈川が舞台。 海はおばあちゃんの持つ,アパートでおばあちゃんや妹、弟、それにアパートの住人たちと共同生活をし,毎日彼らの食事を作ることと庭に旗を揚げるが日課だった(それは船乗りだった父を思っての幼い頃からの習慣だった)。ある日、海は通う高校で運命的な出会いを果たす。 俊。 海の旗のことを学校新聞に詩で綴った,文藝部の三年生で部長である。
 カルチェラタン。 それは男子の部活動が集う古き建物。 カルチェラタンは、多くの生徒たちから愛される場所だが、今 取り壊されようとしていた。 その危機的状況から、カルチェラタンを守るべく、俊たち男子たちは毎日討論会を開いていた。 海のある提案で、カルチェラタンを守る計画は本格的に始動する。 そんな中、海と俊の間には特別な思いが芽生えるが 二人の出生の真実が二人に衝撃をあたえる。 

<感想>
 ファンタジー要素の一切ないジブリ作品は久しくない。 1960年代のティーンたちの日常と青春を描いた心温まる,また ちょっと ほのぼのした物語。 ファンタジーがない分,温かみのあるこの時代をふんだんに表現されているのだ。 ストーリー自体は特別ではないけれど、その特別ではないところが逆に魅力なのだと思う。 
 海と俊、そしてカルチェラタンが主役のこの物語。 主に焦点を当てたいのが…海たちの青春と言いたいところだが、個人的にはカルチェラタンである。 現実で考えたら 入りにくそうだけど 埃まみれな建物でも魅力的に描くのがジブリ・マジックと言えよう。 木の温もりがあって,その息遣いも感じられる カルチェラタンには男子高校生たちの夢と希望が宿っている。 部活動が集う場所だけど、そこにいる生徒たちは まるでこの場所の住人だ。 住人たちは皆、生き生きしている。 そこに住まう人たちが 生き生きしているとその建物も魅力的になる。 そう思った。
 「新しいものばかりに飛びついて 歴史を顧みない君たちに未来などあるか!!」という劇中の俊の言葉はとても印象的であり、心をぐっとつかまれた気分になる。 新しい時代が到来しようとしているこの時代も、今も変わらないものがある。 それは京の町を近代化してしまった事実を連想させられた。 それに、古い建物を壊し,次々と新しい建物を作る現代人の傾向を叱咤するかのごとくである。 少し大げさかもしれないが、俊のこの台詞が世界中に届いたらなぁと思う。
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# by jd69sparrow | 2011-12-30 18:37 | 映画タイトル か行

ハリー・ポッターと死の秘宝 part2

2011年7月15日(金) 初日☆

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<概要>
 魔法界で最も恐れられる魔法使い・ヴォルデモート卿。 彼の死の魔法から唯一生き残った少年、ハリー・ポッターの物語。 ハリーはマグルと呼ばれる,非魔法族の家庭で育てれた。 ティーンになった頃、彼の元に魔法学校からの知らせが来た。 ハリーは魔法使いになる道を選び、彼の長い旅路が始まった。 ホグワーツへ入学したハリーを待ち受けていたのはかつて両親の命を奪った,ヴォルデモートとの戦い。 ヴォルデモートはあらゆる手段を使い、ハリーの命を狙うのである。 様々な出会いやヴォルデモートとの戦いを経て、ハリーと魔法学校で出来た親友・ロンとハーマイオニーはたくましく成長していく。 全てはヴォルデモートとの直接対決へと向かっていた。



<パート1までのあらすじ>
 ヴォルデモートが復活し、魔法界には暗雲が広がっていた。 ハリーたちはヴォルデモートを倒す手段として、いくつにも分散されたヴォルデモートの魂こと,“分霊箱”を追うことに。 そしてもう一つ、ヴォルデモートに対抗するためのものとして、ハリーの持つ“透明マント”を含む,死の秘宝が必要だった。 ヴォルデモートが死の秘宝の一つで最強の杖・ニワトコの杖を手にする前に阻止することと分霊箱を破壊することがハリーの使命であった。 ロンとハーマイオニーの二人と三人の冒険を描く。

<パート2のあらすじ>
 ニワトコの杖がヴォルデモートの手中におさめられ、頼りのダンブルドア校長もこの世にはいない。 そんな最悪な状況の中でもハリーたちは分霊箱・破壊の旅を着々と進めている。 ヴォルデモート率いる闇の魔法使いの勢力と、ハリーを中心とした,ホグワーツの生徒・教師、さらに“不死鳥の騎士団”(ハリーの護衛軍団と言うべきか)たちとの壮絶なる戦いの火蓋がきって落とされる。 全ての鍵を握るのがハリーとヴォルデモートとの闘いにある。 どちらかが滅び、どちらか一人が生き残る。 そして…ハリー誕生、ホグワーツ入学にヴォルデモートとの戦いの日まで,明らかになることのなかった真実が今、明かされる。


◆感想◆
 あっという間…。 シリーズ第一作目『賢者の石』の映画化から10年という月日が経った。 ハリーの魔法の力は10年を一瞬のように感じさせるほどのものである。 ハリーと共に子供から大人になるまでを生きたという人も少なくないはず。 つまりは、主演のダニエルと同世代の人たちは 特別に思えたことだろう。 全く同じ時間を生きたわけではないが私もその一人だ。  毎回、ハリー、ロン、ハーマイオニーは互いの長所で互いに助け合い,知恵を出し合いながら ヴォルデモート(ハリーの天敵)と,あるいは その使いたちと戦い,三人は大人の魔法使いに劣らぬ力をつけていくというのが特筆すべき,見所である。
 『ハリー・ポッター』の魅力はそれだけではない。 映画を観るたびにシリーズ一作目から原作を読みたい意欲をそそられるということがまず一つ。 子供たちを楽しませる話から、次第に大人向けの作品へと進化していくのも他に中々観れるものではないだろう。
 今回の『パート2』。 一言で言うなら 最高に面白く,完成度が高い。 ただ、注意すべきは前作までを観ずにいきなり観ないこと。 出来ることなら、原作か映画シリーズを先に読んで,観ることを薦めます。 前作までを劇場で観ていても、おさらいするべきかもしれない。  
 シリーズものというのは あとに行くにつれて質が落ちてしまう事もあるが、一切落ちることなく,むしろ後半戦になるとより楽しくなる。 決して明るい話ではないけれど 盛り上がるところは凄く盛り上がる。 原作が面白いから 映画もシリーズ通して 良いのだというのも事実だけど、『スター・ウォーズ』シリーズと肩を並べるくらい,映像・内容それぞれレベルが高い。 二つに共通するのはそれだけではない。 前作までの感想の中に書いてかもしれないが(原作の感想などで) 今回の『死の秘宝』のクライマックスは SWのを観ていると同じくらい観るのが辛い。 両作品の主人公ともにダークサイドの力におされるところも。 ただ、ハリーの場合は堕ちることはない。 
 『パート2』で注目すべき点は多々あるのだが、まず一つはハリー以外のキャラクターたちの活躍。 もちろん、ハリーも凄い。 主人公を支えるキャラクターの中で何人か例をあげると、ウィーズリー婦人、ネビル、マクゴナガル先生、アバーフォースがそうだ。 
 ウィーズリー婦人が魔法を使う場面と言えば、ハリーたちがロンの家を訪れた頃,家の食器をひとりでに動くようにしていたのが個人的には記憶に残っており,戦いのための魔法を使っているのを観るのはギャップがあるし、驚いた。 べラトリックス(ハリーの良き理解者の一人・シリウス・ブラックの家系の一人だが、ヴォルデモートを崇拝)との女のバトルは劣勢に思われたが…実は強いのである。 それが凄いと思った。 魔法バトルじたいもどの場面も 凄いけど、敵の最期の描き方が美しい。 それはこの女のバトルもハリーとヴォルデモートとの闘いにも言える。
 ネビル。 ホグワーツ入学から、一番成長が際立つのがネビルと言っても過言ではない。 人より失敗が多くて、スリザリンから馬鹿にされていた彼が,薬草学の才能が発掘された時も 良かったけれど 今回の活躍は主役級。 ネビルのたくましさに かつもくせよ!! という感じ。 ネビルが終盤で手にするモノに驚いたけれど、それは 彼にふさわしきもの。 それを手にして,使いこなすところが爽快。 ハリーの寮友には頼もしい存在が多いのだと思った。
 マクゴナガル先生の魔法は彼女が登場する全ての作品において凄いなぁと思うのだが、“最後の戦い”が今、始まる…というとき、陣頭に立って防御の魔法を使うところはカッコいい! ホグワーツの城にはこんな兵力があったのか!と思うし、その登場場面にも興奮。 特に描かれてはいないけど、彼女が次期・ホグワーツ校長となるであろうことが見えるシーンと言えるだろう。 「この魔法、使ってみたかったのよね♪」というチャーミングさが面白い。 このように、映画全体が暗めの中にもユーモラスの場面は少なくないのだ(ハリーとジニー(ロンの妹)の再会後、ジニーの言動に対する,ロンの一言がツッこまれる場面もその一つ)。
 アバーフォース。 アルバス・ダンブルドアの弟。 アルバスとは対照的な性格の持ち主で ぶっきらぼうのようだが、実は慕われる存在。 それは、グリフィンドール寮の仲間たちとハリーたちとの再会の直前に彼らがネビルにつげる一言からわかるだろう。 彼の活躍は、ハリーの良き理解者亡き後から既にあったのだ。 さらにクライマックスで敵勢力を一括するかのごとく,魔法をドカンと使うところは兄以上にかっこ良い…かもしれない。
 ハリーの仲間のみならず、ダークサイド側のキャラクターにも注目したい。 べラトリックスは邪悪さを体現した一人だが,その強さに魅了される人も少なくないはず。 ヴォルデモートすら魅力的…というか、敵が魅力的でなければ、面白くないのだ。 ニワトコの杖の威力を体現するヴォルデモートの魔法場面は見所の一つだし、カッコいいとも思う。 余談だが、ある程度の特殊メイクはされているだろうが、あのスキンヘッドが本物なところが凄い。 さらに。関係ないが、オフトークも動画サイトなどで是非ご覧いただきたい。 ハリー、ヴォルデモート、ドラコ・マルフォイを特に。
 シリーズを通しての変化に注目すべきキャラクターはネビルたちだけではない。 ドラコ・マルフォイもその一人。 ハリーのいるグリフィンドール寮と敵対するスリザリン寮でマグル嫌いのマルフォイは、シリーズ前半は意地悪な存在だったけれど、ヴォルデモート復活後は それまでと大きく変化している。 心の葛藤、苦悩が窺えるになり、その様子は まるで これはもう一人の主人公かのよう。 実際、そうと言えるかは観る人しだいだが。 決意を試される,終盤の“あの”瞬間も心から望んでいないのがよくわかる。 ハリーへの最後の意地悪もあるけれど、そのやりとりの行く末、絶体絶命の時,ハリーへ手を伸ばすとき,敵対心は一切ないように思えた。 マルフォイにあったのは純粋に救いを求める心だったと思う(ハリーがマルフォイを助ける優しさがヴォルデモートとの大きな違いな一つなんだなぁと思う)。卑怯に見えるかも知れないけれど、彼ら一家だけは ヴォルデモートに完全に屈服しておらず、家族が再びそろうところも,母が子を案ずる場面も温かみがあるし、マルフォイ母がハリーにとった行動は とてもダークサイドには見えなかった。
 防御の魔法をかける瞬間(ここらへんもSWの一場面を彷彿させる気がする)、ジョージとフレッド(ロンの兄で双子)やルーピン(ハリーの恩師で不死鳥の騎士団員、人狼)たちが戦いの覚悟や決意を見せるところから、この大掛かりな魔法バトルの興奮は始まっている。 それは期待を裏切らないと思う。
 ダークさ、ユーモア、スリルなどがある中で、もう一つ大事な今回の要素としては感動。 感動は意外な人物から発生される。 既に原作を読んで感動していたのだが、やはり映画でもその感動は変わらない。 スネイプがダンブルドア校長に誓った,忠誠と役目…それに 衝撃的でハリーの恨みをかう,シリーズ終盤の“あの”場面の真実も感動ポイントに入るであろう。 そして奇しくも,ここでスネイプのイメージはがらっと良きものに変わり,それは シリウスがハリーの名付け親でジェームズ(ハリーの父)の親友だとわかったときほど,ハリーにとって大きいことだった、それが本当に感動したのである。 涙が出なかったのが悔しい。 そしてそれがカタチとなったのが ハリーの子供の名前が明らかにされる場面。 二人の恩人の名前がそこにあり、彼らがその息子の中で生きていることがわかる。
 そして。 一番の魅力はやはり、ハリーとヴォルデモートの最終対決場面。 (それはハリーに隠された衝撃的な真実から始まる)。 ハリーがヴォルデモートの魔力に匹敵するというのが まず凄い。 長いようであっという間に決着がつく…という感じ。 その激しいバトルの中で休息場面を入れるところを含め、完成度の高さがこの一場面で表現されている。 一筋縄ではいかない二人の闘い。 決着がつく瞬間は実に鮮やか(そこにネビルが一躍かっているのも凄い)。 そしてその直後の のどかさ は最初で最後の特別な瞬間。 
 『パート2』はハリーたちの成長の集大成。 ここまで強くなったんだよというのもあうし、もう一つ重要なのが、ヴォルデモートとの“違い”を表す物語であるということ。 言い換えれば、ヴォルデモートと同じ力を,一部を持ちながらも“ここが違う!”ということを証明した話。 シリーズが完結してしまうのは とても寂しい。 今回の話は特に 二度観ても楽しいと思う。 繰り返すようだが、ここまで観終わってから、もう一度 映画もしくは原作をシリーズで復習するのもいいかもしれない。


◎満足度◎
★★★★★(満点)…100%以上
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# by jd69sparrow | 2011-12-29 21:29 | 映画タイトル は行

七夕グリーティング。

2011年7月7日(木)
(※7月15日 更新)

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最近、『mochiko's room』の方で

ディズニー関連の日記を毎日更新していますので

こちらでは、

そこで紹介しきれなかった写真を載せていこうと思います。

書いていることが多少かぶるかもしれませんが…


そんなわけで

今回は一週間以上経ちましたが

『七夕グリーティング』についてです。


ミッキーやミニーなど

ディズニーを代表するキャラクターを中心に

白雪姫&プリンス、ピーターパン&ウェンディ、メリー・ポピンズ&バート

…という おそらく一年前にはいなかったキャラが

笹の葉を持ち登場(全員は持ってたかわからんが)。


今年は二回も七夕を観れてラッキー☆

だから願い事も二つ書きました。

自分のことと、被災地復興のことと。


あっという間に通り過ぎてしまう,

パレードですが

毎年少しずつ変化しているようなので

来年以降も

観る価値あると思います!!

是非、次回の『七夕グリーティング』を観てみてください♪♪
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# by jd69sparrow | 2011-12-28 06:17 | ★ディズニー・リポート☆

カルシファー。

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2011年7月13日(水)


今日の夕方は“お盆のお迎え”をしました。

送り火を毎年するたびに思うのが

炎の美しさ。


炎は人を焼き尽くす凶器でもあるけれど

暖を取ることもできる。

料理も作れる。


色々。


燃え上がる炎も綺麗だけど、

燻る炎も好き。

炎というより、人工的な光に見えてくる。

燃えカスを赤いような紫のような…明かりが照らす。


じーーっと観ていて思った。

炎がまるで生きているかのようだと。

時に細い糸のような炎が燃えカスの隙間から

一生懸命潜り抜けるというか

這い出している感じが生きているかのようで

凄く面白い。


さらに。


ほとんど燃えつくして

わずかな炎が残る時。

赤い光がチラチラと光る感じが

まるで人間の心臓のように脈を打っているかのように

見えたのです。


そして私の頭の中には

『ハウルの動く城』に登場した、

カルシファーの姿が。

カルシファーのように目や口はないけれど

きっと炎には命がある。


だから

水をどばっとかけないで

ただただ燃え尽きるのを眺めるのです。

火事があれば

すぐ消火するけれど

こういうときは、水をかけてしまうのが可哀想な気がする。


炎は時に人の心に

明かりを灯す。
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# by jd69sparrow | 2011-12-27 21:21 | 独り言。

マイティ・ソー

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<あらすじ>
 宇宙には9つの惑星がある。 その一つがアスガルド、神々が暮らす王国である。 その国を治めるのがオーディンである。 オーディンはかつて地球人を氷の巨人から助けた英雄。 オーディンは息子にその王位を譲ろうとしていた。 その式典の最中、事件が起き,ソーの王位継承の式はお預けとなった。 天敵である,氷の巨人ラウフェイの魔の手がアスガルドに忍び寄っていたのだ。 それを知った,ソーは弟・ロキと護衛たちを連れて,氷の巨人たちの住処・ヨトゥンヘイムへ乗り込むが,それがアスガルドへの大きな災いとなり,オーディンはソーから雷神としての力を全て奪い、彼を地球へ追放する。 ソーが神から人間へと堕ちる元凶となったのは、ロキだった。 兄への嫉妬心からである。 ロキは無力となった兄を倒し、父親からの愛を得ようともくろみ,ソーは己の傲慢が招いた罰を,父親の思いを人と触れ合うことで知り、学んでいく。

<感想>
 映画語の好き嫌いとその物語が面白いと思うかどうかは別だと考えるのは私だけだろうか。 もうちょっと内容を膨らませたら…とか、考える部分はあるけれど 個人的にこの手の話…つまり、アメコミ・ヒーローの映画は好きだ。 しかし、『マイティ・ソー』はこれまで映画化されたマーベル・ヒーロー作品とは違う印象を受けた。一人の青年の成長を描く人間ドラマというところにおいては、他の作品にもつながるのだが。
 まず、大きな違いはパワーの源にある。 最初から強いのだ。 しかし、その力は一度失われ,ゼロからスタートし、再びヒーローとなって帰ってくるという構成が今までの逆パターンだ。 主人公の性格・特徴も“オレ様ヒーロー”という新たなジャンル。 いくら傲慢とは言え、その中に信じる正義があるから憎めないし、魅力的なのだと思う。 まさしく“若き”ヒーロー。 
 見所はどこか。 それは大きく分けて二つ。 ソーの力を見れる最初の場面と、雷神として復活した後のロキとの兄弟対決だと私は思う。 シェイクスピア作品の影響もあると言うが、エンタテインメントとしての方が濃いような気がする。 アメコミの多くは…と、言えなくもないけれど スパイディのような充実した作品も少なからずある。本作もなんとなく、人間ドラマとしての魅力も垣間見えるが。
 続編の有無はわからないけれど、マーベル・ヒーローが集結する異色作にソーは再登場するらしい。 しかし、『マイティ・ソー』じたいで考えると 『スパイダーマン』シリーズのようにまだ続きそうな余地はあるしめくくり。 だいたい続編の製作は一作目の運命しだいだが,正直なところ その面では微妙かもしれない。 一度力を失ったヒーローが,挫折を味わうことで多くを学び,ヒーロー再生を目指していくの物語は単純だけど、個人的には好きだ。
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# by jd69sparrow | 2011-12-26 21:56 | 映画タイトル ま行

Disney's EASTER WONDERLAND 2011

2011.6.16.Thu.


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 4月半ばより再開したランド。 そして、二年目の『イースターワンダーランド』!! 今年は「うさたまポン!」というミニゲーム的要素が入っている。 ホームタウンチケットのおかげで既に5回ほどインパしております。 というのも、6変化ミッキーを写真におさめるためです☆
 あと、何回か行くかもしれませんが、つい先日にインパした際の日記を自己満足ではありますが、書こうと思います。 


*****


天気:曇り のち 雨。


 6月に入ってから梅雨入りで中々すっきりした天気に恵まれない。 この日も朝から厚めの雲がかかり、早起きしたはいいものの,散々悩んで 最初のパレードが始まる一時間くらい前,9時50分頃に入園。
 今回の目当てはプラザで、時間的にいい場所をとるには微妙な時間。 チケットブースにたどり着く頃に がくっと肩がさがった。 イースター開催中に行った中で一番の行列が!! GW明けの月曜日は めっちゃ空いていたのにね。 他の人も言ってたけど、この日が、「千葉県民の日」だったのではないかと思うほど。 とは言え、まだまだです。 来月以降、きっと もっと人が来援するのではないかと思われます。
 
 真っ先にプラザに行こうと思ったけれど、ちょっとわき道それて ワールドバザールから『カリブの海賊』方面へと向かった。 そこに二つの発見が。 一つは『カリブの海賊』付近のレストランの建物の脇に 自転車+オルガンが置いてあるのを見つけた。 屋内とかではく、こんなところにあったのか!、と。 
 二つ目は、『パイレーツ』の四作目の公開に合わせたギャラリー近くにて。 なんと…キャプテンが! これまで観てきたのは、ギャラリー内だったのだが、外にいたのである。 なんだか人だかりがあるなぁと思ったら! 本物と比べると、声も顔もそっくり。 ただこちらのキャプテンの方が面長というか、顔が小さい感じ。 シリーズの中のどこでついたかは定かではないのだが、顔にある小さな傷もちゃんと描かれていました。 一枚だけ写真をさっと撮って、シンデレラ城前へダッシュ!!

 今まで何回かイースターを観に来たものの,シンデレラ城前の広場で観るのは今回が初めてだった。 他のパレードルートと違うのは アロハや工場長ミッキーは観れないが、その代わりに長くパレードが楽しめるということだ。 ショーモードも長い。 フロートが2周まわってくるのである。
 見所としては、長い帽子と水色衣装のミッキーがセンター(フロートから降りて)でダンスを披露すること、二週目でウサミミバージョンで登場するときに見せるフロート上のダンスと,最後に見せる,肘を柱において斜めに立ってポーズを決めるところ。 さらに! かなりノリノリなティガーである。 ダンスが最高。 二周目あたりは やる気なさそうなところをプーたちにツッこまれてた♪ 
 そしてそして!! 二回目のイースター・パレードのときに、エッグハントのエキスパートコースの参加者が楽しめる,赤と緑の二羽の鳥たちが登場するくだりを少し観れることだ。 シンデレラ城前に来る前に,シンデレラ城の左側,通路をはさんだ先にある建物で何やら通常観れないイースターのショーがやってたようだ。 その流れでシンデレラ城にもやってくる。

 一回目の「イースターパレード」から「ジュビレーション」までの空き時間。 何回か行くとどう時間をつぶすか悩むけれど、今回はキャラグリに時間を費やすことにした。 先週行ったときにアンジェリカのサインをもらったばかりで サイン帳持参だったので とりあえずどのキャラが出てくるかわからずに、列に並んだ。 誰が出てきたかというと、ドナルドです!! めっちゃ緊張しながら、サインと1ショットを撮らせて貰いました。 一人出来てキャラクターと触れ合うのにテンションあげるのは少し勇気が必要でした。
 次にミッキーの列に。 自分が最後でないことを祈り、長蛇の列の最後尾へ。 並んでいる間にベルが登場して、帰っていってしまった。 けれど、やっぱ ここは ミッキーです!!! なんとも可愛い写真が! ミッキーという大スターと触れ合えるだなんて! 誰かが入っているのはわかっているけれど、私にとってミッキーはミッキーにしか映りません! 
 その後、ワールドバザール前にいるキャラに超え掛けまくりです。 フック船長、オーロラ姫、デイジー、プルート、グーフィー、スクルージ叔父さん、チップとデール、フェアリーゴッドマザー、ベルにゼペットさん!
 ゼペットさんは他のキャラにサインもらった後に、「ちょいと、わしも書くけど?」と追いかけてきてくれたのでゲット! 
 プルートは器用にも、鼻の上でサイン書いてました。 …ってか、声かける前にサインとか書きづらくないかなぁと心配でした。 

 チップとデールに関しては チップから書いてもらいました。 チップは愛想良く「バイバーイ」としてくれたのですが、デールは やきもち焼いていて可愛かったです。先に書いてもらってたチップのサインを見て固まったかと思うと、握ったペンを放しませんでした。 返してくれたかと思うと 今度はサイン帳に手を伸ばしぎゅっと。 そこにふらっとフェアリー・ゴッドマザーが現れ,デールと掛け合い。
 デールは「チップと僕だったら どっちがいい?」とこちらにもゴッドマザーにも聞きまくってました。 そしてゴッドマザーと二人、サイン帳の見開き並んだ,チップとデールのサインを眺めて,どっちがいいか互いの手をクロスさせながら、指差しあいっこしていました。 最後にサイン帳を握ったのはゴッドマザーだったので、彼女にもお願いしました☆

 最後にジャック船長のサイン&写真ゲットへ。 しかし、時間を空けて行くたびにアンジェリカで、中々キャプテンに出会えなかった。 三度目か四度目くらいでようやくです。 独特の発音なので言っている内容が一部しかわからず…。 サインは、謎のトルネード付だったけれど 綺麗だったなぁ。

 この日も雨の予報が夕方から出ていたものの,特にパレードに支障もなく、良かった。 あと何回いけるかなぁ…。

 
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# by jd69sparrow | 2011-12-25 08:34 | ★ディズニー・リポート☆